表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/41

TRACK-6 夜明け前 7

 変わり果てたコルネリア教会のすぐ近くに建つビルの一棟、その四階の空き部屋に侵入したシャラマンは、窓に張りついて外を見守っていた。

 ここからだと教会の様子がつぶさに観察出来る。シャラマンは床にコンピューターを広げ、シェドとトワイライト・ナイトメアとの戦いを、しっかりと記録していた。

 エヴァンが倒れ、動かなくなったところも、辛い思いを振り切って見届けた。

 エヴァンのバイタル値は、依然として最低数値を示している。放っておけば確実に死に至る。

 助けに向かいたいところだが、シャラマンはギリギリまで耐え忍ぶことを決めた。 

 エヴァンを信じるしかないのだ。

「頼む、エヴァン。頑張ってくれ」

 彼がこのまま力尽きてしまったら、何もかもが終わってしまう。

 シャラマンには、いるかどうかも分からない神に、祈り続けることしか出来なかった。

 トワイライト・ナイトメアが、ついにその膝を折ってから間もなくして、エヴァンのバイタル値に変化が起きた。急速に正常値に戻ったのだ。

 強張っていたシャラマンの口元が、思わず歓喜に緩む。

 同時に、シェドの出現を予測させた計測器にも、不可解な数値が叩き出された。彼ら特有の信号――生体パルスの数値である。

 波長はシェドのものと似ているが、パターンが違う。一瞬ラグナ・ラルスの目覚めを疑ったが、思い直した。ラグナが目覚めたのなら、パターンは“アダム”の生体パルスに近かったのだ。

 シャラマンは大急ぎで、現在のエヴァンのコンディションを調べた。そして導かれた答えに、安堵の表情を浮かべる。

 状態はまだ完全ではない。だが、求めていた状態に近づいてはいた。

 半覚醒であれど、トワイライトとの戦いで体力を消耗したシェド相手ならば、倒せる可能性はある。

 シャラマンは計測器を握り締め、期待と祈りを込めて、教会の戦いを見守る。

「〈レーヴァティン〉起動」


       *


 真紅のグローブが、かすかな機械音を立てて変形していく。燃える炎の色はそのままに〈イフリート〉の面影を残しつつ、ドラゴンの頭部と剣が融合したかのような勇壮な形状へと、その形態を変える。

 更に、ドラゴンの口からは、光輝くブレードが現れた。シェドの使用する光学ブレードと同じものだが、より長く、より鋭利な形状である。

 カモフラージュの〈イフリート〉と連結し、本来あるべきものとして、その姿を現した。


〈レーヴァティン〉。


 記憶とともに封じ込められた能力を、何度も拒絶し、認めなかった真の力を、彼は自らの意思で呼び起こした。


 立ち上がり、〈レーヴァティン〉を起動させたエヴァンを見たシェドは、楽しげな笑い声を上げて、背を仰け反らせた。

「やった! やったよエヴァン! やればできるじゃないか! そう、そうだよ、それこそきみなんだよ!」

「シェド」

 エヴァンは踏み出す。さっきまでの身体の痛みが、なかったことのように失せていた。身体のどこを動かしても、痛みは感じない。

 だが、これが一時的な現象であることを、エヴァンは理解している。〈レーヴァティン〉起動による身体能力上昇に伴う、瞬間的な鎮痛作用だ。

 この戦いを終え、〈レーヴァティン〉を解除した途端、元の肉体に戻る。それも、〈レーヴァティン〉によって更に体力を消耗した状態で。

 その時の生死は、自分でも予想が出来ない。

 けれど。


(生きる)


 彼女が待っているから。


「終わりにしようぜ」


 遊びに誘われた子どものように、笑い狂いながらシェドが突っ込んでくる。両腕を光学ブレードに変え、甲高い声を上げてエヴァンに振り落とした。

 シェドの動きが見える。あんなに追うのに苦労したのに、今はさほど驚くほどでもない動作のように思えた。

 エヴァンは〈レーヴァティン〉の牙を、下から救い上げるようにして、シェドのブレードを受け止めた。

 刹那、金属同士が激しくぶつかり合うような高い音が鳴り響いた。次の瞬間、両者を中心にして、目に見えない力の波紋が発生した。波紋は瞬く間に広がり、範囲内に突風を巻き起こす。空気が戦慄わななき、ネオンの明かりをちらつかせた。


        *


 ビルの中のシャラマンは、コンピューターを睨み、波紋現象の実態を調べた。

 計測器が許容量を超えんばかりに、激しくわめく。はじき出された答えは、範囲こそ狭いものの、十年前の〈パンデミック〉に次ぐとんでもない数値だった。

「生体パルスの相殺だ」

 シャラマンはコンピューターから顔を上げ、窓の外に見入った。



 崩れかけの教会内、鉄の鳥籠に一人取り残されたアルフォンセだったが、何もせずじっとしているわけではなかった。

 破壊された設置物の破片のうち、手近な所に転がっていた鉄の棒を拾い上げた彼女は、それを籠牢獄に打ちつけていた。

 突き立った鉄の檻の一箇所だけでも折り曲げることができたら、その隙間からすり抜けることが出来ないだろうか、と考えたのだ。

 自分がふがいなくも人質にとられているために、エヴァンに精神的な負担をかけてしまっている。あんなにたくさんの怪我を負って、血を流して、ふらふらになって、それでも彼はシェドに立ち向かっていった。もうやめて、と叫びたくとも、怖くて声が出なかった。自分のせいで、これ以上エヴァンが傷つくのは耐えられない。

(何も出来ないままなんて嫌)

 持ちなれない重さの棒を必死に抱え上げ、何度も檻を叩く。鉄と鉄がぶつかり合う鈍い音が、壊れた教会に響いた。

 だが、いくら叩き続けようと、アルフォンセの細腕では、檻を曲げることは出来なかった。とうとう手がしびれて、持っていた棒を取り落としてしまう。涙がとめどなく溢れ、アルフォンセはへたり込んだ。

 不意に、何かの息吹を感じて、アルフォンセは顔を上げた。周囲を見渡すが、誰かが教会に入ってきた様子はない。

「何かしら」

 導かれるように視線を上げる。壊れた窓の外に、欠けた月が浮かんでいて、澄んだ白銀の光を地上に注いでいた。

「エヴァン?」



 バルバーの脅威の拳が、レジーニの身体を砕こうと振り回される。レジーニは出来る限り余分な動きを控えて、バルバーの攻撃を避け続けた。

 避けては斬りつけ、かわしては斬りつけを繰り返し、何とか片腕を氷漬けにして斬り落とすことには成功した。

 しかしながら依然として、敵は体力の衰えを見せず、猪突の勢いを保ったままだ。

 対するレジーニは、長期戦には慣れているものの、さすがにこれだけの大物を相手にするとなると、これからのペース配分を考えなければならなかった。

「まったく、とんだタダ働きだ!」

 氷の機械剣をバルバーの足首に振り下ろしながら、レジーニは毒づいた。

 足を斬られたバルバーは、怒りを倍増させて、レジーニに牙を剥く。

 反撃に備え、レジーニが身構えたその時、突如バルバーが巨体をよじって悶え始めた。八本角の頭を振り回し、乱杭歯の隙間から唾液を垂れ流し、地団駄を踏んで道路を揺らす。

「なんだ……?」

 メメントの奇妙な行動に、冷静沈着なレジーニも、怪訝な表情を浮かべずにはいられなかった。

 急に苦しみ始めたのはどういうことか。これまで与えてきた攻撃のダメージが蓄積されていて、一気に効力を爆発させたのだろうか。レジーニはその推論を、すぐに跳ね除ける。それは考えにくい。

 バルバーは雄叫びを上げながらのた打ち回り、膝を折って地面に這いつくばった。急激に弱っている。

 何が起きたのか事情は飲み込めないが、この機を逃す手はない。レジーニは、よくぞ頭を近づけてくれた、とばかりに〈ブリゼバルトゥ〉をバルバーの片目に突き刺した。

 瞬間、メメントが更なる絶叫を、喉からほとばしらせる。レジーニは具象装置フェノミネイターの出力を上げ、〈ブリゼバルトゥ〉から冷気を放出させ、バルバーの頭部の半分を氷漬けにした。そして機械剣を振り上げると、凍った頭部は音を立てて割れ、頭蓋と脳もろとも砕け散った。

 バルバーの巨体がどうっと倒れ、たちまち分解消滅が始まった。異臭の蒸気が立ち昇り、メメントの肉体が消えていく。

 バルバーを襲った異変が何だったのか、レジーニには見当もつかない。だが、お陰で長期の苦戦をいられずに澄んだのは確かだ。

「シェドの影響、か?」

 だとするなら、教会での戦いに、何か異変が起きたのだろう。 

 敵は倒した。先を急ごう。

 駆け出そうとしたレジーニだったが、地面に何かが落ちているのが目に入り、足を止めた。

 バルバーの肉体が消滅した場所に、それは落ちていた。近づいて拾い上げる。

「これは……」

 中指ほどの大きさで銀色、細い双円錐形の物体だった。見覚えのあるものだ。

「なぜこれが」

 この物体は、ある男の消息とともに、闇の中に消えたものと思われていたのだが。

 レジーニは拾った物体を内ポケットにしまった。これについて考えるのは、今夜の騒動を片付けてからだ。



 いち早く異変に気づいたのは、ロゼットだった。

 ロゼットは突然強い気配を感知し、メメントを屠る手を止め、教会がある方向を振り返った。

 彼女はまた、目に見えない衝撃の波紋が、こちらまで広がってくることにも気づいた。だが、それから逃れるには遅すぎた。ロゼット、ユイ、ドミニク、そしてメメントの群れに、波紋が押し寄せる。

 波紋はロゼットたちマキニアンには、何の影響も与えなかった。ただ、風が吹きつけたような気がしただけだ。

 ところが、波紋を浴びたメメントどもは、急に奇声を発しながら、もだえ苦しみ始めたのである。胴を震わせ、全身を掻き毟り、地面に倒れてのたうち回った。

「な、なんだよ! こいつら、どうしちゃったの!?」

 不可解な出来事に、楽天家のユイも驚かずにはいられなかった。三人は少しずつ後退し、一箇所に集まって、この奇妙な現象を見守った。

 やがてメメントたちは次々に倒れ、動かなくなった。そして一体また一体と、分解消滅し始めたのである。

「どうなっているのでしょう、これは……」

 長い間メメントと戦ってきたドミニクでさえ、こんな現象を目の当たりにするのは初めてだった。とどめも指していないうちに、勝手に苦しんで滅んでいくなど、一度だってなかったことだ。

「エヴァンよ」

 ロゼットの呟きに、ドミニクとユイは顔を見合わせた。

「エヴァンが何かした。でも、何をしたのかは、私には分からない。それより」

 白百合の髪を揺らし、ロゼットは義姉あね義妹いもうとを省みた。

「教会に急ぎましょう。エヴァン、たないかもしれない」  



 オズモントが何度目かに振り下ろした石が、ようやく電子手錠を破壊した。手錠が壊れた瞬間、勢い余って手首まで打ってしまった。激痛に顔を歪めるも、オズモントは歯を食いしばって耐えた。

 壊した手錠の欠片を払い落として立ち上がった老人は、迷うことなくコルネリア教会に足を向けるのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ