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TRACK-6 夜明け前 6

 どんな敵を前にしようと、常に勝つつもりで戦いに望んできた。負けることなど考えたことはない。それだけの実力はあると自負しているし、そうでなければならないと思っている。

 幾度かは敗北の辛酸を舐めたことはあったが、必ず挽回してきた。黒星をつけたままではかっこ悪い。そんなことは自分が許さない。

 強い相手だからこそ、勝利して乗り越える。そうすれば自分も、今よりもっと強くなる。 

 ずっと、そう信じて、実行してきた。

 だが、これは。


 

 地面についた手に、赤い雫が垂れる。〈イフリート〉の真紅に紛れて、血が伝い落ちた。呼吸が乱れる。早鐘を打つ心臓を鎮めようと深呼吸した途端、右の脇腹を激痛が襲った。思わず手を当てる。触れるとまた痛み、エヴァンは歯を食いしばった。額に脂汗が滲む。

 さっき受けた一撃で肋骨あばらが何本か折れたらしい。回復能力の高いマキニアンであるが、骨や内臓、神経系統に損傷があった場合は、さすがに自力でどうにかなるものではない。

 肋骨だけではなかった。いまやエヴァンは全身に傷を負い、自身が流した血と土埃にまみれ、肩で息をしている。どの傷がどんな攻撃によって出来たものかなど、もう分かるはずもなかった。マキニアンが重大な損傷を負った際に放つ放電現象ノイズも、全身から放たれていた。

「くそ……ッ!」

 口の中に溜まった血を、唾とともに吐き出した。歯は折れていないが、口内にいくつか裂傷が出来てしまっていた。

 頭上から、子どものような笑い声が振ってくる。

「どうしたの? きゅうけいはおわり。ほら、おいで」

 赤ん坊にはいはいを促すように、シェドが手招きした。

 苛立ちなど、とうに超えている。堪忍袋の緒は、もはや細切れ状態だ。それでも、怒りはシェドに届かない。

 ふらつく足を叱咤して、エヴァンはよろめきながら立ち上がった。

正面いるシェドの白い衣服には、模様のような赤いしみが無数に出来ている。エヴァンの返り血である。シェド自身は、傷一つ負っていない。

 強い、などという問題ではない。違う。能力も、戦術も、速さも、何もかも違いすぎた。

 近接攻撃特化の〈イフリート〉は打撃が得手だ。これに速さを乗せたヒット&アウェイが、エヴァンが主軸とする戦い方である。問題点は、これ以外の攻撃方法――ショットやロングレンジ系統の遠距離攻撃手段などを持たないことだ。

 対するシェドのスペック〈トリックスター〉は、ありとあらゆる攻撃手段を要している。シェドは、自分には出来ないことはない、と豪語した。それはまったくの事実だったのだ。

 シェドは決して、エヴァンを近づかせなかった。近づけなければ、ダメージを与えることは出来ない。こちらの攻撃は届かず、だが相手は全方向から仕掛けてきて、防戦一方の袋小路に追い詰められる。 

 シェドの攻撃をかいくぐり、首尾よく懐に潜り込むことが出来たとしても、風のような速さでかわされ、こちらの態勢が整う間もなく反撃が繰り出される。

 これでは対戦にもなっていない。悔しさと歯がゆさで気が狂いそうになる。

 ふと奥に目をやると、捕らわれのアルフォンセが、鉄の鳥籠の中で震えていた。両腕を胸の前で組み、血の気のない表情のまま、縋るような目でじっとエヴァンを見つめていた。

 助けると言ったのに、このざまはどうだろう。やられっぱなしで無様な姿を晒して、彼女の不安を助長させているだけではないか。

(情けねえ)

 ぎりっと歯を噛み締め、口元に着いた血をそんざいにぬぐった。

「ふらふらだね。こうさんする? しぬ?」

「降参しねえし、死なねえよ! 表に出ろシロチビ、続きは外でだ」

 ぼろぼろのエヴァンを見て、そして周囲で繰り広げられる激しい戦いで、アルフォンセは怯えきっている。せめて彼女の目の届かない所へ移ろうと考えた。

「おそと? いいよ、いこう!」

 答えるが早いか、シェドは地面を蹴って、弾丸の如く突進してきた。避ける暇もなく、エヴァンはシェドに抱えられ、コルネリア教会の屋外に投げ出された。

 アルフォンセの悲鳴が、遠くに聴こえた。

 天には冴えた光を湛える欠けた月が浮かんでいる。シェドはその月をしばし見上げ、ゆっくりと視線をエヴァンに落とした。

「つきがでているね、エヴァン。ぼくらがはじまったばしょが、きみのおわりをみとどけてくれるよ」

「終わりじゃねーよ。終わるのはてめェの方だ!」

〈イフリート〉が炎を吐く。月光射す宵闇の中、炎を纏った二つの拳が、白き死神に喰らいついた。

 身体の動く限り攻めた。腕を振るたびに炎は飛び散り、月の周囲に瞬く星の屑が落ちてきたかのようだった。

 負けるわけにはいかないのだ。必ずアルフォンセを救うと誓ったのだから。そのためなら、骨が何本折れようが、どれほど血を流そうが構わない。

 シェドは薄ら笑いのまま、何の苦労でもないという風に、エヴァンの全身全霊の攻撃をかわし続けた。

 赤紫マゼンタの瞳が、月光を受けて一層怪しく輝く。そのきらめきに、エヴァンは身も凍るような悪寒を覚えた。

 シェドの右手が何かを掴むように開かれ、エヴァンの胸の前にかざされた。次の瞬間、シェドの指先に閃光が走った。

 何だ、と思うと同時に、エヴァンの胴体を焼けるような苦痛が押し寄せた。

「ああああああッッッ!!!」

 激痛に絶叫し、背を仰け反らせ、その場に倒れた。全身が燃やされているかのように熱い。尋常でない痛みが思考を奪う。ノイズの放出量が更に増した。

 エヴァンの胴体の五箇所から、細い煙が立ち昇っていた。左肩と右胸、両脇腹、そして左の腿だ。肋骨をやられていた右の脇腹の痛みは、いっそ意識を手放したくなるほどの苦痛だった。

 仰向けに倒れたエヴァンは、息も絶え絶えに夜空を見上げた。シェドはその視界を遮るようにして、エヴァンの頭の方にゆらりと立つ。

 シェドの右腕に、光の帯が纏わりついている。ノイズとは違う放電現象だ。光の帯に照らされたシェドの整った顔は、陶器人形のように無機質だった。

「エヴァン、くるしい? いたい? しにたい?」

 シェドはエヴァンの頭を抱えるようにして、その場に座り込んだ。ぬくもりのない指先でエヴァンの髪を撫で、顔を近づけてささやく。

「どうしてほんきでたたかってくれないの? どうしてほんとうのちからをつかわないの? ぼくらはおなじちからをもってるんだよ。それが“ほんとうのなかま”のしるしなのに」

 触るな、と怒鳴ろうとした。だがエヴァンの喉は渇き、張りついたようになって、声が出てこない。

「たたかわないと、このまましぬよ? エヴァン、しんでしまうの? たったふたりだけの“なかま”なのに、ぼくをのこしてしんでしまうんだね? きみがしんだら、ぼくはきみのからだをバラバラにして、たいせつにしまっておこう。そうして、ぼくが“アダム”になったら、まっさきにきみをとりこんで、ひとつになろうね。だいじょうぶだよ、きみは、かけらだってだれにもわたさないからね」

 聞くだにおぞましい独白を続けながら、シェドは身をかがめ、エヴァンの額に頬をすり寄せる。

「ああ、でもくびだけはもっていよう。そのほうが、ぼくもきみもさみしくないだろ? それに、あのつがい・・・のおねえさんもいるからね。さみしくないね。ずっといっしょだね」

 シェドの頬が離れた。エヴァンの呼吸は途切れがちになり、視界も定まらなくなっていた。

 起きろ、と自分に言い聞かせる。起きろこの馬鹿猿。さっさとこのムカつくシロチビに、大人を弄んだ罰を与えてやれ。

 だが、思いとは裏腹に、肉体はまったく言うことを聞かず、人差し指一本すら動かせなかった。

 シェドのひんやりとした手が、子どもをあやすようにエヴァンの髪を撫でる。

「さようならエヴァン。やっとあえたぼくのなかま」

 幾度か頭を撫でていたシェドの手は、ゆっくりとエヴァンの首元に移動した。五本のしなやかな指が、喉笛に食い込む。気道が塞がれたエヴァンの呼吸は、更に困難になった。

 ぎりぎりと締めつけられる。苦しさにもがき暴れたくとも、体力を奪われた四肢は死にかけのミミズのように、わなわなと小さく震えるだけだった。

 死ねない。死ぬわけにはいかない。彼女を助けなくてはならないのに。

(……畜生)

 完膚なき敗北。守れなかった“助ける”という約束。突き落とされた死への谷。

 潰されようとしている喉の感触とともに、味わわされた屈辱と無念。

(死ねない)

 冷たい指が二本、皮膚を破ってずぶりと肉に埋まる。

(死ぬわけにはいかない)

 薄れていく視界と意識の中、愛すべき人々の姿が、道しるべのように輝きを帯びて浮かんでくる。

(俺は……)

 

 

 自分に死をもたらそうとする氷の指が、その動きを止めた。にゅぐっという、血肉を揺らす音を立てて、指が首から引き抜かれた。

 辺りの空気が、急速に冷たくなっていった。と同時に、さわさわと風が吹き始める。

 シェドは舌打ちし、指先についたエヴァンの血を綺麗に舐めつくすと、座った姿勢のまま、背後を振り返った。

 シェドが体勢を変えると、エヴァンの顔に黒い影が落ちた。天上の月光を受けたそれは、猛々しく荘厳な勇姿を、闇の中に浮かび上がらせていた。

「トワイライト」

 それまで涼やかな表情を崩さなかったシェドが、嫌悪の歯軋りをした。幽鬼に似た動きでゆらりと立ち上がる。

 エヴァンはかすむ目を精一杯上に動かして、自分に影を落とすものの正体を見ようとした。

 馬の胴を持つ黒き鎧騎士の姿をしたメメントは、片手に大剣を持ち、もう片手を鎌のような形状に変え、悠然と構えていた。

「いいところでじゃまする。いつも、いつも」

 低い声で唸りながら、シェドはトワイライト・ナイトメアに近づいていった。


「いつも、いつも、いつも、いつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもおおおおおおおおッッッッ!!!」


 ここまで発したことのない、怒りと狂気の絶叫を上げたシェドは、整った顔を醜く歪ませ、トワイライト・ナイトメアに向かって跳躍した。

 長い両の袖から、目もくらむような輝きを放つ光の刃が出現する。瞬間、光の刃の影響か、周囲に放電現象が起きた。

 他のマキニアンには与えられなかった禁断の力。ただ三人のマキニアンにのみ授けられた破壊の技。光学兵士(ソルダ=オプト)の証――光学兵器だ。


「じゃまするなあああああああアアアアアアアアアア!!!」


 悪魔の怒号とともに、二振りの光の刃を振り下ろす。

 黒鎧の使徒は、厳かでありながらも俊敏に、大剣と鎌の腕をもって、死の光を受け止めた。



 不気味なほどの冷静さを失ったシェドは、怒りにまかせて、めちゃくちゃに光学ブレードを振り回した。剣が振られるたび、光の軌跡が夜の闇に刻まれる。凄まじいスピードで繰り出される攻撃に、トワイライトは耐えた。

 黒鎧のメメントによる剣戟もまた、常人には捉えられない動きを見せる。重量のあるその形態フォルムからは想像もつかない速さと柔軟さを発揮し、シェドの光学ブレードに対抗した。

 シェドが感情のままに武器を振るうのに対し、トワイライトは一定のリズムをもって剣を操っている。まるで本物の英雄のような、優美且つ剛健な剣さばきであった。

 両者の剣がぶつかり合えば、嵐のような圧が放射線状に広がった。剣圧は土を抉り、壁を崩し、空気を震わせかせた。彼らが放った技は、地面に無数の亀裂を生じさせた。

 神聖なるコルネリア教会は、白い死神と黒き使徒の激闘によって、戦争時代の前線区域のような、無惨な姿に変わり果てた。

 シェドの光学ブレードの一振りが、鞭状に形を変え、蛇の如くうねりながらトワイライトに襲いかかる。メメントの大剣がそれを薙ぎ払うと、後方の石碑が身代わりとなって崩れ散った。

 シェドはもう一方のブレードを銃口に変え、エネルギーショットを乱射した。トワイライトは巧みに剣を操り、それらを見事に弾き返しつつ、シェドに向かって突進した。

 瞬時にして距離を詰められたシェド。攻撃をことごとくかわされ、憤怒の形相で黒騎士を睨む。

 トワイライトの鎌の腕が、恐るべき速さと動きでシェドの全身に斬りかかった。

 青白い皮膚から鮮血がほとばしる。

「うわああああッ!!」

 シェドの口から、ついに苦痛の声が発せられた。トワイライトの攻撃に押され、シェドは後退を余儀なくされた。

 騎士の馬の前足が振り上がる。シェドが気づいた時にはすでに遅く、二つのひづめが華奢な白い腹に叩き込まれた。

 体重の軽いシェドは、イタチのように吹き飛ばされる。大地にハンドワイヤーを食い込ませて勢いをごうとするも、すぐには止まらなかった。五本の爪痕が地面に刻み込まれ、十数メートルも後方で、ようやく止まった。

 腹に手を当てたシェドが咳き込むと、その口から血が吐き出された。破裂した内臓と砕けた骨は、脅威の回復力で直ちに修復されるものの、痛めつけられた憎しみまで癒えはしない。

 ここまでダメージを与えられたことは、これまでなかった。ラグナ・ラルスの手で粛清廃棄が執行された以来だろう。

 トワイライト・ナイトメアとは、いわば宿敵同士。これまで何度も相見あいまみえ、剣を交えてきた。しかし、いつも決着がつかず、両者の力は互角程度だと思っていた。

 シェドは瞳を動かし、離れた場所でピクリとも動かないエヴァンを見やる。

 彼がいるから、トワイライトの能力が高まっているのだろうか。

 守ろうとしているから。

“アダム”が。

 ぎり、と歯噛みした。

 視線を戻し、黒騎士を再び睨む。

 ふと、その視線を下に落とせば、騎士が握る大剣が見えた。

トワイライト・ナイトメアの剣は、シェドの光学ブレードに耐えうる強靭さを誇る。その刀身から、うっすらと靄のようなものがたなびいているのを、シェドは見逃さなかった。

 騎士の剣の強靭さは、シェドでさえ認めざるを得ない事実であった。だがその強靭さは、永遠不滅のものではないらしい。

「ほら、やっぱりぼくのほうがつよい」

 シェドは狡猾な笑みを取り戻し、ぺろりと下唇を舐めた。

 




 目の前で繰り広げられる、およそ現実のものとは思えない戦いを、エヴァンは仰向けに倒れたまま、ただ見守っていた。

 本領を発揮したシェドとトワイライト・ナイトメア。最凶のマキニアンと最強のメメントとの戦いは、もはやいかなるものの介入を許さず、人智を超えた領域へと昇華している。

 人外同士が熾烈に牙を向け合うその下で、エヴァンは何も出来ずにいた。

 呼吸は整わず、五感は弱ったまま。全身に力は戻らず、がくがく震え始めている。血を流しすぎたために、体温が急激に低下しているのだ。身体中から強い

 ノイズが発せられていた。

 瞼を開けているのも、もう辛い。閉じては駄目だ、眠っては駄目だと思いながら、降りてくる重い瞼に抗いきれなかった。

(アル……)

 この手で助け出すと誓ったのに。

 約束したのに。

 守れないまま死ぬのか。

 ここで。こんなところで。

(嫌だ)

 まだ死ねない。死にたくない。死ぬわけにはいかないんだ。

(頼む)

 動いてくれ。少しでいい。せめて彼女を助け出せるだけの力を。

(頼むよ……)

 幕が降ろされるように、瞼が閉じていく。白い死神と黒い使徒との壮絶な対決が生み出す音も、遥か彼方へ遠ざかっていく。

(アル……みんな……)

 闇が落ちる。


        *


 音のない空間に漂う。

 どこかから光が射している。

 あたたかいものが、頬に触れる。

 触れられた感触は優しく、なぜかとても懐かしかった。


 ――お前に名前をあげるよ。


 ああ――。

 その柔らかな声を聴いた瞬間、暗い深淵に落とされた魂が、天上へすくい上げられたような気がした。

 いつか聞いた声。いつか聞かされた言葉。記憶ではなく、魂に刻まれている。


 ――宇宙で一番頼れる男の名前。強くて優しくてかっこいい、僕が憧れてた人の名前を、お前にあげる。


 知っているよ。君はその本が大好きだった。本の主人公が大好きだった。

 よく読み聞かせてくれた。その時間が、何より楽しみだった。


 ――約束だよ、


 ――お前が、僕より強くなったら、その時は、


 兄貴・・


 ――お前の名前は、


        *


 破壊の光が、黒騎士の首下と胴体を貫いた。その勢いのまま、壁に押しつけられる。

 シェドは赤紫マゼンタの瞳をぎらつかせ、けらけらと笑いながら、両腕のブレードをそれぞれ横一直線に引いた。

 トワイライト・ナイトメアは、声のない絶叫を月下にほとばしらせた。斬撃を受けた傷口からは、靄のようなものが流れ落ちる。無敵の異形は、ついに地面にその膝をついた。

 だが、分解消滅は始まらない。血液にも似た靄を流し続けるが、他のメメントのように消え行こうとはしなかった。

 誇り高き騎士にふさわしく、トワイライト・ナイトメアは、今一度剣を手に取り、シェドに挑もうと試みた。

 しかしシェドは、そんな騎士の挑戦を嘲笑あざわらい、黒い大剣を騎士の手から弾き飛ばして、もう一度光学ブレードを振り下ろした。

 兜が歪にひしゃげる。騎士は今度こそ沈黙した。

 勝利を手にしたシェドは、光学ブレードを消し、背を仰け反らせて哄笑した。

 忌々しい邪魔者をやっつけた。とても愉快だ。邪魔をするからいけないのだ。

 銀色の月明かりを一身に浴び、シェドは笑い続けた。

 ふと、気配を感じて、笑うのをやめた。

 そちらに顔を向けると、血まみれの青年が、俯いて立っていた。

 生きて立っているのが不思議なほど、凄惨な状態である。

 それでも立っている。真っ直ぐに立って、シェドの方を向いている。

 青年の身体は、わずかに光で包まれていた。ノイズではなかった。

 シェドの愉快な気分はしぼんでしまった。一つ邪魔者が片付いたというのに、別の邪魔者が出しゃばってきたと思ったからだ。

 まだ生きていたのだとしても、望むのは“あいつ”じゃない。


「きみもじゃまするのか、ラグ……」


 名前を呼ぼうとして、シェドは途中で言葉を切った。

 妙だな、と首を傾げる。気配は邪魔者の人格に近い。けれども、どこかが違う。

 じっくりと観察し、違和感の正体を突き止めようとした。

 そして、分かった。

 嬉しくなったシェドは、今度は明るい笑顔を見せた。

 俯いていた青年は、ゆっくりと顔を上げる。


「おはよう、エヴァン」


 生きるきらめきを湛えた緋色の双眸が、真っ直ぐにシェドを捉えた。


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