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TRACK-1 過去からの呼び声 3

 市民で溢れる真夏の街路を、エヴァンとアルフォンセは並んで歩く。目的地までそうやって、なんと言うことはない世間話をする。

 アルフォンセとともにいて、静かで平凡な時間を過ごすことは、エヴァンにとって心やすらぐ大切な大切なひとときだ。

 アルフォンセと出会ってから、どれだけ経っただろうか。エヴァンの一目惚れで始まった恋は、ゆるやかながらも確かに実りつつある。エヴァンは自分の想いを告げているし、アルフォンセもまた好意を抱いてくれていると確信していた。

 互いに想っていながら、今以上の関係に発展しないのは、恋愛に不慣れな者同士だからだった。

 今の関係はとても心地がいい。けれどエヴァンは、正式な恋人として、アルフォンセと付き合っていきたいと願っている。彼女のすべてを自分だけのものにしたい。他の誰にも触れさせたくない。独占欲は強くなる一方だ。

 だが、その欲を抑えることも時には必要であると、エヴァンは学んだ。想いが暴走した結果、何度か失敗を犯してきたからだ。さすがに無理やり襲うなどという暴挙には出ていないが、一度その手前までやってしまったことがある。よくも嫌われなかったものだと、つくづく思う。アルフォンセの寛容さに救われたのだ。

 アルフォンセのことは、心から愛している。だからこそ、関係の発展は大切にしていこうと決めた。

 とはいえ。

 チャンスがあればいつでも攻めにいく、という気概も持ち合わせている。


 

 アルフォンセの案内でやってきたのは、若者が集うショッピングモールだった。

 五階層構造の広大な建物で、三箇所が吹き抜けになっている。そのため、日中の館内は自然光に溢れ、訪れる人々に明るくさわやかな印象を与える。 吹き抜けの天井は開閉式であり、雨や雪の日には閉まる仕組みになっていた。館内の空調システムは循環風式で、隅々までまんべんなく冷気が行き届く。このシステムだと、吹き抜けから冷気が逃げていかないので、現在ではどの建物でも採用しているものだ。

 モール内は大勢の客で賑わっていた。夏休みなので、学生らしき若者たちの姿が多い。

 家族連れやカップルも、あちらこちらで見かけた。

 前方から数人の男グループが、談笑しながら近づいてくる。エヴァンは、彼らとアルフォンセが接触しないように、すっと立ち位置を変えた。

 すれ違いざま、男たちがアルフォンセに注目した。中には口笛を吹く者もいた。彼らはアルフォンセに好奇の眼差しを向け、その隣のエヴァンを羨望の目で見た。

 その視線の快感なこと。

 端から見れば、立派な恋人同士なのだ。美貌の彼女を連れていると、周囲に思われていることが、エヴァンを優越感に浸らせた。

(今ならイケる!)

 アルフォンセの白魚の指に触れるべく、そっと右手を忍び伸ばす。さりげなく手を繋ごうという魂胆だ。

 あとほんの少しで届く、という時。

「あ、ここはどうかな? 入ってみましょ」

 アルフォンセは一軒のアパレルショップの前で方向転換し、エヴァンの目論見は崩れ去った。

 行き場を失った右手を弄ぶエヴァンを、アルフォンセは不思議そうに見つめる。

「エヴァン、どうしたの?」

「え? い、いや、どうもしないよ! ここ? 見てみよっか!」

 慌てて言いつくろい、その店に入る。が、残念ながらこれといった品物には巡り会えなかった。

 マリーにふさわしいプレゼントを探して、店から店へと渡り歩く。その間、なんとか手を繋ごうと試行錯誤を繰り返したのだが、何の因果による妨害か、それらの試みはことごとく失敗に終わった。

 よもやこれは、いたいけな十代の少女への贈り物を選んでいる最中に邪念を抱くでない、という天からのお叱りだろうか。あまりにも失敗続きなので、柄にもなく、そんな敬虔な気持ちになってしまうエヴァンである。


 

 八軒目でようやく、ここならば、という店に行き当たった。

 十代の女性全般に受け入れられそうな品物を扱う雑貨ショップだ。可愛らしいものから、ちょっと大人びたデザインのものまで、種類は様々である。

 女の子だらけの店内で、男一人であるエヴァンは、やや場違いな気分になりながら、アルフォンセのあとをついて行った。

(うへえ。アルに来てもらってよかったぜ。こんなの選べるかよ)

 とかく女性向けの雑貨アイテムというのは、男性向けのそれよりも圧倒的に種類点数が多い。無数とも言えるそれらの中から一点を選ぶとなれば、かなりの時間と神経を使うに違いない。

「それじゃあエヴァン、どれにするか選んでみて」

 アルフォンセの一言に、エヴァンは両目をひん剥いた。アルフォンセに頼りきるつもりでいたのだ。

「え、俺が選ぶのか? この中から?」

「そうよ。まずはあなたが自分で選ぶの、マリーのためにね。でないとプレゼントの意味がないわ。考えてみて、それでも迷うようなら、私に訊いて」

「んなこと言われたって、俺、誰かにプレゼントなんて選んだことないし、マリーが何を欲しがってるかなんて、全然想像つかねえよ」

 眉毛を曲げるエヴァンを、アルフォンセは優しく諭す。

「プレゼントってね、あげる人のことを想いながら選ぶのよ。その人に似合うかどうか、喜んでくれるかどうか、実際に使っている様子なんかをね。でも一番大切なのは、その人に贈りたいっていう気持ち、お祝いしたい心なの。気持ちを込めて選んだものは、贈った人に必ず伝わるわ。マリーは、あなたが選んでくれたものなら、すごく喜ぶと思う」

「そうかな。あいついつも俺のことおちょくってるぞ。センスがない、とか文句つけるんじゃねえか」

「そんなこと言わないの。ほら、選んで選んで。マリーのことを考えながらね」

 背中を押され、渋々店内を見て回る。が、物が多すぎて目移りしてしまう。

(その人のことを考えながら、ねえ)

 何度も首をひねり、あちらへこちらへうろうろしながら、ようやく一つを選び出した。

 アルフォンセに見せると、彼女は慈愛の微笑で頷いた。

 購入し、きれいにラッピングされたプレゼントを眺める。果たして、あの生意気な少女は、どんな反応を見せるだろうか。受け取りはするだろうが、喜ぶものだろうか。趣味を分かってない、などと難癖をつける恐れもある。 しかし。

 悪い気分ではない。何だか、こちらの心が満たされたような気がした。

 誰かのために、心を込めて。

 見返りなど、どうでもいい。

 なるほど、そういうことか。

 何とはなしに、胸が温かくなった気がして、エヴァンはひそやかに微笑んだ。



 プレゼント選びのあと、モール内にあるレストランで夕食をとった。落ち着いた雰囲気の洒落たレストランだ。ヴォルフの店とはおもむきの違う、女性が好みそうな所である。

 エヴァン一人なら、こんな洒落た店舗は選ばなかった。一緒にいるアルフォンセが好みそうなレストランを、敢えてチョイスしたのだった。

 食事中エヴァンは、誕生日というものを知らなかったことを、アルフォンセに話した。生まれた日ではなく、誕生日そのものの定義を知らなかったことは、アルフォンセにも驚かれた。

 凍結睡眠コールドスリープにされる直前、記憶操作処置も施されてしまったのだが、もしかしたらその影響もあるのではないか。アルフォンセはそう意見した。

 それはあり得るかもしれない、とエヴァンも頷く。

 エヴァンの記憶改竄については、まだ分からないことが多い。唯一、過去の自分を知っていた男は、ソレムニアの海に消えた。

 沈みかけた空気を元に戻そうと思い、アルフォンセの誕生日はいつなのかを尋ねた。九月だそうだ。まだ先である。

 アルフォンセの誕生日にも、ちゃんとプレゼントを用意しよう。出来れば二人っきりでお祝いしたいものだ。

 


 夕食のあとは、夜景の綺麗な公園で散歩……とはいかなかった。ごくごく自然に、まっすぐアパートに帰宅した。

 今日も進展なし、である。

 ひっそりと肩を落としつつも、アルフォンセを部屋まで送った。

「それじゃあ、また明日な」

「待ってエヴァン」

 ふいに呼び止められた。アルフォンセは熱心にエヴァンを見つめている。


「部屋に来て」


(キタ……!)

 それは戦いのゴングか祝福のベルか。

 エヴァンの頭の中で、何かの鐘が鳴り響いた。

 まさか彼女の方から誘ってくれるとは思いもしなかった。嬉しすぎる誤算だ。急速にホッピングを始めた心臓を抑え、努めて冷静に答える。意識して行動しなければ、このまま寝室まで抱えて行きかねない。

「へ、部屋に? い、今から? ももももちろんいい」

「そろそろ定期メンテナンスの頃合でしょ? ちょうどいいから、今日にしたらどうかなって」

「……ん?」

「定期メンテ」

「メンテ?」

「そう」

 下心など微塵も感じられない、純粋な眼差し。心臓のホッピングは、どこかへすっ飛んでいった。

「メンテね。うん、そだね。お願いします」

「はい、じゃあこっちに来て」

 エヴァンの邪念など知る由もないアルフォンセは、いそいそと機材を運んできて、メンテナンスの準備にとりかかった。

 対メメント戦闘員であるマキニアンは、定期的にメンテナンスを受けなければならない。替えの利くパーツなどありはしないから、体調を万全に整えることを重視する必要があるのだ。

 アルフォンセは、メメントに対抗しうる武器クロセスト専門の〈武器職人アーメイカー〉である。故に、全身クロセストでもあるマキニアンのメンテナンスが出来る、希少な存在だった。

 彼女の亡き父親は、誰あろうクロセストの研究開発者であり、マキニアンの要である細胞装置ナノギアシステムをも生み出した研究部署の一人である。

 その娘であるアルフォンセには、父親の才能が受け継がれているのだった。

 メンテナンスは滞りなく行われた。異常はなく、すこぶる快調だそうだ。

 しかし一瞬、アルフォンセの表情が、怪訝そうに曇った。コンピューターの画面を見つめ、小首を傾げている。ちらりとエヴァンに視線をやるも、何も言わなかった。

「なに、どうかした?」

「ううん、なんでも……ないわ。大丈夫、異常なしよ」

 アルフォンセが笑ってそう言うので、エヴァンは追求しないことにした。アルフォンセの実力に疑いはない。何かあるなら話してくれるだろうし、話さないなら大したことではないのだろう。

 メンテナンスも終わり、一杯お茶をご馳走になって、エヴァンはアルフォンセの部屋を辞した。

 おやすみのキスなど、当然交わすことはなかった。


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