TRACK-7 瑪瑙と龍 1
ロックウッドの西隣がホーンフィールドであり、その郊外にオズモントの邸宅はある。
二階客間の一室にエヴァンを移してベッドに寝かせた。シャラマンは車からいくつかの機材を降ろして部屋に持ち込み、手早く準備をした。そしてレジーニたちを部屋から追い出し、一人で治療に当たった。
アルフォンセが手伝いを申し出たが、シャラマンは断った。エヴァンを助けたい気持ちは分かるが、彼女自身顔色が悪く、足元もふらついていて、とても助手を頼める状態ではなかった。
エヴァンの治療作業は深夜にまでに及んだ。
これまでのエヴァン――凍結睡眠から目覚め、記憶改竄された彼は、いわば「予備電源」で動いていた状態だった。そこに突然「主電源」が起動し、強引に「予備電源」と連結。二種類の電源が一つの出力装置、つまり細胞装置に流れ込んだ。
しかし本体が完全な状態ではなかったために、許容量を超えたエネルギーがオーバーヒートを起こし「電源」が落ちた。その反動が激しく、エヴァンは仮死状態に陥ったのである。
治療には、エヴァン本来の回復能力をサポートする形で行った。彼自身の体力が尽きているので、外部からエネルギーを送り込み、エヴァンの回復能力を働かせて損傷部分を修復させるのだ。幸いにも工程は順調に進んだ。
移動中アルフォンセから、定期メンテナンス中に今まで見たこともないプログラムが見つかった、という話を聞いた。おそらくはシェドが接近したことで、ラグナ・ラルスに与えていた対抗プログラムが引き出されたのだろう。
このプログラムは、ラグナを目覚めさせてしまう危険なものだ。だが残念なことにシャラマンには、このプログラムに触れることが出来なかった。応急処置ではあるが、起動しないようにプロテクトをかけておくことにした。
あくまでも応急処置である。心から安心できるものではない。
必要な作業を終えたシャラマンは、ベッドの側のスツールに腰かけ、深い眠りにつくエヴァンを見つめた。
こうして彼の体調を看るのは、いつ以来だろうか。ラグナとして人格が矯正されて以降、シャラマンと彼は接触出来ないように遠ざけられていたのだ。
「今日は、よく頑張ったな」
エヴァンの額に、そっと手を乗せる。
目頭が熱くなり、シャラマンは顔を背けた。
「許してくれとは言えない。我々はあまりにも罪を重ねすぎた。触れてはならないものに触れ、開けてはならないものを開けてしまった。気づいた時には、もう遅かった。いや、気づいていても、目をそらしていた。我々は地獄に落ちる。だが、我々に下される裁きの鉄槌に、全人類が巻き込まれることだけは避けなければ」
シャラマンは洟をすすり、もう一度エヴァンを見つめた。
養子に迎えるつもりだった青年は、死闘を生き延び、こうしてここで安らかな寝息を立てている。生きてまた会えるとは、思ってもみなかった。
「君にすべてを背負わせて、本当にすまないと思っているよ」
額に置いていた手をのけ、深く息を吐いたシャラマンは、自嘲気味に口の端を歪めた。
「冷徹な科学者の役なんて、私には似合わないと思わないか?」
呟き、目尻に滲むものを指で拭い、シャラマンは立ち上がる。
部屋を出た時には、その似合わない仮面を、しっかりと被っていた。
邸宅一階の応接室に、レジーニたち全員は集まっている。テーブルを囲んだソファに各々座り、短く言葉を交わす。
レジーニとドミニクは、それぞれの戦いの状況を報告し合った。途中でメメントが弱体化したことが共通していた。
ユイとロゼットは同じソファに身を寄せ合っており、いつの間にか眠りに落ちていた。これほど長い時間、続けて戦闘を行ったことなどなかったので、疲れが出たのだろう、とドミニクは優しく微笑む。
オズモントは一人、窓辺に立ってじっと外を見つめている。
そしてアルフォンセは、ソファにうずくまるようにして座り、俯いたまま一言も喋らなかった。彼女の側には、オズモントの愛犬ジャービルが、彼女を慰めるようにそっと寄り添っている。
しばらくすると、応接室の扉が開かれた。全員の視線が集中する中、シャラマンが姿を見せる。
アルフォンセが弾かれたように立ち上がり、シャラマンのもとに駆け寄った。
「エヴァンは? エヴァンは無事ですか?」
「ああ、心配ない。治療は成功だ。だが、体力の消耗が激しすぎたからね。目覚めるまでは眠らせておくように」
「はい……!」
シャラマンの言葉を聞き、曇っていたアルフォンセの表情に、やっと光が射した。
「起きたら、たくさん食べさせなさい。それで充分だ」
「はい。ありがとうございます」
深々と頭を下げるアルフォンセ。そんな彼女にシャラマンは、少し居心地悪そうに身じろぎした。
アルフォンセにソファに戻るよう促すと、シャラマンは一同を見渡した。オズモントは窓辺からこちらに戻ってきており、少女たちも目を覚ました。
「聞いての通りだ、エヴァンはもう心配ない。他に訊きたいことがあれば、可能な限り答えよう」
「博士」
最初に発言したのはドミニクだ。呼ばれたシャラマンは、ドミニクを見、そしてユイとロゼットを見た。
「お久しぶりです。ご健勝で何よりでした」
「ドミニク、それにユイとロゼット。君たちも元気そうだ」
硬かったシャラマンの表情が、少し緩む。二人は握手を交わした。
「積もる話もあるだろうが、全てに答えている暇はない。質問は絞ってくれ」
「では、今回の出来事は、一体どういうことなのですか? 粛清廃棄されたはずのシェドが生きていて、エヴァンを狙ってきた意味は?」
「シェドは光学兵士(ソルダ=オプト)の一人であり、もともと体力・生命力ともに、他のマキニアンを遥かに凌駕している。そう簡単には死なない。執行者がラグナだったとしてもだ」
「エヴァンを狙っているのは、“アダム”とかいうものの後継者を決めるためだそうだが」
と、レジーニ。
「その“アダム”とは何だ? なぜ後継者にエヴァンが選ばれている。あいつがシェドと同じ、光学兵器を持つマキニアンであることと、何か関係が?」
「光学兵士(ソルダ=オプト)であることと、それにはあまり関連はない。光学兵士はもう一人いるが、その彼は継承者ではないからな」
「では、エヴァンとシェドの共通項とはなんなのです?」
ドミニクの質問に、シャラマンは言葉を詰まらせた。そんな彼を、レジーニは冷ややかに見やる。
エヴァンとシェドとの共通項。“アダム”。それこそ、もっとも解き明かさなければならない部分だろう。
「すまないが、まだその答えを明かすわけにはいかない。“アダム”についても、一旦忘れてくれ」
「そんな!」
この返答に噛み付いたのは、アルフォンセである。
「エヴァンがあんなに傷ついたのに、その原因を教えてくださらないのはなぜですか?」
「そもそも君たちには関係のないことだからだ。君たちはたまたまエヴァンと知り合い、彼にまつわる事項の一部を耳にした。ただそれだけだ。この先も“アダム”については詮索しないように」
レジーニが肩をすくめた。
「やれやれ。訊きたいことがあればと仰るから、僕らは訊いているのですけどね博士」
「可能な限り、と付け足したはずだが」
シャラマンは嫌味をするりとかわす。
「ではあなたの目的は何だ、博士。エヴァンの所在を探るのはまだ分かる。だが、トワイライト・ナイトメアを追う理由は何だ? それにあなたは、もっと前から動いている」
言い放ったレジーニは、ジャケットの内ポケットから何かを取り出し、テーブルに置いた。
細い銀色の物体を見て反応したのは、アルフォンセ、オズモント、そしてシャラマンだ。
「レジーニさん、これ……」
「そうだアル。君の父フェルディナンド・メイレイン博士が造った、モルジット捕捉カプセル〈スペル〉だ。これが、シェドの解き放ったメメントの身体から出てきた」
〈スペル〉とは、メメント発生の原因である不可視の物質モルジットを、探知収集し、捕捉するための装置である。当初はもっと大型の装置であった〈スペル〉だが、メメントを軍事利用するという計画が立ち上げられたことで、生物の体内に埋め込むことが出来るよう、カプセル型も開発されたのだ。
モルジットを入れた〈スペル〉を生物に投与し、軍用として人工的にメメントを造り上げる。かつて、そのような恐ろしい計画が進められていたのである。
去年、この〈スペル〉を巡って一騒ぎが起きた。元〈SALUT〉メンバーのマキニアン、サイファー・キドナが、国防研(国家防衛研究所)に勤めていたメイレイン博士を殺害、〈スペル〉を持ち出し使用したのだ。
裏社会の〈帝王〉ジェラルド・ブラッドリー直々の依頼によって、事件の調査に乗り出したのがレジーニとエヴァンなのである。
「あの事件の裏にはもう一人、絡んでいる人物がいた。サイファー・キドナの正体、〈政府〉と〈イーデル〉の隠蔽工作、〈パンデミック〉の真相をブラッドリーにリークした人物だ。その人は事件後、メイレイン博士の娘であるアルの身柄の完全を確保するよう、ブラッドリーに願い出た。かつての仲間の忘れ形見の身を案じるのは、ごく自然なことだ。この人物というのが、つまりあなただ、シャラマン博士」
先日、ファイ=ローの館を訪ねたその帰り、大鳥門の所ですれ違ったのは、ここにいるシャラマンだ。その時、アルフォンセに気づいた彼は、驚いたように彼女を凝視していた。旧友の娘であると察したからに他ならない反応だ。
後に、ママ・ストロベリーから受け取った調査報告を読んでシャラマンの正体を知り、大鳥門の男と〈スペル〉事件の背後にいた人物とが、レジーニの中で結びついたのである。
全員の視線が注がれる中、シャラマンは陰鬱な表情で、かすかに頷いた。
「その通りだ。私がブラッドリーに情報を流した」
「一体なぜ?」
「ブラッドリーは〈政府〉の暗部を把握したがっていて、私は〈政府〉の動きを食い止めておきたかった。我々の利害が一致したので、手を組んだのだ」
「〈政府〉の動きを食い止めてって……、それってどういうこと?」
無垢な疑問を口にしたのはユイである。少女たちは、大人たちの意味深な会話についていこうと、真面目に聞き耳を立てている。
「ブラッドリーに〈政府〉を牽制させる、という意味だ。〈政府〉にとっても〈帝王〉ブラッドリーは強敵。彼が〈政府〉に対して何か働きかければ、向こうはそれを無視できない。〈政府〉の注意がブラッドリーに向いているその間に、私は自分の計画を進めていったのだ」
「計画、とは?」
「迂闊に口には出せない。どこから漏れるか知れないのでね」
「何を今更」
と、レジーニは鼻で笑う。
「なら、この〈スペル〉をシェドが持っていた理由は?〈スペル〉は全てサイファーが持ち出したはすじゃなかったのか? 二人は共謀していたのか?」
サイファーの名前が出た一瞬、ドミニクの肩がピクリと動いた気がした。
シャラマンは首を振る。
「サイファーは一匹狼だ、誰とも組まない。ましてやシェドの性質は、もう分かっているだろう?〈スペル〉をシェドが持っていたことは、私も今知った事実だ。ひょっとしたら、フェルディナンドを殺害したのは、サイファーではないのかもしれないな」
アルフォンセが、不安そうな眼差しをレジーニに向けた。
「ではシェドが犯人だと?」
「それはどうだろう。シェドが興味本位で〈スペル〉を使ったとしても、その在り処を自分で探して、奪いに行ったとは思えない」
「それなら、父を殺したのは一体誰なんですか?」
消え入りそうな声で呟くアルフォンセ。彼女を慰めようと、犬のジャービルが膝に顎を乗せる。アルフォンセはジャービルの首筋を、優しく撫でてやった。
「もう一つあるぞ、シャラマン博士」
オズモントが厳かに口を開いた。
「君がトワイライト・ナイトメアを追ってきた理由を聞かせてくれないか」
「あなたと同じですよ、オズモント教授。私も、トワイライトの正体がある人物ではないかと考え、ずっと追い求めてきたのです。しかし、あては外れたようですね」
「そうだ。あれは私の息子、バートルミーだ」
言いながらオズモントは、数歩シャラマンに近づいた。
「君はあれを誰だと思っていたのだ? 私の息子は、なぜあんな姿になってしまったのだ?」
シャラマンは顔をしかめてため息をつく。
「教授、ご子息については、適合してしまったから、としか答えようがありません。ご子息は〈パンデミック〉で発生した強力な生体パルスに触れ、モルジットに適合した結果、メメントとなったのです」
「生体パルスとは?」
「メメントが発する信号です。モルジット適合生物の屍骸は、この生体パルスに含まれるメメントの遺伝子情報を受け取り、それに基づいて変化します。今回大量に発生した下位メメントは、シェドが生み出した二体の大型メメントの遺伝子が基になったものでしょう」
オズモントとレジーニは、影響変異についての仮説を、シャラマンに説明した。シャラマンは頷き、仮説を肯定した。
「まさしくその通りです。メメントはそうやって、変異情報の送受信を繰り返し、種族を増やしているのです。しかし、ごくまれに、変異情報の影響を受けず、一固体のみで誕生するメメントがいます。トワイライトがそれです」
オズモントは、疲れたようにソファに沈み込んだ。膝に腕を乗せ、悲しげに首を振る。
「偶然、だったのか。バートルミーが選ばれたのは、ただの偶然……」
主人の心の曇りを察したジャービルが、オズモントの足元にすり寄って、くんくんと鳴いた。
「それなら」
にわかに訪れた沈黙を破ったのは、ロゼットのひそやかな声だった。
「エヴァンやシェドも、メメントなの?」
ロゼットは無表情だが、目線はしっかりとシャラマンを捉えている。
「私たちがメメントと戦っている時、教会から何かが押し寄せてきたわ。そのせいでメメントが弱体化した。エヴァンが何かしたんだと思ってた。もし、メメントを弱体化させた何かが、その生体パルスというものなら、それを発生させたエヴァンは、メメントと同じなの?」
思いもよらない発言に、全員が息を飲む。誰も言葉を発せず、ただシャラマンの回答を待った。
「同じではない、ロゼット。エヴァンはメメントではないよ。だが、確かに生体パルスに影響を与える存在ではある。エヴァンとシェドの生体パルスは、質が異なる。二つの違うパルスがぶつかり合い相殺した結果、シェドの影響を受けて生まれたメメントが弱体化した、と考えられる。シェドは、おそらく細胞がモルジットと融合している。シェドの能力が異常に発達しているのも、メメントを操れるのもそのためだと、私は思う。とはいえ、シェドの身体に何が起こったのか、よく調べなければ実際のところは分からない」
それはとんでもなく困難な課題だろうな、とレジーニは思う。あのシェドが簡単に身体を調べさせてくれるはずがない。それに、今となっては生死も不明だ。
シャラマンは、力なくうなだれるオズモントに目を向ける。
「教授、これだけは申し上げます。ご子息がモルジット適合者であったことは大変な偶然であり、あなたとご子息本人にとって不幸なことだったでしょう。しかし、トワイライト・ナイトメアという存在そのものは無駄ではありません。彼には役割がある。その役割はもしかしたら、この先に起こるであろうことに対し、わすかながらにも光明をもたらすものになるかもしれません」
「この先に起こることとは?」
「生物学者であるあなたなら、いずれ分かるでしょう」
シャラマンは次に、ドミニクの肩に手を置いた。
「ドミニク。出来ればエヴァンのそばにいてやってくれないか。彼から目を離さないでいてほしい」
「それは、もちろん、こうして再会出来たのですからそのつもりですが……何を案じていらっしゃるのですか?」
「ソニンフィルドが動く」
ドミニクが表情を強張らせ、息を飲んだ。
「ディラン・ソニンフィルド長官が……」
「そうだ。彼は〈SALUT〉のメンバーを集結させ、新たな組織を立ち上げている。彼がエヴァンの生存を知れば、必ず奪い取りに来る。エヴァンをソニンフィルドに渡すな」
なるほど、とレジーニは頷く。ファイ=ローが言っていた「マキニアンが属しているらしい組織」とは、それのことだろう。そして組織の頂点に立つのはディラン・ソニンフィルド。〈SALUT〉の司令長官その人だ。
(狙いは、〈政府〉への復讐か?)
事態の規模は、思った以上に大きくなりそうだ。
「アルフォンセ」
シャラマンに名を呼ばれたアルフォンセは、ゆっくりと彼を見上げた。
「君のお父さんは、立派な志を持った研究者だった。彼は常に、人類の平和のために、その才能を捧げていた。そして何より、君たち家族を心から愛していたよ。それだけは忘れないでほしい」
アルフォンセは深海色の瞳に涙を滲ませ、小さく頷くのだった。
シャラマンは一同を見渡すと、話はこれで終わり、というように片手を軽く挙げ、応接室を出て行った。
そのすぐあとを、レジーニは追いかける。二階の客間へ向かおうとするシャラマンを呼び止めた。
「まだ何か?」
「あるに決まっている。あんたは肝心な部分は何も話してないじゃないか。“アダム”とは何だ? 全部そこに関わってるんだろう」
「話せないと言ったはずだ。私から言えることはもうない」
「意味あり気にエヴァンの前に現れたくせに、これで終わりか? あんたの本当の目的は何だ」
階段を昇りかけていたシャラマンは、暗い表情でレジーニを見下ろし、やがて静かに降りてきた。
「ではもう少し話そう。アルフォンセには、エヴァンと別れるように言いなさい。エヴァンを愛しているなら、これ以上関わらない方がいい」
「それはあんたが決めることじゃないな」
「忠告はした。君にはこれを」
シャラマンはポケットから何かを取り出すと、レジーニに押し付けた。それは携帯端末に似た、何かの操作盤のようだった。
「これは?」
「万が一、エヴァンがソニンフィルドの手に落ち、あるいは何かの拍子でラグナの人格が目を覚ました場合、このスイッチを入れろ。彼の意識がシャットダウンされ、同時に細胞装置も機能停止する。恒久的なものではないが、何もしないよりはましだ」
「何をそんな」
「ラグナはソニンフィルドの命令にのみ従うようプログラミングされている。奴の手に渡ってはならないんだ」
「断る」
レジーニは嫌悪感をあらわにして、操作盤を突き返す。
「こんなちっぽけな機械で人格を操るなんて、そんな道具のような扱い方はごめんだね」
「こうするしかないんだ。取り返しのつかないことになってもいいのか」
淡白なシャラマンの物言いに、レジーニの中で何かが弾けた。
「あんたたちの責任だろうが! 大量殺戮が可能なように破壊力を増幅させるだの、都合よく命令を聞くよう人格を矯正するだの、人間に対してやることか!」
レジーニは怒りを込めて、シャラマンを見据えた。彼はレジーニの棘ある視線から逃れようともせず、じっと耐えた。
そして、突き返された操作盤を、もう一度レジーニの手に握らせると、
「すまない。恨んでくれて構わない」
ぽつりとそれだけ言い、二階へ上がっていった。
残されたレジーニは、手の中の操作盤に視線を落とす。薄っぺらい機械を、壊さんばかりに握り締め、
「ふざけた真似を!」
階段の手摺りを殴りつけた。
その夜は、全員オズモント邸に泊まった。皆が皆くたびれ果て、シャワーを浴びるのもそこそこに、夜明けまでの残り数時間、貴重な眠りについた。
アルフォンセはシャラマンに申し出て、その晩エヴァンに付き添わせてもらった。
昏々と眠り続けるエヴァンの側に座り、その寝顔を見つめる。額や首筋に滲んだ汗を拭い、ステータスに異常がないか、こまめにチェックした。
機材から小さな機械音がするだけの沈黙の中、脳裏に、応接室で耳にした言葉が木霊する。
――エヴァン をソニンフィルドに渡すな。
誰かがエヴァンを連れて行こうとしている。そう思っただけで胸が締めつけられた。
ある日突然、エヴァンが自分の知らないところへ行ってしまう。手の届かないところへ行って、そのまま帰って来なくなる。
そんな時が来てしまったら、どうすればいいのか分からない。
アルフォンセはエヴァンの手を、両手でそっと包み込んだ。あたたかさを取り戻したたくましい手。何度も守ってくれた手。ずっと触れていたい、触れていてほしい愛しい手。
「どこへも行かないで。私を一人にしないで」
眠るエヴァンの肩に顔を埋め、アルフォンセは密やかに願う。
東の空が白み始め、アルフォンセが浅い眠りの中にたゆたう頃。
隣の部屋で休んでいたアンドリュー・シャラマンは、一人静かに去っていった。




