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TRACK-5 白闇の狂気 6

 ヴォルフから連絡を受け、急ぎワーズワース大学に駆けつけたレジーニは、予想以上の敵の多さに驚いた。

 構内に出現しているのは、数日前廃墟のビルで遭遇した角頭と牛頭だが、その数の多さに、さすがのレジーニも一瞬目を疑うほどだった。

 角頭と牛頭に加え、奴らよりもう一回り大きな、角の足を持った新種の姿が見られた。

 いずれも雑魚ではあるが、これだけの数となると、殲滅には骨が折れる。こんな緊急時だというのに、肝心の相棒は連絡が取れないときた。

「どこに行ったんだあの馬鹿は。次の仕事はあいつ一人にやらせてやる」

 舌打ちして眼鏡を中指で押し上げたレジーニは、〈ブリゼバルトゥ〉を構え、メメントの群れに突入した。


 

 群がるメメントを倒し、逃げ遅れた人々と退路へ誘導しながら、レジーニは大学敷地の奥へと進んだ。彼の通った後には、真夏に似合わない蒼白き氷の粒が、陽光を受けて光っていた。

 中庭付近まで進んでいくと、メメントと戦っている三人の人影を見つけた。

 ドミニクと、ユイ、ロゼットである。

 ドミニクは、浮遊する三基の砲台を操り、豪快にメメントを屠っている。小柄なユイは、その体格と身軽さを駆使して、敵の間を飛び回る。光る弓を携えたロゼットは、やや離れた場所から、二人を援護していた。

 さすが十年間、姉妹同様に暮らしてきただけはあり、息の合ったいい連携プレーを見せてくれる。

 ドミニクは熟練の戦士としての実力を存分に披露していた。二人の少女も、れっきとしたマキニアンだ。ここは彼女らにまかせていいだろう。

 あらかた雑魚が片付くと、こちらに気づいた三人が駆け寄ってきた。

「あなたも来てくれたのですね、助かります」

 と、ドミニク。

「連絡があった。だが、エヴァンとは連絡がついていない。まさかとは思うが、ここには来ていないか?」

「いいえ、見ていません。まったく、こんな時だというのに」

 溜め息をつくドミニクの表情は、世話の焼ける弟に辟易する姉そのものだ。

「出てきたのは、三種類の雑魚だけかい?」

「一体だけ大物がいましたが、それは私が片付けました。同じタイプのメメントは、今のところ出てきていません」

「そうか。僕は西側を回る。君たちは表側を」

「分かりました」

「気をつけて」

 ドミニクの背中に隠れて身を潜めるロゼットが、呟くように言った。

「メメントの群れを連れてきた奴がいるわ。かなり危険な相手。私たち全員でかかっても、勝てるかどうか分からない」

 ロゼットの口調は、ひそやかだが強張っていて、事態がかなり切迫しているのだと察することが出来た。

「そいつは、どこに?」

「さっきまで、建物の上にいた。今は構内をうろついてる」

「そいつ、メメントじゃないんだ」

 ロゼットの言葉を、ユイが引き継ぐ。戦いで頬を高潮させたユイは、大きな橙色の眼差しを、まっすぐにレジーニに向ける。その姿は、相棒に似ていた。

「メメントじゃない、とは? 人間なのか?」

「いいえ、もっと厄介です」

 首を振るドミニクは、苦々しく下唇を噛む。

「私とユイはその姿を見ていませんが、ロゼットの言うとおりなら、そいつはマキニアンです」

「なんだって!?」

「用心してください。そいつは本当なら、生きているはずのないマキニアンなのです。生きてこの場にいるのであれば、我々が勝つ見込みは低いでしょう」


 

 そのマキニアンは、すべてのマキニアンを凌駕するスペックを備え付けられて誕生した。しかし、あまりに力が強すぎるために、人格は壊れ、頻繁に命令を無視し、暴走行為を繰り返した。手がつけられなくなったそのマキニアンは、〈パンデミック〉以前に“粛清廃棄処分”となった。

 そんな奴が、何故生きていて、ここに現れたのか。

 ドミニクたちと別れ、向かってくるメメントを斬り捨てつつ、レジーニは考えを巡らせる。

 漠然とではあるが、その理由には相棒が絡んでいるように思えてならない。

 マキニアンが属しているらしい、正体不明の組織。ファイ=ローが〈パンデミック〉跡地で掘り起こしたものの行方を追う男。

 死んだはずのマキニアン。

 にわかに周囲を慌しくさせているこれらと相棒とは、必ずどこかで繋がっている。レジーニはそう睨んでいる。ドミニクたちもマキニアンだが、彼女たちではないだろう。

 何が起きているのかを知るために、もっとも安全且つ確かな手段は、ローのもとを訪れた男に聞くことだ。この男は、正体不明の組織に属しているかもしれず、更には、相棒を捜している。

 男の素性に間違いがなければ、なおさら話を聞かねばならない。

 蒼い氷の機械剣で、次々と襲いくる敵を倒しながら進むレジーニは、やがて学舎の裏手に出た。

 そこで、逃げ遅れたらしい小柄な老人を見つけた。保護するために駆け寄ると、老人はレジーニのよく知る人物であった。

「オズモント先生! まだ逃げていなかったのか」

 オズモントはレジーニに気づくと、不機嫌そうにひそめていた眉を、少しだけ緩めた。

「こんな所で何を? 他のみんなととっくに逃げたと思ったのに」

「逃げるわけにはいかん」

 オズモントは決然とした態度で、首を横に振る。

「レジーニ、私に構わず、構内を回ってくれ。逃げそびれた生徒や職員が、まだどこかにいるかもしれない」

「先生を放っていけと? お断りだね。あなたこそ何をしているんだい」

「ある男が言ったのだ。命を懸ける覚悟があるならここで待っていろ、と」

「待つ? 何を? 誰が言ったんだ?」

「奇妙な男が私を訪ねてきた。エヴァンの眠っていた装置のことを訊いてきたよ」

 レジーニは舌打ちした。一足遅かったようだ。

 ローのもとを訪れた男が、次に誰に目をつけるかとなれば、装置を解除し、中で眠っていたエヴァンを起こしたオズモントしかいないのだ。

「その男は、私がトワイライト・ナイトメアを追っていることも知っていた。そして私と奴の、トワイライトを追う理由が一致しないのであれば手を引け、と」

「理由? そんなもの……」

「そうだ。一致するわけがない。断った矢先に、この騒ぎだ。奴は去り際に、覚悟があるなら待て、と言った」

 オズモントの双眸が、レジーニを見上げた。枯れかけながらも、気力を忍ばせる強い眼差しだ。


「待っていれば、トワイライトが現れる、とな」


 その言葉を合図にしたかのように、どこからともなくメメントの群れが湧き出てきた。レジーニとオズモントを取り囲み、耳障りな鳴き声をあげ、じりじりと距離を詰めてくる。

「数で攻めるしか能のない連中だな。先生、僕から離れないように」

 レジーニは〈ブリゼバルトゥ〉を敵に向けてかざし、オズモントを背に庇った。

「すまん、足手まといだな」

「先生一人くらい守れるさ。ちょっと走ってもらうかもしれないけど、ご老体には酷かな?」

「これでも毎朝のウォーキングは欠かしておらんよ」

「それなら安心だ」

〈ブリゼバルトゥ〉の具象装置フェノミネイターが起動し、刀身の蒼い輝きが増す。

 周囲に冷気が立ち込め、風が巻き起こった。落ち葉が渦を巻き、一方向に流れていく。

 レジーニは訝しげに碧眼を細めた。〈ブリゼバルトゥ〉の機能による現象ではない、と気づいたからだ。

 強い空気の流れが発生していた。何かに吸い込まれるように、一定方向に風が吹いている。空気流はレジーニたちのすぐ側で集結し、薄雲のようなもやを纏い始めた。

 昆虫の繭の如く、靄が濃く固まった次の瞬間。

 靄は内側から破られた。


 

 薄雲の繭から突き出されたのは、馬の前足だった。大地を揺るがさんばかりに、力強く降り立つ。

 次に現れたのは頭部。しかし、馬のそれではなかった。本来あるべき馬の首と頭は、人型の胴体に取って代わっていた。しかも妖しく艶めく黒い鎧に身を包んでおり、首から上がない。頭――兜は、鎧の片腕に抱えられている。

 繭から完全に出現したその存在は、神話や物語に登場する“首なし騎士デュラハン”を彷彿とさせた。


 突然現れた異形に、レジーニは思わず見蕩れた。美しい。均整のとれた見事な形態フォルムである。これほどまでに整った形のメメントは、今まで見たことがない。

 オズモントの瞳もまた、メメントに釘付けだった。彼は驚きに満ちた眼差しをもってメメントを見、小柄な身体を震わせている。

 オズモントは視線をメメントに奪われたまま、ふらふらと近づこうとする。レジーニは慌てて、それを制した。

「だめだ先生! 近づくのは危険だ!」

「だがレジーニ、あれは、あれは……」

 レジーニを見ようともしないオズモントの目尻には、うっすらと光るものがあった。

「分かってる。だが、今はだめだ!」

 

 レジーニは、そのメメントを見たことはない。ただ、存在と名を聞き知っていただけだ。

 しかし、この形状だけでも分かる。

 最強クラスのメメント。オズモントが探し求め続けた異形。

 あれこそは〈トワイライト・ナイトメア〉だ。

 

 トワイライト・ナイトメアは、レジーニとオズモントを一瞥するも、襲ってくる気配はなかった。

 片手に持っていた兜を、ゆっくりと抱え上げ、鎧の頂点に据える。首が戻った騎士は、胴体に提げた剣を引き抜き、右手に構えた。左腕は鎌に似た、歪な形状の刃物へと変化する。

 トワイライト・ナイトメアが大地を蹴った。その巨体に反した、目にも止まらぬ速度で、雑魚メメントに襲い掛かる。

 剣の一振りで複数体のメメントを斬り払い、左の鎌で薙ぎ捨てる。メメントどもは、何の抵抗も出来ないまま、一瞬にして駆逐された。

 あまりにも速い騎士の所業は、瞬きさえも許さず、レジーニとオズモントは、ただただ見続けることしか出来なかった。

 雑魚メメントのすべてが、蒸発分解を始める。濃密な異臭は鼻を刺激し、レジーニとオズモントは思わず顔をしかめ、片手で鼻と口を覆った。

 トワイライト・ナイトメアが両腕を広げた。すると、メメントから立ち昇る気体が、騎士の周囲に集まっていった。気体は鎧の隙間から吸収されていき、やがて残らず、騎士の内部に取り込まれた。

 レジーニとオズモントは、顔を見合わせる。

「モルジットを吸収した……?」

 メメントの屍骸から発生する気体は、モルジットの成れの果てだ。宿るべきメメントの肉体が滅びたあと、モルジットは気体となって空気中に溶け、やがて完全に消滅する。

 騎士は、消滅する前に、モルジットを取り込んだのだ。

 こんな行動をとるメメントは、他にいない。

 モルジットを取り込みきったトワイライト・ナイトメアは、レジーニとオズモントを見下ろした。雑魚を駆逐した後は、人間を屠ろうというのだろうか。トワイライト・ナイトメアが人間を襲った、という報告はなかったはずだが、とレジーニは思い返した。

 心なしかトワイライトは、オズモントを長く見つめているように、レジーニは感じた。

 オズモントもまた、言葉を失くしてトワイライトを見上げている。

 やがて視線を正面に戻したトワイライト・ナイトメアは、たんっと大地を蹴って、空中に舞い上がった。

 黒い雄姿は、あっという間に遠ざかっていく。

 その後を追って、オズモントとレジーニも走り出した。


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