TRACK-2 変異の系譜 2
「前々から気になっていたことだったけれど、情報が足りなかったのでまとまらなかった。今年に入ってようやく充分なデータがそろったから、自分なりに考察してみた」
レジー二はコンピューター脇のスロットにメモリーチップを挿し込み、キーボードに指を滑らせた。
ディスプレイに、アトランヴィル第九区の地図が表示される。
「メメントの個体情報は、軍部の掃討部隊が所有するデータを元に、異法者独自でまとめたものを参考にしている。異法者たちが遭遇したメメントは、都度データ化して、同業者間で情報を交換し合うんだ。このデータを参照し、遭遇したメメントに対処する。
データにない新種のメメントが出現した時は、最初の遭遇者が名前をつける。形状はどうか、どう倒したか、弱点はどこか、どんな攻撃をしてくるか。それらをまとめていって、メメントに関するデータはどんどん増えていくのさ」
「ふむ」
「まず一つは、アトランヴィルで出現したメメントは、他のシティには出現していない、という点だ。メメントにも生息地域というものがあるのかもしれない。
同じ東エリア内でも、アトランヴィルに出現するメメントと、他の周辺シティに出現したメメントとでは、種類がまったく違う。でも、シティとシティの境界線上に現れたメメントに似た特徴を持った奴なら、どちらのシティにも出現しているんだ。更に言えば、東エリアに出没するメメントは、他のエリアには一切現れない。同様に、他エリアのメメントは、ここ東エリアには出没しないんだ」
レジー二の“研究発表”を聞くオズモントの瞳に、好奇の光が宿る。
「最初に気づいたのは、数年前、アンダータウンにロックハンマーというメメントが現れた時だ。こいつは全長二メートルほどで、頭がでかくてとにかく硬い。僕のブリゼバルトゥだけでは対応しきれなかったから、他の異法者チームと一時的に組んで倒した」
ディスプレイ上の地図の一箇所に、ポインターが点灯する。アンダータウンに位置する場所だ。
更にポインターの横に、怪物の画像が映し出された。
「このロックハンマーの身体特徴に似たメメントが、アンダータウンの周辺に出たことがある。僕は遭遇したことはないが、データに載っていた。そいつはロアブレイカーといって、ロックハンマーとほぼ同じくらいの体長だが、能力はロックハンマーを上回る。更に、ロックハンマーに似ていつつも、能力が劣化したストーンブリットというメメントも存在する。こんな風にメメントは、強い個体を基準として、似た形状と劣化した能力を持った個体が生まれていくらしい。今の例で言うと、ロアブレイカーがあってロックハンマーが生まれ、ロックハンマーからストーンブリットが生まれた、というように」
レジー二の指が再びキーボードに触れ、もう一つポインターが点灯した。ポインターを囲むように、メメントの画像が数点表示される。
「同じことが別の場所でも起きている。去年エヴァンと行った廃病院で、僕らはディプロフォームと戦ったが、同じ廃病院で出現したピルバグは、ディプロフォームの最劣化種だ。違う場所では、ディプロフォームに似た別個体がいくつか確認されている。どれも少しずつ形状と能力が違う。
僕らが対峙しているメメントのほとんどは、どうやら既出のメメントを模して誕生したものらしい。これはつまり、生物の死骸がモルジットに侵食され、メメント化するその瞬間に、既出のメメントの個体情報を参照している、ということになるんじゃないだろうか」
「その死骸から最も近い地点に存在したメメントの個体情報を、ということだね」
オズモントの言葉に、レジー二は頷きで答えた。オズモントは続ける。
「そしてその“模倣変態”は、繰り返せば繰り返すほど、形状と能力が劣化していく。なるほど、レジー二」
椅子から立ち上がったオズモントは、レジー二の隣に移動した。ポケットからメモリーチップを取り出し、レジー二のものと交換する。
「そのことについては、私も調べていたのだ。結論は君と同じだ。メメント化する死骸は、個体情報をというより、変異情報を受信しているのだよ」
オズモントは枯れ枝のような指で、キーボードを操作した。
「知ってのとおり、イルカは超音波を発して仲間同士のコミュニケーションを図る。イルカの場合は個体間でのやり取りが可能だが、メメントの変異情報発信は、おそらく一方通行だろう」
ディスプレイから地図が消え、違う画面が表示された。画面の中心に、赤いポインターが点滅する。
オズモントはポインターを指で示した。
「このポインターを、能力値の高い一体のメメントだとしよう。これは配信者だ。このディーラーから超音波の如く、変異情報が放射線状に発信される。受信圏内にモルジットが存在し、且つ侵食された死骸があれば、その死骸は受信情報を元に変異する。ディーラーから遠ざかれば遠ざかるほど、形状は異なり、能力も落ちるのだろう」
ディスプレイ上で点滅するポインターから、円形の波が広がっていく。
波紋の末端に、別のポインターが点灯した。そこから別の波紋が発生する。その波紋の末端にもポインターが点き、同様の現象が起きた。
「受信地点ごとに変異情報が発せられれば、まるで波紋のように、どんどん広がっていくはずだ。一体のディーラーに端を発するこの現象を、便宜上〈影響変異〉と名付けた。
ディーラーとなりうるほどの強い個体さえも、この影響変異によって誕生したものかどうかは分からない。突然変異の可能性もある」
オズモントの言葉を、レジー二が継いだ。
「もしもディーラーすら影響変異だというのなら、大元のメメントはとてつもなく強大な個体だということになるな」
それほどまでに強いメメントが現れた、というデータは、今のところはない。
いや、該当するメメントが、一体存在する。
レジー二は顎に片手を当てた。
「メメントは、どういう手段で、どういう時に変異情報を発信するんだろう。ひょっとして……」
レジー二が何に思い至ったのかを察したオズモントは、賛同するように頷く。
「うむ。おそらくは分解消滅の時だろう」
メメントは滅びる際、悪臭を孕んだ蒸気を発しながら消滅していく。その際に、変異情報が発信されるのではないか、という見解だ。
「もしくは、それは第二第三ディーラーに該当することで、第一ディーラーは意図的に変異情報を発信できるのかもしれない。そのあたりについては、まだ断言はできないが」
オズモントはキーボードに触れた。
「この影響変異を、大陸各地の強力なメメントの出没地点に反映させてみる。波紋の広がりを遡らせれば、やがて“最初の一点”に辿り着く。実に興味深い結果が出たよ、レジー二、見てごらん」
オズモントの操作に従いプログラムが作動し、大陸地図が表示された。大陸海岸線に沿って、赤いポインターがいくつも点灯した。ポインターを中心に波紋が広がる。波紋圏内で新たなポインターが点灯し、波紋の拡大が繰り返された。
波紋は徐々に大陸中心部に集約されていく。無数の波紋が折り重なり、大陸中心部を囲んでいったのだ。
プログラムが見せる結論を、レジー二は驚愕の思いで見つめた。
「これは……」
オズモントはディスプレイを指し、レジー二を見上げた。
「ここが、“最初の一点”だ」
波紋の中心、大陸のほぼ真ん中。
そこは、まさにこの大陸の中枢部。
〈政府〉の本拠地――元首都モン=サントール。
影響変異を引き起こした最初の一体が元首都に、と言おうとしたレジー二だが、喉を出かかった言葉をすんでのところで止めた。
モン=サントールの近くにあるものに気づいたためだ。
元首都の東側には、もう一箇所、忘れてはならない重要な場所がある。
十年前に起きた大災害。多くの死者とメメントを生み、政府直下の研究機関〈イーデル〉と、機関が生み出した特殊戦闘部隊〈SALUT〉を解体に追いやった〈パンデミック〉跡地である。
「〈パンデミック〉が始まりなのか。でも、メメント自体は、十年よりずっと以前からいたはずだ。だからこそ、エヴァンたちマキニアンが造られたんだ。これは一体……」
「その通りだレジー二。メメントの最初の一体は、四十数年前に確認された。〈パンデミック〉が“すべての始まり”ではない。だが十年間の災害が、現在に至るメメントの生態に大きな影響を与えたのは事実だろう。それともう一つ、興味深い事実が分かった」
〈パンデミック〉を示すポインターに、黄色い垂直線が引かれた。線は大陸を横断して伸びている。オズモントの指は、
「この〈パンデミック〉跡地の、同緯度線上に」
すうっと移動し、地図の東側の、ある一点を指した。
「ここアトランヴィル第九区、イーストバレーがある。ここで」
オズモントの指が、ディスプレイから離れた。
老人の口から、掠れた言葉が吐き出された。
「ある殺人事件が起き、一体の巨大なメメントが誕生した。〈パンデミック〉が発生した同じ日の夜に。これはただの偶然だろうか?」
疲れたような溜め息をついたオズモントは、ディスプレイの地図をじっと見つめた。
「影響変異を辿っていけば、そのメメントの出没地点が分かると思ったのだが、これに関してはあてが外れたようだ。“彼”の変異情報を受信したメメントは、一体も存在しない」
「でも、あなたが捜している“彼”が、第一ディーラーたり得る強大な能力の持ち主であることは間違いないよ」
レジー二もオズモントとともに、地図を眺めた。
「エリアごとに出現するメメントは決まっている。メメントは、生まれたエリアから出て行くことがない。だが“彼”は別だ。東西南北すべてのエリアで、“彼”の目撃情報が上がっている。こんな広範囲を移動するメメントは“彼”以外にいない」
レジー二は隣に目線を送った。小柄な老人は、鋭い眼差しで地図を睨んでいる。
シーモア・オズモントとは、ヴォルフを介して知り合った。
ワーズワースの生物学教授が協力者になると聞いた時は、我が耳を疑った。悪い冗談かと思ったが、ヴォルフがそんなジョークを口にするはずがない。
顔合わせの時、眼光炯々たる老人の様子に、レジー二は思わず身が引き締まった。相当な覚悟をもって、裏の世界に足を踏み入れたのだと悟ったからだ。
「このじいさんは、一体のメメントを探しているらしい。どれだけ時間がかかってもいいから協力してくれ、だとさ」
なんのためにメメントを捜すのか、レジー二は当然オズモントに尋ねた。オズモントは、知りたいのだ、と答えた。
なぜ“彼”がメメントになったのか。“彼”が何をしようとしているのか、すべて知りたいのだ、と。
“彼”の正体を聞いたレジー二は、オズモントへの協力を承諾した。
オズモントが追うメメント。それは現存するメメントの中で、最強と噂される存在。
滅多に出現せず、例え挑む機会を得たとしても、並の異法者では歯が立たない。
しかしながら、“彼”に命を絶たれた人間は、一人もいないという。
薄闇より滲み出でる、そのメメントの名は〈トワイライト・ナイトメア〉。