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アルビオンパンツアー  作者: 桜崎あかり
エピソード2
12/12

第11話:リトライ


 7月22日午後4時40分、アキバガーディアンが田端のサーバー施設を調べ始める。


 この施設は、ソーラー発電を扱っている会社に偽装して営業されていた物で、中には色々な違法データが発見された。


「これだけのサーバー、どうやって隠し通せたのか」


 ガーディアンの一人は疑問に思う。他のガーディアンも同じ意見だが、一部は疑問を抱く余裕さえなくなっている気配だ。


 サーバーの数は100や200と言った数ではないのもあるのだが、これだけの違法情報を今まで隠していた事も引っかかる。


「仮説にすぎないのだが、この違法サーバーには有名政治家が極秘会談を行う為のホットラインに使っていたという話がある。このサーバーのセキュリティは海外の一流ハッカーでも破れなかった位だという」


「それに、これだけのセキュリティを強化したサーバーが日本の至る所で実用化されている訳ではない。しかも、定期メンテナンス等を考えると都心の方が都合の良いと考えたのだろうな」


「これだけのデータ量、どうあって集めたのか。違法情報だけでもデータベース資料によると、100万件という試算が出ている」


「あえてサーバーを解放させ、これを警察に売って管理費用を稼いでいた可能性もあるのかもしれない。実際、こちらに送られてきたデータの中に、このサーバー内の物と一致するデータがあった」


 アキバガーディアンもサーバーのデータ量に驚くが、それ以上にデータをどういう使い方をしていたかについて気になると言う意見が多いようだ。


「どちらにしても、このデータをどうするべきか」


 ガーディアンの方でも莫大なデータに関して、どのように対応するべきかが議論になっていた。


 しばらくして、隊長のスマートフォンが鳴りだす。電話の主はラグナロクと書かれている。


「こちらアキバガーディアン――」


『サーバーのデータに関してだが、もうすぐ警察の強制調査が入る。これから指示するデータだけを優先的にコピーして、その場を離脱して欲しい』


「離脱ですか。警察とは、与党の差し金ですか? それとも芸能事務所――?」


『それらを議論している時間はない。パワードアーマーシステムのデータ、アカシックレコード、世界線に関するデータの入ったサーバーおよびハードディスクを優先的に回収。それ以外の振り込め詐欺グループの情報や違法情報のアップロード主のリストは警察にくれてやれ』


「データに関しては了解しましたが、何故、それらのデータをピンポイントで―」


『上野近辺に現れたブラックファンの一部と思われる勢力が、この場所を奪還に向かっている情報だ。それに、彼らにとっても有力な情報が残っていた方が都合のよいだろう』


「では、他のチームにも指示を出しておきます」


『この事に関しては、間違っても武蔵あずさやハンターには気付かれるなよ。そこに発見されれば、こちらの意図を見破られてしまう。それに、パワードアーマーシステムのデータは元々が盗難品。それを取り返しただけと言えば、ハンター側も反論できまい』


 通話を終えた隊長は他のメンバーにサーバーおよびハードディスクの持ち出しを指示する。


 全てのデータを確認して回収するのは不可能と思われたが、思わぬ目印が彼らの回収スピードをアップさせた。


「これは分かりやすいな。ネームプレートを参考にしてサーバー類の回収を急げ」


 何と、サーバーやハードディスクには分かりやすくネームプレートが貼られていたのだ。


 貼られていない物もあるのだが、それらは不必要な物か別のデータと言う可能性もある為に回収を断念する。


 逆に警察が回収後、データを譲ってもらう手もあるだろう。


 結局、この目印を付けたのが誰なのかはガーディアンも疑問を抱かないまま、警察が近くまで到着したという連絡が入る。



 午後4時45分、上野と秋葉原の中間エリアで未確認のアルビオンパンツアーが出現したという報告がハンターから入り、連絡を受けたアルビオンランカーが急いで向かう。


 龍鳳沙耶りゅうほう・さやとジャンヌ・ダルクは連絡を受け取っていない状態だったが、緊急事態と言う事は目の前に姿を見せたアルビオンパンツアー《長門》を見て把握する。


「ビッグセブン、密かに完成させていたのか」


 ビッグセブンとは、アルビオンパンツアーの中でも最強クラスを誇る機体でアップデートの目玉として6月頃からPRが行われてきた。


 しかし、そのバランスブレイカーとも言うべきスペックに対して『ゲームが面白くなくなるのでは』という意見が浮上する。


 そうした事情を踏まえ、バランスの再調整を極秘裏に進めていたのだ。


「ビッグセブン? それって一体、どんな機体なの」


 ジャンヌの一言を聞き、龍鳳が質問をする。


 しかし、それ所ではないのは目の前の光景を見れば明らかなのだが……。



 ビッグセブン、元々は戦艦を指していた物である。それがどのような物なのかは、龍鳳もジャンヌも分かっている。


 まさか、そのデータがARガジェットに流用されるとは夢にも思っていなかったようだが。


 アルビオンパンツアーではチートではないがバランスブレイカーに相当する機体を調整、デザイン等を再構築した物がビッグセブンとネット上では言われている。


 6月下旬のロケテストでは、戦艦で言及されている内の5つは実装されず、陸奥が使用可能になっていた。


 しかし、そのあまりにも壊れ性能とまで言われたスペックによって対人戦非推奨とまで言及され、遂にはバランスブレイカーとまで言われるようになった。


 元々がバランスブレイカーの再調整だったのが、別の調整を行って基本システムを変えた為に想定外の挙動をしてしまったという事例だった。


 その後、陸奥は凍結処分となり、陸奥のロケテ時のデータを参考にして再調整を施したのが長門となる。


 一方でデザイン的な部分でもあるブラウザゲームに似たような装備で戦艦を擬人化した作品もあった為、結局は正式採用はされていないという話だ。


 長門の存在に関してはネット上で噂される程度で運営発表もなかったのだが、武蔵むさしあずさが今回持ち出した事で存在が明らかになった事になる。


「この長門、超有名アイドルが扱うチート機体に遅れは取らない!」


 高層ビルから見事な着地を決めた長門は、そのまま現場となっている上野エリア近辺へと向かう。


 それを見た2人も向かおうとするのだが、それを止めたのはアキバガーディアンだった。


「一般人の方は、これ以上介入するのを止めていただきたい」


 最初、ガーディアンの男性が言っている事が2人は理解できなかった。


 どのような括りで一般人と認識したのか。


 そして、2人はアルビオンランカーのICカードをアキバガーディアンに見せる。


「データの確認を行いますので、しばらくお待ちください」


 ICカードをスキャンし、データの認識を行う。その間にも非常事態になっていたら…2人は焦るのだが、そんな事をしても事態が変わる訳ではない。仕方がないので、ここは落ち着いて待つ事にした。


「確認が完了しました。お気をつけて……」


 1分後に確認が終わり、2人は駆け足で目的地へと向かう。


 距離としては1キロに満たないというのも理由だが、アルビオンパンツアーで移動しない事に関しては温存したいという理由もある。



 午後4時47分、超有名アイドルファンやブラックファンの一部が田端へと向かっていた。


 しかし、目の前を塞いだのはアキバガーディアンの使用するロボットだった。


 こちらはアルビオンパンツアーと違い、コクピット以外のフレームも特殊合金で出来ている特注品である。


「お前達が行っている事は犯罪行為に等しい! これ以上のテロ行為は警察への引き渡しを意味している」


 アキバガーディアンのロボットが構えるのは、スナイパーライフルやガトリング砲等と言った物。他にも近接武装仕様のロボットもいるが、こちらは別働隊と言うべきか。


「超有名アイドルのファンでいる事が犯罪行為なのか! それでは魔女狩りと同然――」


 超有名アイドルファンの一人がアキバガーディアンに抗議をするが、その途中でスナイパーライフルが火を噴いた。


 しかし、このライフルはアキバガーディアンが撃った物ではなかった。


「どういう事だ? 奴ら以外にも敵がいると言うのか?」


 アキバガーディアンが周囲を見回すと、3階建てのDIY専門店の屋上駐車場にブレイブスナイパーの姿があった。


 しかも、アルビオンパンツアーも持参済の状態で。これはガーディアンも想定外と言わざるを得なかった。


「今のアキバガーディアンは超有名アイドルを排除したいだけ、つまりアフィリエイト系まとめサイトと同じにすぎない」


 完全にアキバガーディアンを見下したような発言でブレイブスナイパーがつぶやく。挑発とは違うのだが、普段は見せないようなブレイブスナイパーの言動であるのは間違いない。



 午後4時48分、ARウェポンである連装魚雷を初めとした重武装で姿を見せたのは夕立こと吉川ハヤトだった。


 装備しているマントの方は、若干ボロボロになっており、ここに到着する前にも何者かと交戦していたのが分かる。


「連絡が取れないと思ったら、やはりジャミングだったのか。しかも、ピンポイントの――」


 夕立が右腕の連装魚雷を発射した先は、ブラックファンのジャミング装置だった。


 これが通信不可能だった原因なのだが、破壊しても武蔵との回線が回復しない。


 ダミーだったのか、それとも別の通信妨害用だったのか。


「今の俺は気分が悪い。ここにいる周囲は全て敵として排除する可能性もあるかも……」


 既に警告をする前に夕立は連装魚雷、連装砲を周囲の敵に発射し、次々と目の前の敵を撃破していく。


 撃破と言ってもアーマーの無力化を意味しており、撃破はロストと直結はしない。


 そうでなければ、アキバガーディアンやランカー勢の今回の行動も無差別テロと変わりがないからだ。


「まさか、アルビオンパンツアーも我々の邪魔をするのか!」


「ブラックファンはせん滅するべき敵だが、アルビオンランカーも今は敵だ!」


 アキバガーディアンは両者を攻撃、ブラックファン及び超有名アイドルファンはアルビオンランカーのみを攻撃している。


 夕立に関してもアキバガーディアンと同様に両者を攻撃し、更には乱入してくる超有名アイドル候補生も撃破しているようだ。


「そうだ! 俺が求めていた戦場は……この空気が、俺にとって求めていた物かもしれない」


 夕立が周囲の敵を撃破していく中で魚雷切れ、弾切れとなった連装魚雷をパージし、単装砲型ハンドガンと装備を交換する。


 その後も夕立は休むことなく両者と戦闘を続ける。


「このままでは、こちらの目的が失敗するのは目に見えている。ここは増援を要請――」


 無線で一部のアルビオンランカーを足止めしている部隊に合流を要請するのだが、連絡がない。


 向こうでもジャミングされているのか、それとも既に倒された後なのか?


【アルビオンパンツアーに秒殺された模様】


【こちらも主力が壊滅して増援を回せない】


【例のブラックボックスを回収できなければ、作戦失敗は決定的】


【何としてもブラックボックスは、警察よりも先に回収しなければいけない】


【戦力的に苦戦すると思うが、これ以上の増援は出せそうにない】


 仕方がないのでチャットの方を確認すると、まさかの展開になっていた。


 何と、大型ロボットを含めて主力を固めたはずの部隊が秒殺されたというのだ。


「向こうの部隊が秒殺された。ここは、撤退する!」


 部隊長と思われる人物が撤退を指示すると、1000に近い部隊は瞬時にテレポートで姿を消した。


「テレポートと言うよりは、遠距離操作型のアバターか。向こうも別のアカシックレコードで使われた技術を運用している可能性が……」


 夕立が何かに気付くと、パンジャンドラムに乗った時雨藍伊しぐれ・あおいが目の前に姿を見せる。


 彼は確か帰宅したはずだ。夕立も彼が帰宅すると言うつぶやきはチェック済。その状況で姿を見せた理由が夕立には分からない。



 午後4時48分、武蔵の操る長門によって全体の3分の2以上が秒殺という展開を迎え、残る部隊も退却を始めていた。


 武蔵も追跡しようと考えたが、機体の方が限界を迎えた為に追尾を中止、長門は突如姿を見せたドッグ型コンテナに収納され、何処かへと移動した。


「現状では3分が活動限界時間と言う事か。何処かのシステムであれば3分で決着するが……アルビオンパンツアーでは難しい」


 武蔵はバイザーを外して外の空気を浴びる。


 彼女の表情は疲れと言うよりは、超有名アイドル及びブラックファンを取り逃がした事に対するいらだちの方が比率として高い。


『ようやくつながったか。向こうの目的だが、アカシックレコードが目的らしい』


「超有名アイドルがアカシックレコードの存在に気付いたのか?」


『そう言う訳ではないと思う。おそらくは、超有名アイドルにとって都合の悪い記述を抹消する気なのだろう』


「どこかの百科辞典みたいな編集合戦でも行うのか?」


 ジャミングが回復し、急にスマートフォンから着信音が鳴った。


 これには武蔵も驚いたが、電話の主が夕立なので電話には出る。これでも、武蔵は少し疲れが激しく、汗も拭き取っていない状況なのだが――。


『さすがに、そこまでは……?』


「どうした? 敵でも見つけたか?」


『違う。今、この場に時雨もいるから彼に変わる』


「時雨もいるのか? 帰ったと聞いているが」


 何か気になる事があった夕立は、時雨にスマートフォンを渡して電話を変わる。


 そして、時雨は予想もしないような事を武蔵に対して話す。


『本来であれば戻る予定だったが、帰り道で妙なニュースを目撃して戻ってきた』


「妙なニュース?」


『超有名アイドルとは違った地方アイドルが草加市でライブを行うらしい。開演が午後5時、イベントももうすぐ始まるころだろう』


「地方アイドルのライブはアルビオンパンツアーとも結び使いないが……説明してもらおうか」


『先ほど、超有名アイドルファンとブラックファンのダミーと田端で交戦した。瞬時でテレポート出来るという技術は国内でも確立されていない。あれが遠距離操作型のアバターだとしたら、どうなる?』


「遠距離操作型アバター? そう言う事か」


 時雨は地方アイドルのライブが行われる事を報告したが、それに武蔵が何かを思いついたようなリアクションをする。


「今すぐ草加市のライブコンサートへ向かえるメンバーがいれば、そこへ向かえ! 逃げたブラックファンの足取りを捕まえる事が可能かもしれない」


 しかし、テレポートと言う技術も確立されていない中、どうやって約10分以内で草加市へ向かえと言うのか。


 そんな無茶振りをされても、不可能なものは不可能である。



 午後4時50分、武蔵の元に1本の電話が入る。電話は非表示設定で誰からの電話かは明らかではない。


『――既に持ち出したサーバーに書かれていた情報から草加市へ向かっている。しかし、早くても到着までには15分はかかるだろう』


「お前は一体何者だ? この電話番号を知っているのはアルビオンランカーでも一握り……」


『その、アルビオンランカーだとすれば、どう反応する?』


「その声は、まさか――!?」


 電話の主に関して、武蔵は若干の聞き覚えがあった。


 この声は、ブレイブスナイパーである。しかし、ブレイブスナイパーは田端にいたはずなのだが……どういう事なのか?


『今はテレビ局のヘリを利用して、草加市にある芸能事務所に向かう所だ。強制捜査現場の映像を押さえる為にヘリを飛ばしているらしい』


「テレビ局のヘリ? それを利用する事が何を意味しているか、分かっている?」


『分かっている。それ位のリスクを覚悟しなければ、真の敵を倒す事は出来ない。大丈夫、ある番組で速報テロップを出さないように努力はしてみる』


 ブレイブスナイパーは言いたい事だけを言って通話を切ってしまった。


 速報テロップと言う言葉も気になるが、彼女はさりげなく重要な事を言っている。


「一体、彼女は何をしようとしているのか?」


 武蔵も疑問に思うが、その疑問はスマートフォンでニュース番組を見ている時に判明した。


『トップニュースです。草加市の大手芸能事務所でBL勢によるデモ活動が行われています。現場からの報告です――』


 このニュースを目撃した武蔵は、思わずスマートフォンを叩きつけたくなる衝動になったのだが、さすがに止めた。


 そのような事をしても事件は解決しない。それは、アカシックレコードを目撃した時に百も承知。覚悟の上だった。


『今、現場で動きがありました。アルビオンランカーです! アルビオンランカーがヘリから降下してきました!』


 何と、ヘリで急降下したのはブレイブスナイパーだった。


 それに加えて、アナザーオブアルビオンと長門型と同じラインで作られていた三笠の姿もあった。


 あの機体を扱っているのは、一体誰なのか――。



 同刻、草加市の芸能事務所前、ヘリから急降下してきたのはホワイトブレイカー、アナザーオブアルビオン、三笠の3体。


 まさかの展開には周囲で取材をしていたマスコミも衝撃を受けている。


「アルビオンパンツアーが来るなど、聞いていないぞ!」


 超有名アイドルファンやブラックファンも襲撃をしようと考えていたのだが、思わぬ敵が現れた事で指示を待つことなく飛び出してしまう者も続出していた。


「やはり、これも全てはブラックファンが仕組んだシナリオか」


 ブレイブスナイパーがハンドガンを片手に次々とブラックファンを打ち落とす。


 しかも、向こうは異星人システムも使用している。これで、ようやく全てがつながった。


「異星人システムを使い、自分達の推す超有名アイドルグッズの売り上げを上昇させようと言う事か。私利私欲の為にアカシックレコードを使うとは……」


 ジャンヌは超有名アイドルファンがアカシックレコードを使用した理由を察し、激怒のあまりにARウェポンであるエクスカリバーを発動させる。


「アカシックレコードでそのような使い方を――許せない!」


 龍鳳もアガートラームを発動し、周辺のチートを全て無効化。そして、それによってもう一つ明らかになった物があった。


「ブラックファンが消えた?」


 この状況に驚いたのは、ブレイブスナイパーだった。


 何と、周囲にいたはずのブラックファンが姿を消したのである。


 周囲に残っているのは、マスコミと野次馬、通りすがりの車位。これは、どういう事なのか。


 ブラックファン以外にも超有名アイドルファン、更には芸能事務所を占拠していたBL勢力も消えていたのだ。


 マスコミも何が起こったのか分からず、何を伝えればいいのか――。


『こちら現場ですが、先ほどまでいた超有名アイドルファン等が一瞬で姿を消しました。本当に一瞬で消えました。我々には何が起こったのか理解できません』


 一体、どのようなトリックを使ったのか一切不明な中、3人は芸能事務所のビル内へ侵入する。


 幸いにもマスコミが押し掛けたりする事はなく、あっさりと入る事が出来たのが大きい。


「なるほど。あれらも全てAR技術で生み出した存在だった、と」


 アキバガーディアンとは明らかに違う制服を着た女性が、周囲のマスコミが慌てる姿を見て何かを確信する。


「結局、歴史は繰り返される……第3者の介入があったとしても、変えられない歴史は変えられないのか?」


 まるで、タイムリープをしているかのようなつぶやきを残し、彼女は谷塚駅の方へと姿を消す。一体、彼女は何者なのか?



 午後5時10分、事務所に潜入した3人はレーダー等を参考にして会議室まで到達した。


 そこまでに何者かに襲撃されると思ったら、そう言った様子は全くなかったのである。


 会議室のドアを開けると、そこには冬元一登の姿があった。


 しかも、彼はパソコンを手に何かを確かめているようでもある。


 それに対して、ブレイブスナイパーがスナイパーライフルを構えるが動じる気配はない。


「君達が来るのは分かっていた。そして、私が億万長者を永久不変の地位にする……それを妨害したのもお前達というのも!」


 単純な逆恨みで今までの行動を起こしたのとは違うのは3人とも把握済。


 しかし、異星人システムをここまで仕上げたのは何者なのか――。


「アカシックレコードをここまで悪用して、何が狙いだ!」


 ジャンヌは叫ぶのだが、その声は冬元には届いていない。


 そして、龍鳳も何かを訴えようとしたのだが、それも声にならない。厳密に言えば、台詞として成立していない単語の羅列である。


「アカシックレコードではないが、こうした事も容易にできるとは思わなかった。この技術さえ使用すれば、意のままに世界を書き換える事も可能になる」


 冬元が指を鳴らすと、突如として会議室の入り口からマフィアの様なアバターが大量に現れた。


 囲まれた3人は最大の危機を迎えているのだが、龍鳳は全く動じない。


 それどころか、ジャンヌとブレイブスナイパーが若干焦っているのに対し、龍鳳は正反対の行動を取ったからだ。


 その行動とは、スマートフォンでアカシックレコードへアクセスした事である。


「これが私の答え! 超有名アイドルはこの世界には必要ない。そして、この世界が取るべき選択は――」


 まばゆい光が龍鳳のスマートフォンから放たれた。その後、マフィアの姿は消え、冬元はその場に倒れる。


 そして、彼の見ていたパソコンには電脳アイドルが歌を歌っている動画が流れていた。



 午後5時15分、電脳アイドルの歌声が流れる中、バトルが展開されると思われた空間は――あっけない結末を迎えようとしている。


「それが、お前の選択だと言うのか! 龍鳳!」


 倒れる直前、冬元は叫ぶ。超有名アイドルによるコンテンツ流通を統一しようと言う考え、そこへ到達した冬元が取った行動――それを龍鳳は全否定した事になる。


「超有名アイドルのみしか存在しないコンテンツ流通――それはディストピアと変わらない! そして、それを実現させる為に賢者の石に手を出した事……それは、純粋なファンの想いを踏みにじる悪行よ!」


 龍鳳は超有名アイドル商法を否定し続ける勢力の意見、日本経済再生の為に必要だと超有名アイドル商法をゴリ押しする与党や一部の政治家、大企業――。


 お互いに譲れない物があるのは分かっている。その上で、彼女が選択したのはお互いに譲歩出来ないのであれば、いっそのこと別の勢力が超有名アイドルのポジションを奪えばいいという物だった。


 しかし、それを行えば結局は超有名アイドルと同じ道をたどるのは目に見えている。売れ続ける限り、終わることが許されない無限ループ――龍鳳が拒絶したのは、【ゴリ押しによる無限ループ】だったのかもしれない。


「超有名アイドル無双こそ、勝利フラグに他ならない――」


 冬元の最期とも言える発言は、勝利宣言とも言えるような断末魔だったと言う。その後、彼はその場に倒れる。気絶したと言うだけで、命に別条はない。


「違法な手段で無双を続けるという事は、負けフラグよ。チートや外部ツール等の違法手段を賢者の石と都合のよい解釈をしてまで――」


 冬元の自滅は、超有名アイドル商法のゴリ押しをする為、賢者の石というグレーゾーンである手段を都合よく解釈し、ディストピアを実現しようとした事だったのかもしれない。


 チートを使ってまで理想郷を作ろうとした冬元に対し、龍鳳はそこまでして何を得ようとしたのか理解できなかった。



 午後5時17分、3人はビルの外へと急いで向かう。自爆装置と言った物は作動していないが、マスコミが駆けつける恐れもあった為だ。


「奴は、自分の行った事が勝ちフラグだと思いこみ、やがては自分の慢心が負けフラグにつながった事も気付けなかった」


 ジャンヌは冬元の過信や慢心等が今回の敗因であると考えている。


「冬元の敗因は、ネット上の情報が絶対と信じ込み、フラグ等を全て掌握出来ると考えていたことだ。確立を操作出来るなんて――そんな都合のよい能力を得られるはずがない」


 ブレイブスナイパーの方は、冬元の敗因を別の観点で見ていた。彼はネット上に存在する都市伝説、まとめサイト等も掌握して印象操作を行い、超有名アイドルを唯一神にしようとしていた。


 コンテンツに唯一神は存在しないと言うのに――それを生み出して無限の利益を得ようと考えていた事、それこそが敗因だと。



 午後5時20分、その後に何が起こったのかは大きく報道されていない。


 しかし、冬元が再逮捕された事、超有名アイドル規制法案が数日以内に審議入りする事、違法データのアップデートした人物の一斉逮捕は報道された。


 その中でも肝心な事が報道されていないように思えたのは、あの場にいたスタッフもネット上のまとめサイトのような報道が出来ないと現場で判断したのだろう。


「これだけの事が起こったのに、あのテレビ局は平常運転だ」


 武蔵がチェックしていたのは、健康情報番組を放送しているテレビ局だった。


 このテレビ局がニュースを報道する事、それは日本の終わりではないかと言うネットの情報もある。


 それは、意外な事にアカシックレコードにも記載されていた。


「そして、秋葉原は平和を取り戻し、再びアルビオンパンツアーはARの世界へと戻るのか」


 武蔵はさみしそうにつぶやくが、本来であればアルビオンパンツアーの使用用途としてはゲームが正しい用途であり、軍事利用は違う用途だ。


 あれほどのチートさえも生ぬるいような兵器が実際の軍事分野で使われれば、それこそ全世界終了のお知らせが出る事だろう。


「今すぐ答えを出さなくてもいい。これが、新たなアルビオンパンツアーのスタート地点……リトライだ」


 その後、ブレイブスナイパーが予告した通りに午後6時に放送されたアニメに速報字幕のテロップが流れる事はなかった。



 午後6時、唯一のアニメを放送しているテレビ局が、アカシックレコードの事を報道しないという訳ではない。


 既にニュースが終わっているという部分もあるだろう。他局と同じようなニュースをやっても、反応がいまいちと言う事で報道をしないオチというのが実況をしていたユーザー乃話だ。


 アカシックレコードの存在自体が疑わしいというのがネット上の見解だが、一部の存在する派を刺激させては……と言う説もあるようだ。


 その存在すると考えている勢力が、実はアキバガーディアンである。それ以外にも遊戯都市奏歌を設立したスタッフの中にも、アカシックレコードを信じる人物がいる事も理由らしい。


 一方で、他局のニュースで飽和状態になっているのが有力とネット上では思われ、更には視聴率稼ぎとも言われる事もあった。


【どこもニュースの中、唯一アニメを放送して視聴率を稼ぐか?】


【その路線はないだろう。視聴率を稼ぐのであれば、もっと別の手段を使うだろう】


【例えば、超有名アイドル事件ではなく超有名アイドルの宣伝を行うとか?】


【それもあるかもしれないが、現状では逆風になるだろう】


【超有名アイドルのせいでニュース番組の質が下がった……という風に嘆いているだろうな、他のテレビ局は】


【どちらにしても、アカシックレコードの事を報道したとしても、それが現実の物と海外が信じると思うか? それは、ないだろう】


 その後もニュース報道に関しては色々な事が言及されたが、アカシックレコードよりも超有名アイドルの今後を懸念する事が多かったと言う。


「死亡フラグや負けフラグ等に怯えていては、何もできなくなってしまう。それこそ、コンテンツ流通にとっては害悪とも言えるかもしれない――」


 コンビニでドーナツを購入し、家に帰る途中だった私服姿の龍鳳は、ふと現実に戻って結論を急ごうとした。


「しかし、様々な観点で唯一神コンテンツ化計画のようなディストピアを生み出す土壌を生み出してしまったのは、大きな事件になっても何も言わずにスルーを続けた無関心な勢力とも呼べない一般市民か」


 状況が状況なのか、結論を急ごうとすれば言葉が詰まる。一体、新の敵は何だったのか。


 冬元は逮捕され、そこから真犯人に関しての情報が得られるかの保証はない。まずは、経過を見守るしかないと言う事で一応の決着を図るべきと言う事にした。



 7月23日、超有名アイドルの一件は朝の報道バラエティーで放送されているが、それでも特番規模にはならずに静かな物である。


 視聴率稼ぎに利用出来ると考えたテレビ局の思惑は、見事に打ち砕かれたと言ってもいい。


 それ以外にも、別のスキャンダル事件があったりしたので、そちらへ時間を割かれたのもあるのだが。


 結局、そちらの方がネット上でも話題だと言う事で視聴率を取れると思ったスキャンダル報道も――ほぼ全てのテレビ局で報道されていれば、通販番組を流しているテレビ局へ流れるのは明白だ。


 あのテレビ局に関しては、特番体制になれば地球滅亡を意味するというネット上の噂を逆に認めているのもあるのだが。


「アルビオンパンツアーがどうなるのか、気になるけど」


 龍鳳は野球帽を深く被って、草加のゲームセンターへと向かう。


 ゲーセンに向かうと、相変わらずの人の数には驚くのだが……それが何時もの光景でもある。


 アルビオンパンツアーも行列まではいかないが、人気の機種となっていた。


 アルビオン事件が一種の炎上商法みたいに見られてもおかしくはないだろう。事実、こうした動きを踏まえてプレイを様子見している人物も少数レベルで存在する。


 しかし、龍鳳はアルビオンパンツアーの筺体を素通りした。今回の目的は違う機種だったのである。


 一方でアルビオンパンツアーその物に興味が失せたという訳ではない。


「今は楽曲解禁イベントを進めないと――?」


 彼女がDJセットを筺体にしたような音楽ゲームの前に到着すると、意外な人物が音楽ゲームをプレイする姿があった。


 その人物は、武蔵むさしあずさだった。これには龍鳳も驚く。周囲のギャラリーは気づいていないようだが。


 今は声をかけるべきではない――と考え、武蔵のプレイする様子を彼女は観察する。


 武蔵はアルビオンパンツアーや元になったTPSやFPSは得意だが、音楽ゲームはプレイ経験がない。


 そう言った事もあってか、最初のプレイは演奏失敗、続く2曲目も難易度が1の楽曲をプレイしたが、何とか滑り込みでクリアと言う状況。


 3曲目は……と言う中で、向こうが龍鳳に気付いたようなしぐさを見せた。


「龍鳳沙耶、来ていたのね」


 武蔵はバイザーを取って龍鳳に声をかける。彼女がバイザーを取る事は食事中と家にいる時以外は外さない。


 そうした事もあって、武蔵の顔を直接見るのは龍鳳でも初めてだった。


「そんな顔だったの。そして、心から笑う事が出来るなんて……」


 龍鳳は彼女が見せた笑顔を見て、思わず小さく笑った。


 そして、お互いにハイタッチ、その後に龍鳳がお手並み拝見と言わんばかりに超絶プレイを披露する。


「チートなんて、ゲームを楽しめなくなるような要素は必要ない――」


 そう思う龍鳳はアルビオンパンツアーへ戻る可能性があるのだろうか、と考えている。


 しかし、音ゲー中にはそんな事を考えている余裕はない。



 こうして、アルビオン事件を巡る争いは決着を迎えた。


 アキバガーディアンを含め、真相を究明する為に動く勢力も存在するのだが、現段階では不明な個所が多い。


 ネット上でも今回の事件を受けて芸能事務所の家宅捜索が続く事に関し、つぶやく人物も存在している。


 しかし、芸能人のスキャンダルが浮上すると、アルビオン事件のニュースよりも最優先で取り扱うようになり、それだけ重要性がないと考えているようでもあった。


「結局は繰り返される世界になるのか。超有名アイドルがコンテンツ使用料で利益を稼ぐ、無限ループが――」


 以前にも姿を見せていた提督と思わしき女性は、ARゲームのセンターモニターで別の動画が流れたと同時にその場を離れ、草加駅の方へと向かう。


「コンテンツ産業も人気の傾向を見つけ、その勢力の支持さえ集めればいいという考えでは――お互いに自滅を招くか」


 彼女は繰り返される世界に疑問を抱くが、今は止めるだけの力がない。時期を待つときである――そう考えていた。 



 8月頃、遊戯都市奏歌ではアルビオンパンツアーをベースとしたARゲームの新作を発表する。


 このゲームにはアルビオンパンツアーのスタッフが全面協力をして開発したという話があり、ある意味でも公認と言えるだろうか。


「遊戯都市としては、音楽ゲームだけではユーザーを集められないと判断したのか――?」


 女性提督は、満員の谷塚駅付近にあるアンテナショップを見学ついでに寄っていた。


 しかし、彼女が想定しているような展開は起きることはなく、混雑している中でも大騒動でガジェットの販売が中止になるようなことはない。


「ARゲーム同士で切磋琢磨する新時代の到来――ここまで到達するまでに時間がかかるとは予想外にも程がある」


 8月上旬のARゲームメーカー及び芸能事務所等との和解、炎上系サイトの閉鎖、ネット炎上防止法案のテストケースとして足立区が選ばれた事――。


 こうした動きが本格化するまでには、アルビオン事件を初めとしたARゲームを巡る事件が多く存在した事を忘れてはならない。


 そして、ARゲームを紛争等と重ね合わせ、無差別の破壊行為に走る事もあってはならないのだ。


「今は、全てを見極める事にするか――次にARゲームを戦争と重ね合わせようとする者がいれば、その時は――」


 女性提督は再びARゲームを巡る争いが起こった時に、どのような行動を取るべきか決めていた。

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