ある公爵令嬢の婚約破棄話
「……ついにきましたね。わかりました」
オーガスト公爵家令嬢、メリルは3年間通った学園の卒業パーティーで婚約者であり、この国の王太子である『ラウド=ジュライ』様に呼び出しを受けました。
呼び出しに頷き、パーティー会場の中心まで足を運ぶとラウド様とこの国を支える貴族達の後継者と言われる若者達。そして、その中心に1人の少女……確か平民出身の『アリス=エイプリル』嬢が立っています。
それは何も知らない者達から見れば私がこれから弾圧されるように見えます。ただ、実際は……
「メリル、なぜ、この場所に呼び出させたかわかっているな」
「見当もつきません」
「見当もつかないだと? この場で反省の言葉でも言えば、減刑してやろうと思ったのだが、貴様と言う女は」
私が到着したのを見て、高圧的な態度を見せるラウド様。その様子に首を傾げて見せますがラウド様は私の態度が気に入らないようで大きく舌打ちをします。その態度は王族には相応しくないと思うのですが私が今、何かを言うと火に油を注ぐ事になるので止めておきましょう。
ラウド様は舌打ちをなさった後、1つ深呼吸をします。その様子から私が何かを言う前にまくし立てて話を終わらせてしまおうと考えているのが読み取れます。
「メリル=オーガスト、お前との婚約を解消する!! そして、このアリスを妃に迎える私は真実の愛を見つけたのだ。貴様のような性悪女をこの国の国母になどさせない」
「はい。ありがとうございます。これでもうバカ王子の世話をしなくても良いと言う事なので嬉しくて涙が出そうです」
表情を引き締めて、婚約破棄をするラウド様。彼は私が泣き崩れるとでも思っていたのでしょうか、完全に私を見下したような態度ですが、私の口から出るのは感謝の言葉です。
そう、その言葉は私がラウド様との婚約を知ってから10年間、待ち望んでいた言葉なのです。
私の返答にラウド様とその取り巻きの方達は一瞬、何が起きたかわからないような表情をするのですが、更に彼らを困惑させる事態が起きます。私達の様子を傍観していた同窓生や在校生、その保護者から歓声が上がるのです。
彼らはその意味がわからないようですが当然です。私を含めて彼らと同時期に学園に通っていた者達から見ればこれほど嬉しい事はないのですから。それにこの騒ぎはきっと保護者として、国の王としてこの場所に起こしくださっている叔父様にも伝わります。きっと、もうすぐ、叔父様とお父様もこの場に到着するでしょう。
「な、何が起きたのだ?」
「ラウド様、確認しておきますが、私はなぜ、婚約を解消されるのでしょうか? 勘違いしないでください。婚約破棄はもちろんお受けします。むしろ、喜ばしいくらいです。18年と言うこれまでの生涯の中で最高の出来事ですから」
状況を理解するほどの能力もないようでラウド様や取り巻きの顔には焦りの色が見えています。しかし、情けないです。これが将来この国を支えると期待されていた者達の姿なのでしょうか? 情けなくて涙が出てきそうです。
やろうと思えば元婚約者と愉快な仲間達を再起不能にする事も出来るのですが、叔父様とお父様が到着していない状況で行うわけには行きませんので時間稼ぎのために婚約破棄の理由を聞いてみます。
「決まっているだろう。アリスに行った数々のいじめの」
「していませんわ。私はラウド様の事など微塵も愛してなどいなかったのですから、ラウド様にどんな女が近づこうと興味がありませんもの」
「そ、そんな事、ありません。私に嫌がらせをしたではないですか」
どうやら、お約束とも言われそうな無実の罪を着せられそうになっていたようです。ただし、すでに私が婚約破棄に歓喜しているため、その言葉に説得力など皆無です。
それですのになぜかアリス様が声を上げるのです。
どうして、嘘を言うのでしょうか? ……幸運の女神はすでに貴女になど微笑んでいないのですのに。
「証拠はありますか?」
「証拠ならあるぞ」
「最初に言っておきます。証言ではなく、物的証拠を出してくださいね。私が反論できないような証拠がもちろんあるのでしょうね」
まだ、叔父様とお父様が来られないため、もう少し付き合って差し上げようと証拠の提示を求めます。
しかし、ラウド様の口から出るのはアリス様が私に階段から突き落とされた、教科書類を捨てられたなどと言う証言ばかりで物的証拠の1つも出てこない。
「……良く、それで私を断罪しようと思いましたね」
「何を言っているんだ。アリスが言うのだ。充分な証拠になる」
「それなら、その証言をもとに証拠を集めるなりしてはいかがですか? そのような事をして冤罪を作り出しては国を傾ける事になりますわ……まあ、もうラウド様方には関係のない話ですわね」
呆れを通り越して元婚約者様とその取り巻きの方達の頭の残念さに可哀想になってきます。
自分に心地よい言葉だけを聞き、骨抜きにされたバカな王子とその取り巻きとその原因の少女を見てため息が漏れてしまいます。そして、ため息が漏れるのは私だけではなく、この場の動向を眺めている多くの者達を一緒です。
「関係ない? 何を言っているのだ? 俺はこの国の王太子だぞ。第1位王位継承者だ」
「そうですね。私との婚約を解消するまではラウド様はこの国の第1位王位継承者様でした」
「……ラウド、何をやっている」
「父上、私はメリルとの婚約を破棄し、アリスと婚約したいと思います。私は真実の愛を見つけたのです!?」
自分達がバカにされている事には気が付くようでラウド様は周囲の者が自分をバカにするのが耐え切れないようでがなり立てます。
その時、お父様と一緒に叔父様が警備の者を引きつれて現れます。ラウド様は叔父様を見つけるなり、自分の希望を押し付けるようにまくし立てるのですが、そんな彼のお顔に叔父様の拳が振り下ろされます。
「さすがの1撃ですわ」
「いや、年は取りたくない物だ。しかし、メリル、うちのバカ息子が本当に申し訳ない事をした」
叔父様に殴り飛ばされて吹き飛ぶラウド様に周囲の者からはバカにする様な笑い声が聞こえます。
吹き飛ばされたラウド様に駆け寄る事無く、叔父様の1撃の素晴らしさにほれぼれしてしまいますが叔父様は自分の1撃に納得がいかなかったようで不満げな表情です。
「ち、父上、何をするのですか!?」
「それは私の台詞だ。お前は何をやっているのだ。お前のような愚息では国を治める事などできないと兄上に頼み込んでメリルを婚約者にしたのだぞ。その意味もわからないのか!! 貴様とこの騒ぎに関わった者は追放だ。この場から消えろ」
叔父様に殴られた頬を押さえて声を上げるラウド様ですが、その姿は酷く情けない。
ラウド様の姿に叔父様は怒りが治まらないようでラウド様とその取り巻き達を怒鳴りつけます。
「な、何を言っているのですか? 父上」
「聞こえなかったのか。ラウド、お前は廃嫡だ」
「私はこの国の」
「才能の無い者に国を預けるわけには行かない。卒業までの更生を期待したのに貴様は恥を晒しおって、真実の愛を見つけたのだろう。それならば王族でなくても何も問題はないだろう!!」
自分達が処分される事などないと思っていたラウド様ですがすでに叔父様の怒りは限界のようでラウド様とアリス様、そして取り巻き達は叔父様とお父様に付いてきた警備兵に連れられて行きます。
「……メリル、兄上、本当にすまない事をした」
「叔父様、頭を上げてください。私は気にしておりませんわ。ただ、あのような方でもこの国の唯一の王太子様ですが……」
「私は王位を返上する。元々、兄上が継ぐはずだったのだ。それに私は王など向いてはいない」
叔父上は王位をお父様に譲渡すると言うと清々しい表情をされます。
……それで良いのでしょうか?
叔父様の様子に頭が痛くなってくるのですが、王位を継ぐ事になるお父様がどのような返事をするかが気になります。
「……私は王位を継ぐ気は無い」
「なぜですか? 兄上」
「私より、王に向いている人間がいるからな」
お父様はゆっくりと首を横に振った後、まっすぐと私の目を見てきます。その視線に背中に冷たい物が伝います。お父様がおかしな事を企んでいる気しかしません。
「確かに、あの愚息と違い。メリルは学園で多くの物を学んだようだ」
「あ、あの? 何を言っておられるのですか?」
「この次の王はメリル、お前と言う事だ。どうやら、反対する者はいないようだな。元々、この国を建国したのは女性だ。女王が国を治めても文句などはでない」
私のイヤな予感を無視して、お父様は私の肩を叩きました。すぐに反対をしようとするのですがこのやり取りを見ていた者達はなぜか歓喜の声を上げます。
「……わかりました」
反対などできる状態ではない事は直ぐにわかります。大きく肩を落として頷くと先ほどよりも大きな歓声が上がり、私の即位を多くの者達が喜んでくれている事がわかります……ただ、納得はできません。