表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/41

TRACK-5 白闇の狂気 5

 すっくと立つ女戦士。その凛々しい姿は、戦場に咲く気高い薔薇を彷彿とさせた。

 巨体のメメント――ヘッドバスターを前にしても一切動じず、誇らしげに立つドミニクの存在に、ロゼットは大きな安心感を得た。

 ドミニクは二人の義妹頷いてみせる。

「ロゼット、ユイ。雑魚の群れはまかせていいですね」

 問いではない。信頼だ。

 二人は少女だが、メメントを倒すために生まれたマキニアン――戦士だ。例え大群であろうとも、格下相手に負けはしない。負けることは許されない。討伐できることが前提であり、それだけの力が少女たちにはある。

 ドミニクの言葉に、少女たちは頷き返した。

ロゼットは、ヘッドバスターがドミニクに注意を向けている間に、ユイの元へ走っていった。それを見届けたドミニクは、藍色の瞳で巨体メメントを冷ややかに見据える。

 

 彼女の両手が、細胞装置ナノギアによって鋼鉄に変化する。それに呼応して、ドミニクの腰に提げられていたポーチから、三枚の金属製の円盤が飛び出した。

 円盤はドミニクの両肩と頭上、三箇所に浮き留まる。そして、円盤もまた変形を始めた。薄い三つの円盤は、収納されていたパーツを一瞬にして広げ、酒樽ほどの大きさにまでなった。前面はぽっかりと窪み、内側に幾筋もの青白い光を湛えている。

 装着者の鎧にして武器。意思に応じて自在に動き、打撃、砲撃、防御を可能にする。他のマキニアン、あらゆるクロセストを凌駕した圧倒的攻撃力を誇る、三連式浮遊砲台。

 それがドミニクの能力、〈ケルベロス〉だ。

 

 ドミニクは右腕を伸ばし、ヘッドバスターに手招きをしてみせた。

 屍骸を苗床に生まれし怪物でも、その仕草の意味を感じ取れたのだろうか。巨体メメントは乱杭歯をむき出して唸り、ドミニク目がけて突進した。

 ヘッドバスターは、ロゼットをひねり潰そうとした腕を、今度はドミニクに向ける。咆哮を上げながら、彼女の頭上に振り下ろした。

 ドミニクは引き締まった腰をやや落とし、鋼鉄の両手を前に突き出す。〈ケルベロス〉の砲台二基が瞬時に反応。彼女の意思を読み、正確に動きを模倣トレースする。

 メメントの豪腕を、二基の砲台が受け止めた。怪物と砲台、二対が衝突する反動がドミニクに伝わり、後退した。踵が土をえぐる。しかし、衝撃のほとんどは砲台が吸収放出したため、彼女自身のダメージは少なかった。

 ヘッドバスターは力に任せて押してきた。ドミニクは後退させられながらも、藍色の目で敵を見据え、仕掛ける機会を窺う。

 怪物の口が大きく開かれ、威嚇の吼え声が発せられた。その時生じた一瞬の隙を逃さず、ドミニクは動く。

「はああッ!」

 砲台を掴ませたまま、ヘッドバスターを横倒しにする。大岩の如き巨体が地面にめり込む。すかさず三基目の砲台に指令を送り、伏した怪物に叩き落とした。

 二基の砲台でヘッドバスターを掘り起こし、三基目で強烈なアッパーカットを見舞う。打ち上げられたメメントは、数メートル後方に墜落。再び地面に埋もれた。

 格下のメメントであれば、この一撃で完全に沈む。が、その巨体はハリボテではなかった。ヘッドバスターは舗装路と土を弾き飛ばしながら身を起こし、怒りの形相でドミニクを睨んだ。

 轟くひと吼え、重量級の外見からは想像もつかないスピードを発揮し、片腕でドミニクの身体を鷲摑みにした。

 獲物を捕らえたヘッドバスターは、勝ち誇ったように口元を歪ませ、もう一方の拳でドミニクに殴りかかる。

 彼女の頭の二倍以上はあろうかという凶器の拳が振り下ろされる。瞬間、ドミニクの意思に応えた砲台の一基が、左方向から飛来。メメントの拳を弾き返した。

 怪物は一瞬怯んだものの、すぐさま態勢を戻す。ヘッドバスターの怒りは増し、ドミニクを摑む腕に更なる力を込めた。

「くっ……!」

 抗い、押し返そうとすると、骨が軋んだ。身動きがとれない中、なおも鉄拳が繰り出される。

 二基の砲台で、メメントの攻撃に応戦。自由の利かないドミニクに代わり、砲台が攻撃を受け、反撃を仕掛ける。

 鋼鉄の砲台が周囲を飛び交うのを、ヘッドバスターは羽虫のように鬱陶しがり、叩き落そうと暴れた。しかし、ドミニクを放す様子はない。

 二基の砲台に気をとられている隙に、ドミニクは三基目を操作し、メメントの懐に潜り込ませた。

 敵の顎付近に隙が生じた瞬間、青く輝く砲撃を発射。下方からまともに喰らったヘッドバスターは、ドミニクを手放し、土埃を巻き上げて倒れた。

 だが、蒸発分解は始まらない。まだ完全に倒せたわけではなかった。

 舞い上がる粉塵に巨影が浮かび上がる。粉塵を掻き分け、殺気とともに突き出された敵の一撃を、砲台で受け流す。

〈ケルベロス〉の砲台三基と、ヘッドバスターの豪腕の激しい応酬。ヘビー級の打撃交戦は、しかしその重量を感じさせないスピードで展開した。飛び回る砲台の動きに慣れたのか、ヘッドバスターの対応が速くなっていく。ドミニクは敵の速さに合わせ、打撃と砲撃を使い分けた。

 時に、自身の肉体をもって仕掛ける。岩の塊のような〈ケルベロス〉とヘッドバスターの拳の間を抜け、鍛え抜かれた脚力で蹴技を見舞った。単体であれば、ドミニクの方が抜群に素早い。〈ケルベロス〉の重打撃とドミニク自身による俊敏性で、戦局は彼女の方に傾いていった。

 かに思えた。

 何度目かの打撃を加えたその次の瞬間。彼女の視覚から、何かが空気を引き裂いて飛んできた。

 その何かの正体を見極める寸前、ドミニクは胴体に強烈な一撃を受け、横一直線に薙ぎ倒された。

 急いで立ち上がろうとするも、受けた衝撃があまりに強く、身体に力が入らない。

 一体何が起きたのか。揺れる視界でどうにか捉えたのは、太い鞭のような、ヘッドバスターの尾であった。

 ドミニクの意思が一瞬途絶えたことで、〈ケルベロス〉も一時停止した。その隙に、ヘッドバスターの尾が、三基すべてを叩き落とした。

 隠し持っていた尾という強力な武器を見せつけながら、ヘッドバスターがドミニクに近づいてくる。

 じりじりと後退して逃れようとするのだが、尾による追撃がそれを許さない。何度も鞭打たれ、ドミニクの肌や衣服が引き裂かれる。片足に尾が巻きつき、高らかに掲げ持たれたかと思うと、地面にしたたか叩きつけられた。

「かはっ……!」 

肺の空気が押し出され、呼吸困難に陥ったドミニクは、身動きがとれなくなってしまった。

 ヘッドバスターの片足が、ドミニクを踏みつけようと持ち上がる。寸前、息を吹き返した砲台の一基が、ドミニクの頭上に飛来した。ドミニクは砲台を掴み、ヘッドバスターのプレスから逃れた。

 メメントの尾が唸りを上げて迫るが、二基目の砲台でこれを防御。のしかかるヘッドバスターの重量を受け止めた。

「そうね。隠し持っているからこその“奥の手”。でも、そう何度も喰うようでは、戦士失格だわ」

〈ケルベロス〉の砲台が、徐々にヘッドバスターを圧す。別方向から繰り出された攻撃は、残った砲台で弾き返した。

「詰めが甘かったわ。私はまだまだということね。教えてくれてありがとう」

 藍色の瞳でメメントを冷ややかに見上げる。

 渾身の力で押し返すと、ヘッドバスターの巨体がたたらを踏んだ。よろけた瞬間、ドミニクは〈ケルベロス〉に指令を送り、三基同時にヘッドバスターにラッシュをかけた。

 ヘッドバスターは反撃しようにも、三基の砲台による怒涛の殴打を前にしては、その機会を見出すことが出来ない。一基を弾き飛ばしても、別の一基が追い討ちをかける。ドミニクを襲おうにも、最後の一基が彼女を守る。

 ドミニクの身のこなしにはますます磨きがかかり、敵に対する容赦情けは一切なかった。

 ヘッドバスターがついに、片膝を地につけた。

 三基の〈ケルベロス〉が連結し、一基の砲台へと姿を変えた。ドミニクが拳と腰を引いて構えると、その動きに呼応して、砲台のエネルギーが充填される。

 砲台〈ケルベロス〉が、ヘッドバスターの真正面にスタンバイ。ドミニクが正拳突きの如く拳を突き出すと、発射口から青光砲撃が放たれた。

 砲撃をまともに受けたヘッドバスターの巨体は、設置物を次々と薙ぎ倒して、遥か後方に吹き飛ばされた。

 倒れたヘッドバスターから、悪臭を帯びた蒸気が立ち昇り始めた。まもなく、その硬い皮膚や分厚い肉は、溶けて消え行く。

 ドミニクは顔に張りついた髪を無造作に払い、メメントの最期を見届けた。

 身体中に受けた傷は、細胞装置ナノギアの力で塞がれつつある。三基の〈ケルベロス〉は元の円盤状に戻り、ドミニクの手中に収まった。

 破れた衣服の裂け目からは、白い胸の谷間や滑らかな腿が覗いている。ドミニクはそれには構わず、義妹いもうとたちの助太刀に向かうのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ