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TRACK-7 瑪瑙と龍 2

  いつからそうしていたのか分からないが、エヴァンは床に座り込んで、優しい声に耳を傾けていた。

 声の主は椅子に座り、膝の上で固い表紙の本を開いている。いつものように読み聞かせてくれているのだ。

 エヴァンは、ゆっくりと流れるこのひと時が、何よりも好きだった。

 やがてパタンという、乾いた小さな音とともに、本が閉じられる。その音は、この楽しい時間はもう終わりだという合図でもあるので、エヴァンはとても残念がって、唇を尖らすのである。

 もう終わりなの、と。

 すると椅子の上のその人は、幼い声で「また今度ね」と言う。

 この次まで待てない。

 続きが気になって眠れない夜もあるくらいだ。

 だから、読み聞かせが終わっても、エヴァンは彼を質問攻めにする。


 ――その先はどうなるの?

 ――主人公は宝物を見つけられたの?

 ――黒い騎士はどこへ行ったの?


 けれど、どんな質問をしても、返ってくる答えはいつも同じだ。


 ――そのうち分かるよ。


 その人は膝に本を載せたまま、丸みのあるいとけない指で、部屋のドアを指し示す。

 真っ白な光に満ちたその部屋に、壁に切り込みを入れたかのような無機質なドアが、一つだけあった。 

 エヴァンは、嫌だと首を振った。帰りたくない。まだここにいたい。

 でもその人は、ドアをずっと指差している。


 ――おかえり。


 ――もうお帰り。


 ――みんなが待っているよ。


 仕方なく、ドアに向かった。

 ドアを開けて外に出る前、一度だけ振り返る。


 次はいつ会える?


 そう尋ねようとしたけれど。


 白い部屋の中には、もう誰もいなかった。


        *  


 目を覚ましたのは、二日目の朝のことだった。

 

 はっと瞼を開け、まず視界に入ったのは、自宅とは似ても似つかない上品な天井だった。

 しばしそのまま、目をしばたたかせながら、ぼんやりと天井を見つめる。

 ここはどこだろう。俺は何をしてたんだっけ?

 ゆっくりと起き上がってみる。身体が重く感じて、動くのが億劫だった。

 上半身は裸で、引き締まった筋肉の上に、何枚かのメディカルテープが貼られていた。そっとはがしてみたが、傷口のようなものは見当たらない。

 側には何かの機材が置かれている。どれも電源は入っておらず、丁寧に片付けられていた。

 ようやく、記憶が戻ってきた。白い少年――シェドと激しい戦いを繰り広げ、満身創痍でアルフォンセを救い出したはずだった。

「アル……、そうだ、アルは? シェドはどうした?」

 死に物狂いで戦って、やっとシェドを倒し、アルフォンセをなんとか檻から出したところまでは覚えている。が、記憶はそこでぷっつりと途切れていた。

 まだはっきりとしない頭で状況整理を試みていると、部屋のドアが開いた。

 キイ、と軋む音を立てながら開く扉から姿を見せたのは、アルフォンセだった。

 アルフォンセは、ベッドから起き上がっているエヴァンを見るや、深海色の目を大きく広げ、駆け寄ってきた。そのままエヴァンの首にすがりついたために、二人してベッドに勢いよく倒れこんだのだった。

「あ、アル?」

 強く抱きしめられているので、彼女の柔らかな胸が首元に押しつけられる形になっていた。大変ありがたい結果に、野生の本能までもが目覚めそうになる。が、こんな感動的なシーンで下心をむき出しにするのはいかがなものかと、内なる紳士がやってきて忠告するのであった。

「アル、無事だったんだな」

 優しく言葉をかけると、アルフォンセは抱きついたまま頷いた。

「よかった、君が無事なら、俺はそれで」

「よくないわ。ちっともよくない」

 くぐもった声で、彼女は訴える。

「あんなにたくさん怪我して、たくさん血を流して、ふらふらになって、死んじゃうかと思ったのよ。ちっともよくなんかないわ、ばか」

 ばか、などと、彼女の口から聞くのは初めてだった。怒鳴るでもなく、泣きわめくでもなく、押し殺した声でぽつりと呟かれたその一言だからこそ、エヴァンの胸に深く突き刺さった。

 アルフォンセの腰に腕を回して抱き寄せ、髪を撫でた。彼女の香りをいっぱいに吸い込み、全身で彼女の存在を噛み締めた。 

「ごめん、アル。心配かけて、ごめん」

 

 どれくらい抱き合っていただろう。横になったまま、どちらからともなく、互いの顔が見えるように少し離れた。

 アルフォンセは涙ぐんでいて、慈愛に満ちた母なる海のように、澄んだ瞳が潤んでいる。エヴァンは滲んだ涙を指で拭い、白い頬に手を当てた。

 滑らかで少しひんやりしている肌の感触は、ほてった掌に心地良くなじむ。

 鼻と鼻が触れ、吐息が感じられるほど、二人の距離は近い。

 唇が触れようとしたその時。

 わん、と元気なひと吠えとともに、大きな毛玉が二人の間に飛び込んできた。

「うわっ、なんだ、ジャービル!?」

 毛玉の正体は、オズモントの愛犬であった。お陰でここが、オズモントの邸宅の一室であることをエヴァンは理解出来た。

 ジャービルは太い尻尾をぶんぶん振って、エヴァンの顔を舐める。

「わっ、ジャービル、分かった、分かった、よしよし、OKOK、分かったからちょっと離れてくれ」

 じゃれつく大型犬を押しのけようとするが、なかなかどいてくれない。ジャービルにおしのけられた形のアルフォンセは、くすくす笑いながら、エヴァンとジャービルの戯れを見守るのだった。

 開け放たれたドアが、コンコンとノックされる。見ればオズモントが、居心地悪そうに立っていた。

「あー……、すまないな、邪魔をして。ジャービル、来なさい」

 オズモントが膝を叩くと、忠義深いジャービルはベッドの上でくるりと回転し、主人のもとへ駆け寄った。身をよじった時、太い尻尾がエヴァンの顔を叩いてしまったのは、ご愛嬌である。

「エヴァン、身体の調子はどうかね」

「ちょっとだるいけど、なんともねえよ。ここ先生んだろ? 俺、どのくらい寝てた?」

「丸一日は寝ていたね。食事の準備は出来ているが、食べられるかね? まあ、その……続けても構わんが」

 オズモントが控えめに、どうぞどうぞという手振りをしてみせる。それもいいなと思う反面、「食事」と聞いた途端、猛烈に空腹が押し寄せてきて、こちらの欲求にも抗えない。

 それにアルフォンセが顔を真っ赤にしてベッドから立ち上がり、

「い、い、いえ! あの、そうですね、エヴァン、おなかすいてるでしょ? 食事にしましょ、ね?」

 あたふたと出て行ってしまったので、“続き”をしようにも出来なくなった。

 非常に、非常に惜しいことだが、まずは食欲を満たすことが先決と、エヴァンはおとなしくベッドを降りた。


 

 着替えはアルフォンセが用意してくれていた。眠っている間に、自宅の鍵を拝借し、服を取りに行ってくれたのだ。その時、飼い亀のゲンブと同居エビの世話もしてくれたそうだ。

 食事はオズモントが作ったものだった。彼の手料理は初めて食べるが、なかなかの腕前であった。

 味を褒めると老人は、「一人暮らしも長いのでね」と、緩く笑うのだった。

 二十四時間以上食べ物を与えられなかった胃袋は、吸引モーターでも取り付けられたのかと疑うほどに、猛烈な勢いでコーンブレッドやスープ、卵、ミートローフ、サラダを飲み込んでいった。おかわりは無制限だ。締めに、アルフォンセお手製のレモンカード(レモン果汁と砂糖とバターのペースト)を塗った紅茶のスコーンを別腹に詰め込んで、ようやくエヴァンは満足したのだった。

 

 食後お茶を飲みながら、オズモントとアルフォンセは、エヴァンが休養している間に交わされた話を、代わる代わるに話してくれた。

 自分を治したのがシャラマンだということ。〈スペル〉事件の裏で彼関わっていたこと。自分は生体パルスというものに影響を与える存在であること。

 そして、十年前〈SALUT〉を束ねていたディラン・ソニンフィルドが、独自の組織を結成し、動き始めていることを。

「ソニンフィルド……」

 エヴァンは、かつての上司の名を呟いてみた。何か引っかかるものを感じはすれど、その人物に関する記憶は、やはり無かった。

「そうだ、ドミニクたちはどこに?」

「たぶん、〈パープルヘイズ〉にいると思うわ」

 エヴァンの問いに、アルフォンセが答える。

「ドミニクさんたち、サウンドベルに残ってくれるって」

「そっか。レジーニは?」

「状況を整理するからって、マンションに戻ってる」

 相棒が重症で眠っているというのに、側についていてくれないとは薄情である。

 だが、その時点で自分に出来ることをやる、時間を無駄にしないその姿勢は、やはりレジーニらしいと思うエヴァンだった。

「それで、先生はさ、これからどうするんだ?」

 話を振られたオズモントは、飲んでいた紅茶のカップをソーサーに置いた。

「どうする、とは?」

「先生が俺たちに協力してくれてたのは、トワイライトを追ってたからだろ。シェドに倒されて、それからどうなったのか分かんねえし、ひょっとしたら……」

 エヴァンは少しためらい、一旦口をつぐんで、再び話した。

「だから、なんつーか、先生はもう、関係なくなるのかなって」

 もしもトワイライト・ナイトメアが、シェドの戦いによって息絶えたのなら、オズモントが裏社会に関わる理由が失われる。となると、エヴァンたちと彼とは、一切関わりのない者同士になるのだ。

 いつも不機嫌そうなこの老人を、祖父のように慕っている身としては、それは寂しいことだった。厳密には一般人である彼を、不必要に裏社会に関わらせておくのは、危険だと分かっていても。

 オズモントは、ふっと笑い、カップとソーサーを持って席を立った。

「シャラマン博士は、トワイライトには役割があり、この先起こることの結果を左右する、と言った。そしてその“この先起こること”とは、生物学者である私なら分かるだろう、とのことだ。ならば、私にもまだ、君たちとともにやるべき仕事があるのではないかな?」

「それじゃあ」

 オズモントははっきりとは答えなかった。だが、何を言わんとしているかは、充分に理解できた。

 オズモントが食器をキッチンに持って行こうとすると、

「私がやります」

 アルフォンセが受け取った。

「そうか。では、あとを頼んでいいかね」

「はい、いってらっしゃい」

「あれ? 先生、どっか行くのか?」

 空いた椅子に置いていた鞄を手に、出かける仕度をするオズモントに、エヴァンは首を傾げた。

「大学だよ。私がいなくとも、家の中は自由に使っていい。アパートに帰るのなら、鍵は自動で閉まるから心配はいらん。ジャービルのことも気にするな、留守番は慣れている」

「でも、学校ぶっ壊れてる」

「旧校舎が難を逃れていてね。本棟の改築が終わるまで、旧校舎と、他の無事な学舎で通常開校となったのだ。ではな、二人とも」

 軽く手を挙げたオズモントは、いとまを告げて出かけていった。


 

 玄関を出たオズモントは、ポーチを降りて、照りつける夏の陽射しを見上げた。

 空は鮮やかなコバルトブルーで、純白の傘鉾雲かさほこぐもが、ゆうらりと南になびいている。夏はまだ始まったばかりだ。

「私には、まだやることがある。私の役割が、まだある」

 決意を新たに固めるように、オズモントは空に呟いた。

「バートルミー、お前の役割とは一体何なのだ」

 再び闇の中へと戻ったであろう、かつての一人息子を想う。

 願わくば、その身と魂の果てる時に救いのあらんことを。


        *


 空腹が解消され、少し身体を休めたら、すっかり体力は回復した。昼を過ぎた頃、エヴァンとアルフォンセはオズモント邸を辞することにした。

 帰る前にアルフォンセは、オズモントのために夕食を作っておいた。

 シャラマンが残していった機材は、彼女が預かることになり、後日配達業者に依頼して、アパートまで運んでもらう段取りとなっている。

 

 二人はまず、〈パープルヘイズ〉に顔を出した。忙しいランチタイムが過ぎた店内はその時、ヴォルフとドミニクの二人だけがいた。

 エヴァンが顔を見せるや否や、安堵の笑みを浮かべたドミニクが、真っ先に駆け寄ってきた。ドミニクは両手を広げ、エヴァンを抱き締める、かと思いきや。

「ぐげっ!」

 華麗な一本背負いを決め、腹に一発、拳骨のおまけをつけた。

「……何すんだテメーわ、げほっ」

「大したダメージは受けていないようですが、とっさに受け身も取れないようでは、まだまだ完全回復とは言えませんね」

「容態確認が荒っぽすぎンだよ! それが病み上がりの相手にやることか!」

「ええ、普通はしません。お前にだけの特別仕様です」

 いたずらっぽく笑うドミニクは、軽々とエヴァンを引っ張って立ち上がらせた。

「アルフォンセ、エヴァンの看病、お疲れ様でした」

「いいえ、そんな」

 労いの言葉に、アルフォンセは恐縮して首を振った。

 手荒すぎる快気祝いに、ぶつぶつ文句を言うエヴァン。その様子を見てヴォルフは、愉快そうに笑うのだった。

「ボコボコにされて、ちったァ性根を入れ替えたんじゃねえかと期待してたんだがな。お前全然変わってねェな」

「変わるか! あのなヴォルフ、おたくのイケメン従業員が重症で、花畑の川の向こうで身体の透き通った人が手招きするのを振り切って、やっとの思いでこっちに戻ってきたっつーのに、大変だったなーとか、無事に戻ってくれて嬉しいぜーとか、なんかそういう、優しい言葉をかけようって気にはならねーのかね」

「うちには喋る猿はいるが、イケメン従業員なんてのァいねェんでな。いねェ奴に対してかける言葉なんぞあるか」

「……俺ってかわいそう」

「ふてくされてねェで、まあ座れや」

 文句を垂れ流しつつも、エヴァンはカウンター席に座る。アルフォンセも隣に着席した。ドミニクは、エヴァンから一つ空けた席に座った。

 程なくして、目の前にアイスコーヒーが置かれた。二口三口飲んで、喉を潤す。毎日のように飲んで、舌になじんだヴォルフのコーヒーだ。ほんの一日空いただけなのに、なんだか懐かしく感じるエヴァンである。

「とりあえず、一通りのことはレジーニとドミニクに聞いた。また厄介なことになりそうじゃねェか」

「ああ、まあな」

「ソニンフィルドって野郎の組織についちゃ、すでにブラッドリーのエージェントが調査に出ている。そのうち情報が入ってくるはずだ」

「そっか」

 ディラン・ソニンフィルドの記憶が消えているエヴァンにとって、の人物に対する意識は希薄である。その人物が、組織に取り込むために自分を狙ってくるのではないか、などと言われても、正直実感は湧かなかった。

 だが、たとえそれが真実であっても、ソニンフィルドの期待には応えられない。

 誰がどんな企みを抱えていようが、エヴァンがこの街を去るということは、ありえないからだ。

「エヴァン、私たちもこの街に残ります」

 と、ドミニク。

「ヴォルフに口利きしていただいて、私も〈異法者ペイガン〉というものをやることにしました」

「え? お前も裏家業者バックワーカーになるのかよ。いいのかヴォルフ?」

「いいも何もよ」

 ヴォルフは鼻を鳴らす。

「こんな優秀な人材、滅多にいねェだろうが。レジーニ以来の掘り出しもんだ」

「え、俺は?」

「店でも働いてもらうことになったからな。美人がいりゃあ、それだけで華やかになって、客も増えるってもんだ。わけェ力は活気をもたらす。ワーカーが増えて、店の人手も増える。ありがてェこった」

「なあ俺は?」

「ま、そういうこった。ドミニク、これからよろしく頼むわ。ただし、あのお嬢ちゃん方には〈異法者〉としての仕事はさせられねェぞ」

「ええ、分かってますわ」

「おーい、俺は?」

「あんたにゃ期待してるぜ。裏でも表でも、しっかり働いてくんな」

「ええ、まかせてください」

「無視すんなよおおおおッ!」



 

 ぴょん、と軽快にジャンプして、ユイは背中からベッドにダイブした。スプリングの利いたマットレスに跳ね返って、子猫のように弾む。

「久しぶりの大きなベッドだー。手足が伸ばせる、気持ちいいーっ」

 寝転がったまま、うんと伸びをする義妹の側に、ロゼットがちょこんと腰掛ける。

「ベッドくらいではしゃぐなんて、子どもじゃあるまいし」

「ロージーだって嬉しいだろ? 別々のベッドなんだぞ。ゆっくり寝られるんだぞ」

「ベッドが別になったって、部屋があんたと一緒じゃ、うるさいのに変わりはないわ」

「しょうがないじゃん、手頃な家賃のアパートじゃ、部屋数限られるんだからさ。みんなでくつろげるリビングもあるし、ボクは満足だよ」

 

 ドミニクと話し合い、サウンドベルに残ることになった彼女たち三人は、キャンピングカーからファミリーアパートに移り住んだ。永住するかどうかは分からないが、これまで住んでいた場所よりは、長く暮らすことになるだろう、と考えている。

 ユイとロゼットは二人で一部屋を割り当てられた。アパートの部屋全体で見ても、決して広々としているわけではないのだが、キッチンもバスルームもトイレも、キャンピングカーに比べればずっと広くて使いやすい。三人とも、おおむね満足している。

 入居できる部屋がすぐに見つかったのは、ヴォルフの根回しのおかげである。ドミニクが彼のもとで“仕事”を請けることになったので、餞別としてアパートを紹介してくれたのだ。

 エヴァンの住むアパートや〈パープルヘイズ〉とも近く、手頃な家賃の割には立地条件のいい場所だった。

裏家業者バックワーカーかあ。なんだかかっこいいよね。ボクもやりたいなあ」

 寝転がったまま羨望のため息をつくユイ。ロゼットは呆れて首を振る。

「私たちはやるなって断られたでしょ、何言ってるの。だいたいかっこいいなんて」

「メメント退治するんだよ? それってボクたちの役目でもあるじゃないか。ねー、もう一回ドミニクに頼んでみようよ」

「駄目よ。また拳骨もらいたいの?」

「うっ」

 ユイは反射的に頭頂部をかばう。

「私たちはまだ未熟なの。あんたの気持ちは分かるけど、憧れや好奇心だけで、戦いの場に立つことは出来ないのよ」

 ロゼットの言葉は静かだが、ユイの胸には深く突き刺さった。

 先日のメメントとの戦い、ユイとロゼットは善戦していた。しかし、兵士として正式な軍事訓練を受けられなかった二人は、一人前とは程遠いのだった。

 ドミニクの特訓は実践向けで、自衛出来るくらいの実力はついている。けれど、それだけでは足りないのだ。今回の戦いで身にしみて分かった。

 今後はもっと濃密な稽古をつけるので覚悟するように、とドミニクからの通達があった。それは望むところ、と、少女たちは腹をくくっている。

「ボクたち、もっと強くならなくちゃいけないね」

「そうね。知らないこともたくさんあるわ」

 義妹の呟きに答えたロゼットは、その隣に横たわった。二人で並んで、しばらく無言で天井を見つめる。そのうちぽつりと、ロゼットが言った。


「……頼んでみる? もう一つのお願い」

「もう一つの?」

「……学校」



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