序章
西暦2012年、ループが続いているような日常、雲が非常に少なく、青空が見えるような天気、にぎわうビル街――。
それを打ち砕くかのように、日本に侵攻する為に姿を見せた異星人の一団があった。
その姿はSF映画等で見るような人型とは大きく異なり、だからと言ってファンタジー世界のモンスターとも異なる。
これらの異星人は人間を襲う様な事はなく、何かを探しているようでもあった。何を――と言われると疑問が浮かぶ。
目撃例は東京の秋葉原を含め、東京の至る所に姿を見せていた。しかし、これに対してネット上では驚きの声はない。
【遂に始まったか】
【これを全く知らない人間が見れば、確かに地球を支配する為に異星人が姿を見せたとも取れるだろう】
【今こそ、世界その物を変える時が来た】
【異世界転生やVRMMOのWeb小説が霞むような現実が――この瞬間から始まる】
ネット上では、このようなつぶやきが無数に存在していた。それ程にネット住民は異星人に対してはスルーをしているのだろうか?
逆に、今回の異星人襲来を予言していたかのような人物がいるのでは――と疑われるつぶやきもあるのだが、一部に関しては既に削除された形跡もあり、何かが動いていると感じさせる。
【時代を変えるのは超有名アイドル以外にあってはいけない。それ以外の勢力には消えてもらおう】
【地球上に存在できるコンテンツは超有名アイドルだけ】
【超有名アイドル以外の勢力には、滅亡を―】
【日本で唯一無二、全世界でトップクラスのコンテンツ――それは超有名アイドルなのだ!】
【超有名アイドルの解散が現実化すれば、国家予算以上の損害が出る。それを阻止する為にも、別コンテンツのネット炎上勢力を駆逐しなくてはいけない】
【フジョシ勢や夢小説勢も超有名アイドルにとっては、炎上系まとめサイトに情報を提供するだけ。そんなコンテンツでは、超有名アイドルの足元にも及ばない】
他にも同じようなつぶやきが目撃され、これが異星人の力なのか、と恐怖する者もいたのだが――。
しかし、実際には出現した異星人が一般人を襲撃したという情報はない。その為か、ネットを使わない人にとっては異星人も無縁の話と言える。
ニュース番組等でも報道されていない以上、下手に不安を煽れば警察に逮捕される危険性もあったのでは――という説もあるが、やはり真相は謎のままだ。
そんな中、ある物が秋葉原駅に放置されていたのがネットユーザーの間で話題となり、その写真もアップされていた。
その形状を見る限りでは、何かの戦闘機にも似たようなデザインだろうか。それとも、サーフィンボードの様な使い方をするのか。ネット上でも疑問の声は多い。
状態に関しては大きなダメージもなく、新品と言う表現が当てはまるのかどうかでさえ不明だが、CG等の合成写真でない事だけは事実である。
「これが、写真の物と同じ……」
秋葉原へ姿を見せた一人の女性、その目の前にはタブレット端末に表示された写真と同じ現物が存在している。
しかし、一致するのは物だけであり、場所は一致していない。誰かが移動したのか、それとも2号機か何かだろうか?
黒のツインテールに上下はスパッツと言う外見の女性を見て、周囲のギャラリーがスマホで写真を撮ったり、つぶやきサイトへ投稿するような様子はない。
その理由としては、彼女のいるフィールドとギャラリーのいるフィールドが別次元と言う可能性が挙げられる。しかし、それを証明可能な物は何もない。
確かなのは、彼女はギャラリーの反応を見る事が出来るが、ギャラリーは彼女を見る事が出来ないという事だけ。
決して、彼女の体格がぽっちゃりというのは関係ないと思われるが……。
、そして、彼女はどこにコクピットに当たる物を捜索するのだが、それが存在するのか分からない。単なるサーフボードではないのは事実なので、何処かに動作に必要なスイッチがあるはずだが――。
「それでも、これがなければ日本は滅ぶ」
周囲に異星人の気配を感じ、目の前にあるボードを動かそうと彼女は手を触れた。
次の瞬間――駅に設置されている監視カメラの映像を見た警備員も驚きを隠せない。それに加えて、通りすがった一般市民も光に振り向く。
この瞬間に別次元の壁が消滅し、ギャラリーにも彼女の姿が見えるようになったのである。ただし、見えたのはほんの数秒であり、すぐに見えなくなったという話だ。
これが、アカシックレコードの力? それとも、別の何かが発動したのか?
彼女は無我夢中にボードを動かそうとするのだが、思うように動かない。その為、異星人に対しては別のARゲームで使用している装備、手持ちのビームサーベルとビームライフルで応戦する。
異星人に効果がある? これは一体どういうことなの――。
疑問を抱きつつも、彼女は異星人を次々と薙ぎ払う。次第に援軍も増えていき、絶体絶命のピンチに陥ろうとしていた、その矢先――。
「この力は、一体――?」
一般市民が目撃した光、それは別の空間における光だったのだ。その光によって周囲にいた異星人は一瞬で消滅、一部の戦闘意思を持った異星人も彼女に襲いかかってくる。
彼女は先ほどまでと視界が異なる事、ARウェポンを手に持っていた感覚がなくなっていた事から、別の異変を感じ取る。
そして、その姿をビルのガラス窓で確認すると――。
「これが、ARガジェット――違う! これは、言うなればパワードスーツ、あるいはロボットか?」
その姿はロボットを思わせるような物であるのだが、一昔前に開発されていたパワードスーツにも酷似している。このような物が、この世界へ来た理由を彼女は知りたかった。
おそらく、あのボードが変形した物と思われるが――変形にかかる時間も恐ろしい程に速かったように感じられる。明らかに3秒はかかっていない。
「これがアカシックレコードだとすれば、この力さえあれば超有名アイドルにすがる政治を変える事も――」
異星人を撃破しつつ、彼女は思う。仮にこのロボットがアカシックレコードの力であれば、その力で超有名アイドルばかりを優遇する政治、それ以外を排除しようと考えるアイドルファン、更には『超有名アイドルが行う事は全て正義』という歪んだ社会を変える事も出来るだろう。
超有名アイドルのファンである事が幸福である――一般市民は誰も疑いもしなかった、超有名アイドルディストピア。それを警告し続けてきたアカシックレコードの力は、彼女にとっては一番求めていた物でもあった。
しかし、その力は彼女が思っていた以上の物を発揮したのである。ネット上でも言われていたが、その威力は地球上に存在する兵器よりも上――存在自体がチートと言われても文句は言えない。
ビームライフルは一発撃っただけで100近くの異星人を蒸発、機動力は新幹線には及ばないが時速100キロクラス、ホーミングレーザーは瞬時にして1000以上のターゲットをロックオン可能。
むしろ、チートと言う表現を使う事自体が生ぬるいと言わんばかりのスペックを持っていた。一体、これだけの力を持ったガジェットが何処で開発されていたのか?
「一体、何が起こっているのか――」
自分の考えではアカシックレコードを手にできれば超有名アイドル支配を変える事が出来ると思っていた。しかし、周囲の光景を見て動揺していた。
周囲の建造物には損害なし、それ以外にも不審な部分はあるのだが――。今の彼女には、それが何なのかは理解できずにいる。
異星人の消滅も一種の『ゲーム的な演出』に見えなくもない。そこから判断出来るのは、これがARゲームであるという事なのだが、そこまでは頭が回らない位に動揺をしていると言ってもいいだろうか。
「私は、このような力を手に入れて世界を変えようと考えていたのか……」
目の前にある光景を目の当たりにして言葉を失う。あまりにも強大な力であり、下手をすれば地球上にある兵器さえも上回るのは間違いない。人によっては、その力を手にした事に後悔する事は間違いない。
「これがあれば世界は変えられるだろう。しかし、その後にどうする? 新たな火種を生み出すのは間違いない事実だ――」
それを手にした段階で手遅れ、後へ引き返すにしても遅かったのかもしれない。
《ミッションコンプリート》
彼女の目の前にあるモニターに表示されていた文字を見て、彼女は自分の頬を1回叩く。軽く叩いたつもりだったのだが、痛みを感じる。
「何が、どうなっているの?」
その後、この機体の名称がアルビオンである事をネット上で知った。それに加え、一般市民は異星人の事さえも全く知らない事にも気付かされた。
西暦2012年4月1日、白昼堂々と現れた異星人、自分が動かしたアルビオン、事件の真相、それらを彼女は知ることはなかった。
アカシックレコードという単語の響きだけでアルビオンに触れた結果、想像を絶するような現実を知らされることになったのである。
その後、一連の事件は【アルビオン事件】としてネット上で伝えられる事になるのだが、正確な状況を知る者は少なく目撃証言も同じような物ばかりと言う事もあって、詳細に記した記事は存在しない。
この回想と思わしき物も、再現TVRという事が動画のキャプション文に書かれている一方で、作り物とする発言も多い。コメント欄も作りものだと分かっていてコメントをしていると思われる書き込みが目立ち、真相はいまだに闇の中だ。
【何処までが事実なのか?】
【アルビオンパンツアー自体が最初から存在しないと言われている】
【存在しない? そんなわけはないだろう】
【アルビオン自体がゲームのロケテストと言われているからな】
【ARゲームも日々進化している。だから、アルビオン事件も架空の物と言うのか】
【あれほどの起動兵器が武力鎮圧に使われれば――その結果は、火を見るよりも明らかだ】
このようなコメントも多数あるのだが、そこから事実を見つけ出すのは難しい。それ程にアルビオン事件の真相を解読する事は困難だからだ。
歴史は繰り返されようとしているのか?
それから数年後はアルビオンに関する大きな事件はなく、平和そのものと言う物も存在した位である。
まるで、過去の歴史を掘り返して欲しくないという考えがネット住民を動かしている――そう感じさせるほどには異常な光景と言えるのかもしれない。
時は流れて、西暦2017年。
ARゲームの技術も進歩していき、遊戯都市という町おこし計画の為にARゲームメーカーの進出を歓迎している埼玉県草加市――。
秋葉原で起こった【アルビオン事件】も風化しようとしていた中、その事件は起こったのである。
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西暦2017年7月1日、晴天の空、多くの人影、リニューアルオープンしたパチンコ店には長い行列―その中で唯一違う場所があるとすれば、一人の少女が無数の異星人に追われている事だろう。
ただし、この異星人は一般市民には姿が見えていない。
特殊なメガネやARガジェットのシステムを使ってみる事が出来るのだが、遊戯都市奏歌の中でもARゲームを好意的に受け入れているのは一部のゲーマーやヲタクだけと――。
それでも町おこしと言う事で色々な優遇も得られる事もあって、その為だけに仕方なく協力しているという市民もいる位だ。
「何故、このタイミングで異星人?」
この時期に黒いコートを着こんでいる女性、彼女はアルビオンの展示が行われているというゲームセンターへ立ち寄ろうとしていた。
しかし、そのタイミングで彼女は異星人の襲撃を受けた。何故、彼女をピンポイントで狙っているのかは分からない。
「どちらにしても、やるしかない!」
彼女は腰のベルトにマウントされているDJの使うターンテーブルの様なハンドガンを構え、接近してくる異星人だけをピンポイントで狙撃する。
しかし、走りながら攻撃している為、狙撃と言っても若干の誤差は発生する為、稀に弾道が異星人のいる方角とは別の方向にも飛んでしまう。
この弾丸は周囲の人間には命中せず、一定の距離を飛んだ後に消滅。それに加え、この弾は実弾ではなくビームの類と言うべき物だった。
これが実はゲーム的演出でもあるのだが、一般市民でこの事実を把握している市民は3割にも満たないと言う。
それだけ、町おこしの内容を知らないと言うよりはスルーしている人が多い事なのかもしれない。
「このままでは―」
異星人との戦いは一般人には認識されない空間で展開されている。助けを呼ぼうとしても駆けつける可能性は低い。
他にも色々な事を考えながら異星人に向かってハンドガンを撃ち続けるが、弾数も無制限と言う訳ではない。
万事休す――そう考えていた、その時だった。彼女の目の前に、唐突に白銀の機体が姿を見せたのは。
出現演出は異星人の出現とは異なり、フレームユニットから構築されていくような物だった。
「アルビオン、パンツアー……!」
彼女、龍鳳沙耶は目の前に姿を見せたロボットに驚いた。
近年放送されているようなロボットのシャープなデザイン、全長5メートル程、パイルバンカー、ビームライフル、ビームブレード等で武装されている。
誰かが乗っているのかは不明だが、予想外の援軍と言う事もあって龍鳳は歓迎をする。
しかし、向こうの方からは何のリアクションもないのが気になっていた。乱入プレイヤーと言う訳でもないのだが、どういう事か?
「アルビオンパンツアーは有人機のはず」
アルビオンパンツアーは無人では起動しない、基本的に有人操縦とネット上では言われている。実際、ARゲームでも無人機はCGで表現され、質量が存在するとは思えない。
だが、目の前に現れたアルビオンパンツアーは有人操作のソレとは全く違う挙動を見せていた。出現演出も無人機の物ではなかった事も、挙動の違いを意味しているのだが。
「そこのアルビオンパンツアー、返事をしなさい!」
思わず叫んだ。それでも通信を入れてくるような気配は全く見せず、アルビオンパンツアーは異星人を次々と撃破していく。
その様子は、5年前のアルビオン事件を予感させる。この様子を見ていたネット住民ややじ馬が無反応でいられないのは、龍鳳にも分かっていた。
【面白い物が見られるぞ】
その様子をパチンコ店の行列に同化していた男性が、今までの一部始終を写真に撮ってネット上へアップしていた。
そして、その写真は瞬時の内に拡散していき、気が付くとパチンコ店の周囲にはアルビオンパンツアーを目撃しようとしている野次馬が集まっていた。
今回の写真を使ったつぶやきも、気が付くと5万人以上のユーザーにフォローされていたのである。これが、遊戯都市奏歌におけるネット実況と言う物だろうか?
【確かにアルビオンパンツアーだが、アレはリストになかった】
【ゲームに登録されている機体とは思えない。試作型か?】
【あるいは、隠しキャラかもしれない】
【隠しキャラはありえないだろう。アルビオンパンツアーは運営が登録を含めて厳重に行っている】
【じゃあ、アレはアルビオンパンツアーではなくパワードスーツだと言うのか?】
ネット上の書きこみでも様々な憶測や偽物と疑う者も存在した。そんな中、ある1つの書きこみが周囲を衝撃の渦へ飲み込んだのである。
【アナザーオブアルビオンならば、あり得ない話ではない】
その書き込みをしている人物は、パチンコ店駐車場の屋上にいた。
外見は背広を思わせるような私服、金髪のロングヘアー、右手にはタブレット端末を持っている。
「アナザーオブアルビオン、誰が動かしているのか―」
彼女はタブレット端末で何かを確認した後、すぐに姿を消した。駐車場に人影があった事その物が気付いていないというレベルである。
一体、彼女はどのような技術で周囲に気付かれずに姿を消したのか? さすがにステルス迷彩はないだろう――というのが目撃者の証言だった。
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10分後、異星人の群れを撃破し終わった後、先ほどのアルビオンは機能を停止する。転送されるような気配はなかったが、様子がおかしいのは変わりない。
そして、ロボット形態からボード形態に変形した時に龍鳳は異変に気づいた。
「無人のアルビオンパンツアー?」
通信を入れなかった理由、何も返事をしなかった理由は解決したのだが、今度はどのように動かしていたのかと言う部分で疑問が浮上する。
アルビオンパンツアーが無人機ではないのは、ネット上でも誰もが知っている話だ。技術革新で無人機が再現できたとしても、それが一般流通するかと言われると――すぐには不可能だろう。
「もしかすると、これが噂の――?」
龍鳳がボード形態へ変形したアルビオンパンツアーに触れたと同時に、アルビオンパンツアーは再びロボット形態へと変形する。
これには龍鳳も驚いたのだが、問題は別の所にあった。
《敵機接近》
目の前のモニターに表示された警告、それは異星人の接近を意味する物だった。先ほどの群れは偵察部隊だったとでもいうのだろうか?
「これは一体――どういう事なの?」
龍鳳は自分に起こった出来事に関して把握出来ずにいた。気が付くとアルビオンのコクピットに座り、周囲にはモニターが存在する。
どうやら、機体に触れた瞬間に変形したと考えざるを得ないような――そんな状態だ。
「戦うしか方法はない……と言う事ね」
モニターの状況を把握し、逃げ道がふさがれた事を改めて確認する。
先へ進むにしても、この場から脱出するにしても、異星人のせん滅は必須条件だった。
周囲には異星人が現れているのに、パチンコ店に行列を作っている客だけではなくアルビオン目当てのギャラリーも逃げる気配はない。これに関しては龍鳳も疑問にもったが、それを考えているような余裕はなかった。
「まずは、これを――」
右スティックのハンドルを手で回転、メイン画面に表示させたのは使用武器リストである。先ほどと違い、武装に関してはいくつかが入れ替えられているようにも見えるのだが。
《ホーミングランチャー》
背中に装着されているバックパックが変形し、ミサイルランチャーにも似たような武装に変化した。
その直後に放たれたビームは周囲の異星人をピンポイントに狙撃、瞬時に蒸発と言う常識を疑う威力を発揮する。
実際は蒸発と言うよりは、演出で消滅したと言うべきか。
「威力が違いすぎる。これが、アルビオンパンツアーの標準武装?」
龍鳳は考えるが、実際には違っている事には気づかない。
これは彼女が乗った機体、アナザーオブアルビオンに秘密があると言う事が理由なのだが――。
【異常過ぎる。これがアルビオンパンツアーの武装なのか?】
【異星人が弱いという訳ではないのに、ああもあっさりとやられるとは】
【異星人がかませ犬と言う訳ではないはず】
【信じられない】
【あれだけの威力を発揮しているのに、世界はどうしてアルビオンパンツアーを注目しない?】
【あくまでもアルビオンパンツアーはゲーム。戦争に使われるような兵器ではない】
【威力を考えれば、明らかに異常としか言えないが……】
ネット上ではさまざまなつぶやきが流れている。それだけ、ネット住民はアルビオンパンツアーの中でも伝説となっている機体が復活した事に動揺しているのだろう。
5分が経過して、異星人のせん滅に成功した。他にも複数の武器を使用したのだが、あまりにも常識を超えた物ばかりで龍鳳は言葉も出ない。
異星人の展開したバリアごと貫通したパイルバンカー、1回振り回しただけで50機ほどの機体を消滅させたビームナギナタ、機動力に2倍の差は出ているであろうシールドビット――。
、極めつけには、直線距離にして1キロ近くという長距離射程を持ったスナイパーライフル――どれも現実ではあり得ないような威力を持っていたのである。
「まさか、これが噂に聞くアカシックレコード……アナザーオブアルビオン?」
龍鳳も、自分が手にした力の大きさにようやく気がついた。常識さえも全く通じない火力、それはチートと言う一言では片付けられない。
だからと言って、超兵器というカテゴリーに収まるような存在でもないのは分かる。ファンタジー兵器が現代日本で無双するような小説もあるが、それとは比べるもなく――。
「この力があれば、今の時代を変える事も出来るかもしれない」
その時は気付かなかった。自分が、過去にアナザーオブアルビオンを手にした人物と同じ事を考えていた事に――。
10分後、アナザーオブアルビオンから降りた龍鳳は当初の目的地だったゲームセンターに到着。
降りた後にはアルビオンは何処かへと誘導されるかのように姿を消したのだが、それを追いかけようとは全く考えなかった。
「あれって、もしかして――」
ゲームセンターの中に入って10メートル歩いた所、アルビオンパンツアーの体感ゲームが設置されている。
そのコクピットがアナザーオブアルビオンに酷似している事に、今になって気がついた。
アルビオンパンツアー、あの時に起こった事も全てゲームだったというの?
龍鳳は自分がしてきた事に自信が持てなくなってきた。もしも、仮にゲームだった場合、あのチートに近い能力が他プレイヤーにとっても炎上のネタにされるのでは、と。
異世界に転生し、そこでチートの力を身につけて異世界を無双する――それと変わらないような力をアルビオンパンツアーは持っていた。
「あなたもこの世界に足を踏み入れたみたいね」
後ろから急に声をかけられたように感じた龍鳳が振り向くと、そこには上下スパッツ、それに若干ぽっちゃりとした体型の女性がいた。
巨乳やツインテールよりも、スパッツの方に目が行きやすいのは、彼女も自覚している。
「あなたは、一体?」
その問いかけに彼女は答えようとしない。答えたとしても、それが解決法にはならないと考えているからだ。
「それよりも一つ聞きたい事がある――」
いきなりの質問返しに龍鳳は戸惑う。アルビオンパンツアーの事を聞かれたとしても、おそらくは彼女を満足させる答えは出来ない。
もっと別な質問をしてくれれば、と彼女は考えていた。
「MMOとか、色々なゲームでゲームオーバーとか、デスゲームの様なシステムや表現が規制されているのは……どう思っている?」
アルビオンの話題ではなかった事に龍鳳は安堵する。遊戯都市奏歌ではARゲームの中でも、アナザーオブアルビオンの話題はスルーされる傾向にあったからだ。
その為、龍鳳は質問される内容によっては答えようがなかったというのもあるのだろう。
6年前にデスゲーム規制法案が国会で成立、テレビゲームのプレイヤーが実際に死ぬような感覚を与える表現等が禁止された。
これによって、ゲーム業界はARゲームを含めて新たなジャンルを生み出していく。
そう言った事情もあってか、Web小説サイトではデスゲームを取り扱った小説や異世界転生等がランキング上位にいるのだろう。
サイトによってはデスゲーム自体がランクインせず、フジョシ勢が書いたと思われるような二次創作のやおい小説や会話だけの雰囲気小説等がランクインしている。
「デスゲーム自体はWeb小説で見かけるようなゲームが規制される、そんな考えよ。規制されたとしても、モグラたたきのようにエンドレス化する可能性はあるけど」
龍鳳の答えを聞き、彼女は何か違うような表情を浮かべる。答え方を間違えたのか。それとも、もっと別の考え方を聞きたかったのか?
「アカシックレコード、それに触れた事があれば超有名アイドルが都合よく全てを掌握する世界が何処にでもある。そう感じるはず。そして、その流れを何としても止めなければコンテンツ流通、コンテンツ市場も崩壊する」
「ちょっと待って! 超有名アイドルが国会さえも掌握しているって――次元を超え過ぎている話よ」
彼女の話を聞き、龍鳳は話が超越しすぎて理解できずにいた。それ程に、アカシックレコードと言う物は重要なのだろうか?
数分後、ある一言を残して彼女は姿を消してしまった。名前はナイトロードと名乗っていたが、これはゲーム中のプレイヤーネームであって本名ではないだろう。
『アナザーオブアルビオン、あの力は人間が扱えるような物ではない。あれはチートと言う一言では片付けられない機体、いわゆるリアルチートと言った方が早いかもしれない』
ナイトロードが去り際に残した言葉、その意味を龍鳳は考えようとしたが、それとは別に何かが動き出そうとしている可能性も否定できない。
「アカシックレコード、超有名アイドル……ネット上でも言われている世界線と何か関係があるのだろうか」
龍鳳がふと口に出した単語である世界線、それもアカシックレコードに関係ある事を今の心境では理解出来なかった。