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初めての街と初めての評価

三話目です。


よかったらお読みくださいませ。

汽車に乗り込むと、ハンナの脳裏に焼き付いた記憶が、すぐに甦ってきた。

それは、まだ両親と共に生活していた時のこと。

ハンナと父と母の三人は、一度だけ汽車に乗って出掛けたことがある。

楽しく幸せに満ちあふれていた、あの頃をハンナは今でもはっきりと覚えている。

そして、これからも一生忘れないだろう。


汽車が動きだし、窓から流れる景色全てがハンナにとって希望だった。

そうやって景色を、ただ見ていると、いつしか深く眠ってしまった。

「おい、そろそろネクロシティだぞ。降りる準備をしなさい。」

隣の席に座っていた家族連れの声でハンナは目を覚ました。

慌てて目を擦り窓の外を覗きこむと、そこにはハンナが、これまで見たこともない風景が映り、瞬く間に脳が目覚めた。


汽車を降りると、まず街の風景と人の多さに唖然とした。

特に、この大きな駅前は人の往来が激しく、ハンナは一度に、こんなに多くの人間を見たことがなかった為、驚きのあまりに暫く、その場を動くことすら出来なかった。

「す、すごい。」

ようやく口を動かすと、不思議と自然に身体も動きはじめた。

まずは、駅の周りをぐるっと一周して街に飛び込んだ。

見るもの全てが新鮮で活気に溢れていた。

これまでの出来事など全て忘れ去ってしまったように、足取り軽くハンナは町中を散策した。

「なんて広い街なの。一日では周りきれないわ」

ハンナは疲れも忘れたように目を輝かせていた。


駅前から町外れに歩くにつれ人もまばらになっていく。

そんな当たり前のことすらハンナには新鮮だった。

「ずいぶん歩いたけど、どうしてこの辺りは人が少ないのかな?

ふと、そんな疑問があたまを過ると、今まで忘れていた疲れと空腹がドッと押し寄せてきた。

昨日からほとんど何も口にしていないので当然である。

気がつくと辺りはオレンジ色、一色に染まっていた。

「どうしよう」

もう、これ以上一歩も歩ける気がしない。

ハンナは、その場に力なく座り込んだ。

昼間は日差しが差し、春の陽気のように暖かかったが日暮れが近付くにつれ、だんだんと気温が下がってくるのが分かった。


それからどのぐらいの時間、座り込んだまま動けなかったのか、あたりは薄暗くなってしまい、ハンナの不安は一層深まった。

人の通りも殆どなくなり、ハンナは今にも泣きだしそうになっていた。

「私、これからどうしたらいいんだろう。」

ふと頭に両親が浮かんだ。

「パパとママの所に行こう……」

そう思いついたものの、その考えは直ぐに諦めた。

自分は、あのジェラルド家から逃げたしたのた。

もし両親の所に行ってしまったら二人に迷惑が掛かるかもしれない。

ハンナは、そう考えた。

それから、また暫く経ち、遂には通りから人影は完全に消え、辺りは暗闇と化した。

かろうじて通りの所々にランプの街灯がありまっ暗闇だけは免れている。

だがハンナの心と身体は完全に弱りきっていた。

空を見上げ、星を見て少しだけ元気を取り戻すと、ハンナは歌を口ずさんだ。


「羽を広げて空を翔ぶ鳥になり あの煌めく星まで飛んで行きたい きっと素敵な出来事が待ってくれている 私の願いを――」


チャリン!

突然、音がしたと思うと、ハンナの目の前に銅貨がコロコロと転がってきた。

すかさず、それを拾い

「あの、落としましたよ」と、目の前に立っていた男性に差し出した。

男性の顔は、はっきりと見えなかったが立派な白髭と声から老人のようだった。

「それは、落としたんじゃない。君にあげたんだ」

「え?どうして?」

「歌だよ。君の歌声が素敵で、儂の心を癒してくれた。その報酬みたいなもんだ。」

「報酬……本当にもらっていいの?」

「勿論だ。持ち合わせがなかったから、それだけでは申し訳ないくらいだ――そうだ!明日、儂の店においで。」

「お店?」

「儂は、すぐそこで小さなパン屋をやっとるゲンマというものじゃ。明日、朝一番に店にきなさい。焼きたてのパンをご馳走しよう。」

ゲンマと名乗る老人は嬉しそうに言った。

ハンナも、もう頼る相手もない、この状況にゲンマにすがるしかなかった。

「いいかい、日が昇ったら直ぐに来るんだよ。約束だ。」

「はい。……ゲンマさん、ありがとう。」

ハンナは、その優しさに涙がこぼれそうだった。

ゲンマは、「待ってるよ」と、念をおして立ち去ろうと、一歩を踏み出し立ち止まり振り返った。

「そうだ。君は、こんな人気のない場所なんかで歌ってないで駅前に行きなさい。そこで歌ってごらん。」

「そんな……恥ずかしいです」

「恥ずかしくなんかないさ。君の歌声を聴いたら皆、喜ぶに違いない。」

「本当に?」

「ああ本当だ。君は自信をもっていい。それから、これを持って行きなさい。」

ゲンマは、そういって被っていたベレー帽をハンナに渡した。

「いいかい、これを裏返して地面に置いて歌ってごらん。きっと良いことが起きる。」

「は、はい。」

ハンナには一体どういうことか理解できなかった。

しかし、ゲンマの言葉を信じてみようと思った。

なにしろ自分の歌声を褒めてくれた唯一の人。

ハンナは嬉しさのあまり空まで飛んでいきそうだった。

その喜びで疲れも空腹も何処かに投げ捨てた。

「じゃあまた明日。おやすみ」

「はい。ゲンマさん、おやすみなさい。」

その後、ハンナは言われた通り駅前に戻った。

駅の周辺は夜になっても、まだ人で賑わっていた。

ハンナは高鳴る心臓をさすって、駅前の広場の中央辺りに立った。

ゲンマにもらった帽子を地面に置き、一つ深呼吸をした。

より多く、そして遠くの人にも聞こえるように大きな声で歌を歌い始めた。

その声は爽やかな風に乗り緩やかに広場へと広がっていく。

満月の綺麗な夜だった。

ありがとうございました(*^^*)


また次回もよろしくお願いします。

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