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TRACK-6 夜明け前 5

〈イフリート〉が起動し、エヴァンの両腕が真紅の金属に覆われる。具象装置フェノミネイターによって、〈イフリート〉は炎のエネルギーを纏う。こぶし同士を打ち合わせると、エヴァンの怒りが具現化したように、まばゆい火の粉が散った。

 戦闘態勢をとるエヴァンを、シェドは薄い笑みを浮かべて見ていた。

 最初にエヴァンが仕掛けた。蹴りとパンチのコンボで畳みかける。

シェドは薄く笑ったまま、攻撃を身軽に回避した。避けはすれども、反撃してこない。攻めるエヴァンをいなしてはわざとあおる。鬼ごっこでもしているかのような軽薄さだ。

 挑発に乗るな。頭の中に相棒の声がした。

 何発目かのミドルキックをかわしたシェドが後方に跳んだ。着地したシェドの両袖から、銀色に光る十本の細いロープのような物体が現れ、左右からエヴァンに向かって伸びた。

 一本一本が違う動きをするそれを、〈イフリート〉で弾き返し、あるいは身をひねってかわす。弾かれたロープ状のそれは、エヴァンの代わりに周囲の設置物を次々と斬り刻んだ。目を凝らしてみれば、ロープのように見えたものは、バタフライナイフをいくつも繋ぎ合わせたかのような、可動エッジだった。

 気を取られたその一瞬の隙に、可動エッジの数本が、エヴァンの四肢をかすめた。衣服とともに皮膚が斬られ、鮮血が散った。

 傷は浅い。高められた回復能力ですぐに癒える。だが、一時も待たないシェドは、再び可動エッジを振り上げた。十本の凶器が、あらゆる方向からエヴァンに襲いかかる。可動エッジを回避すれば、積まれたベンチ、壁や床、窓ガラスが破壊され、その破片が飛散し視界を邪魔する。

 左右それぞれの可動エッジが一つに集まり、二振りのブレードに変化した。直後、瞬きする一瞬に接近したシェドが、そのブレードを振りかざした。

 鏡のように研ぎ澄まされた銀の刃が、左右交互にエヴァンを攻撃する。鋼鉄の〈イフリート〉で受け止めれば、星屑のように火花が散った。

 シェドの剣さばきはでたらめで、かたらしきものはまったくない。それは素人がめくらめっぽうに振り回しているように見えるが、しかし相手は戦いにおいて素人ではなかった。戦闘のエキスパートが形にはまらず繰り出す剣戟は、それゆえに次の動きの予測が掴みにくいのだ。おまけにシェドは速い。

 反撃の機会を見つけ出せないエヴァンは防戦一方で、じりじりと後退していった。シェドはさも楽しそうな笑い声を上げながら、苦戦しているエヴァンを更に追い詰める。左のブレードで攻めながら、右腕を後ろに反らせた。そして思い切り振り下ろした時、ブレードは銀色のハンマーに変わっていた。

 エヴァンはとっさにハンドワイヤーを上に飛ばした。教会の壁にぐるりと沿って、バルコニー回廊が設けられており、エヴァンはそのバルコニーの柵を掴んだ。身体が宙に舞い上がった直後、ハンマーがエヴァンのいた床にめり込んだ。

 シェドの左のブレードが、今度はショットの射出口に変わる。バルコニー回廊に着地した直後、エヴァンの足元にエネルギーショットが撃ち込まれた。ショットの高熱で、回廊の柵と床が崩れた。

 エヴァンが回廊を走ると、それをシェドのショットが追う。回廊は無限ではない。真正面は壁だ。エヴァンは柵に飛び乗り、天井から吊り下げられた壮麗なシャンデリアにハンドワイヤーを伸ばした。

 ジャンプ直後、ひときわ大きなショットが撃ち込まれ、壁は大破した。間一髪、シャンデリアに逃げ延びたエヴァンは、すぐさま反対側のバルコニーに移ろうとした。

 だがそれよりも早く、シェドのショットがシャンデリアを撃った。シャンデリアはエヴァンを乗せたまま落下し、耳障りな轟音とともに豪快に砕け散った。

 落下の衝撃で投げ出されたエヴァンは、背中にはしった激痛に呻き声を漏らす。同時に背後から、アルフォンセの悲痛な叫びが聴こえた。

 鉄の檻の中、口を両手で押さえたアルフォンセは、血の気のない表情で震えながらエヴァンを見ている。

 激痛と彼女の悲鳴の原因が、背中に幾つも突き刺さったシャンデリアの破片であることに気づき、上着を引きちぎるようにして脱いだ。上着とともに、刺さった破片が一斉に抜かれる。 

「ぐあ……ッ!」

 痛みに歯を食いしばり、上着を放り捨てる。布を突き破った破片の先に、自分の血がべったりと付着していて、エヴァンは気分が悪くなった。

 アルフォンセを見やると、彼女は震えながら身体を強張らせていた。

「大丈夫、こんくらいすぐ治るから、な?」

 エヴァンはアルフォンセを心配させないよう、にやっと笑った。

 が、そうは言うものの、血まみれのTシャツを目の当たりにしては、大丈夫だなどという言葉に説得力はない。

「あれえ、もうそんなにたくさんけがしたの? ぼくはなんともないよ、ほら」

 シェドはそんなことを言いながら、その場で軽やかにジャンプしてみせる。

「うっせーな! ここまではウォーミングアップなんだよ!」

 忌々しく吐き捨てると、シェドはますます愉快そうに笑った。

「そうなんだあ、よかった」

 シェドは常に笑っている。だが、

「すぐにおわっちゃったら、おもしろくないもんね」

 目だけは常に笑っていない。


        *


 街なかの大通りは闘技場と化した。文明の建造物と勇気ある、あるいは友人知人に吹聴して回る話のタネを仕入れようとする見物者たちに囲われた闘技場の中心では、一人の人間と、一体の巨大な怪物が睨み合っている。

 野次馬が非常に目障りだ。レジーニは巨体のメメント――バルバーから注意をそらさぬまま、忌々しげに舌打ちした。

 事態の深刻さを知らず、動画を撮影している馬鹿者だらけである。事が済んだら、情報操作と隠蔽工作を“上”に頼まなくてはならない。〈帝王〉ジェラルド・ブラッドリーの“社員”にとっては、それくらい簡単な作業だ。

 野次馬は鬱陶しいが、構ってはいられない。見物したければ好きにしろ。だが、自分の身は自分で守ることだ。

 バルバーが、大地を揺るがすような咆哮を上げた。先ほどスポーツカーの大砲を気前よくくれやったために、胴の半分に裂傷を負い、焼け焦げている。大物を相手にする時、体力充満なうちにどれだけ体力を削れるかが大事だ。まずは先制攻撃成功、というところか。

 バルバーは大木のような太い腕を、レジーニの頭上に振り下ろした。直撃すれすれでかわしたレジーニは、バルバーの懐に潜り込んで、地面にめり込んだその太い腕を〈ブリゼバルトゥ〉で斬りつけた。

 バルバーが苦痛の声を上げ、腕を振り上げる。そしてもう片方の腕で、レジーニに掴みかかった。すくいあげるようなバルバーの腕を、レジーニは伏せてかわし、転がりながらこちらにも剣を突き立てた。

 氷の剣に斬られたバルバーの両腕から、青白い冷気が立ち昇っている。効果があるのは幸いだ。

 相手は装甲戦車並みの重量を備えた化け物である。たった一度攻撃を受けただけでも、こちらが相当なダメージを受けるのは必至だ。舗装道路をも破壊するその一振りで、内臓は破裂し、骨は木っ端に砕かれるだろう。

 肉体が強化されたマキニアンであれば、その特性をもって特攻策に出ることも可能だが、生身のレジーニにその作戦は遂行出来ない。つまり。

 ――一度たりとも攻撃を喰らわず、敵には確実にダメージを与え続ける。

「なかなか骨太なミッションじゃないか」

 レジーニは片手に〈ブリゼバルトゥ〉を持ち、準備運動のようにトントンと軽くステップを踏んだ。

 剣のグリップにある小さな操作盤に指を走らせ、コードを入力する。すると柄頭が変形し、やや短めの蒼い刃が姿を現した。〈武器職人アーメイカー〉である囚われの姫の御業みわざの一つだ。 

愛剣を構えたレジーニは、先ほど相棒に向けて独りごちた内容を思い出し、ふっと苦笑いする。

(チープなのはどっちだろうな)

 漫画コミックやアニメにはよくあるパターンだ。最後のボスを倒しに行くため、先を急ぐ主人公と仲間たち。その行く手をボスの手下どもが阻む。仲間たちは一人また一人と、手下の相手を引き受けてその場に残り、何としてでも主人公を先に行かせようとする。

 そんな時、決まってこんな台詞が吐かれるのだ。

“俺に構わず先に行け”

 まさか自分が、そんな役に回ることになる日が来るとは思わなかった。あんな直情型で一車線分の思考回路しかない馬鹿が隣にいると、こちらの調子まで狂ってしまう。役所に苦情を届け出なければならない。

 バルバーが唸り声を上げ、辺りの空気が震えた。レジーニは新たな能力を備えた氷の機械剣を手に、次の加撃ポイントを見極めた。



 

 道路を埋め尽くさんばかりに溢れたメメントたちを、うら若き三人の女戦士が葬っていく。

〈ケルベロス〉によるヘヴィー級の打撃と砲撃を前に、下等なメメントどもはなすすべもなく、塵の如く砕かれる。

 電光石火の〈七星〉は、敵に触れさせることなく打ち倒し、その敵が倒れるより早く、次の敵を倒す。

 散開と追尾機能のある〈ヴィジャヤ〉の矢からは逃れられない。どこへ行こうとも、狙い定めた標的は、必ずや光の矢の制裁を受けることになる。

 ドミニク、ユイ、ロゼットの三人は、長年培ってきた信頼に裏付けられた、絶妙な連携プレイをもって、メメントの群れを制圧していった。

 ユイとロゼットは、場数で言えば、そう多くの経験を積んでいない。幼いゆえの焦りから失敗を招くこともある。少女たちは互いに助け合い、二人で一人前という立場を理解し、懸命に戦った。

 ベテランの戦士であり、少女たちの義姉であるドミニクは、圧倒的な攻撃力で敵を倒していく中でも、時折義妹たちを気にかけフォローした。

 力を合わせた三人の女戦士にとって、下位のメメントは敵ではなかった。

 だが問題が一つある。

「これじゃきりがないよ!」

 一体のメメントを殴りつけたユイが、うんざりした声を上げた。

 彼女が思わず漏らした通り、メメントは倒しても倒しても、どこからともなく湧いて出てくるのだ。すでにワーズワース大学に出現した以上の数を屠っているにも関わらず、途切れることがない。〈ケルベロス〉の砲撃でまとめて倒しても、同じことだった。

 いくら自分たちがマキニアンで、相手が下位メメントであっても、敵が無限に出現しては、いずれこちらの体力に限界が来てしまう。

(足止めをするつもりね)

 ドミニクは忌々しげに下唇を噛んだ。こちらの仕事を片付けたら、すぐにエヴァンを追い、加勢に入るつもりだったのだが、シェドはそれを許すつもりはないらしい。

 エヴァンの隣にはレジーニがいるはずだ。しかし、自分たち三人がこうして妨害を受けているのならば、あちらにも妨害のための刺客が差し向けられていてもおかしくない。その場合、二人で刺客に立ち向かうか。あるいは二手に別れる――レジーニが残り、エヴァンを先に行かせるか。

 ドミニクは、後者である、と読んだ。

 であるならば、シェドの相手をしなければならないエヴァンには、助太刀が必要だ。

 しかし。

 エヴァンを負うためにここを放棄しては、このメメントの群れが往来の人々に襲い掛かるかもしれない。その可能性がある限り、この持ち場を離れることは出来ない。

 三人のうち、誰かを教会へ向かわせるか? それも無謀だ。三人でやっとどうにかなっている状態で、一人でも欠けては不利になる。まだ未熟なユイとロゼットを行かせるわけにはいかない。シェドが相手では、たとえ二人が加勢したところで、戦況が有利になるとは思えなかった。

 では自分が行くか。ドミニクはこの選択肢にもNOを出した。大群を二人だけに任せることは、それこそ命取りだ。

 完全な足止めである。

(相変わらず狡猾だこと)

 ドミニクは構え直し、もう何体目なのか分からない敵を、一撃のもとに倒した。

 エヴァンの加勢に向かえない状況ならば、せめてこの下位メメントの群れに、エヴァンの邪魔をさせないよう尽力するしかない。 


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