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TRACK-5 白闇の狂気 2

 その目線は好奇心のみで出来ているのか。ユイの橙色の瞳は、あちらへ移りこちらへ移りとせわしない。動くものすべてに反応する子犬のように、興味を示したものには吸い寄せられ、ふらふらと近づいていく。

 ロゼットは、すぐどこかへ行ってしまう義妹を、その都度引き戻さねばならなかった。

 グリーンベイの大通りを、ユイとロゼットは気ままに歩いている。街中探索と、主にユイが趣味と鍛錬のために行っている“パトロール”を兼ねてだ。

 ついさっき、小学生くらいの男の子が、がらの悪い若者数人に囲まれ、金銭を要求されているところに出くわした。もちろん直ちに不良どもをこらしめ、男の子を無事に帰らせた。

 新しい土地に移動するたびに、ユイはパトロールを行い、悪い奴らを見つけては正義の裁きを下すのが習慣だった。ロゼットは気乗りしないのだが、義妹いもうとを一人でふらつかせては、どんなトラブルにも首を突っ込みかねないので、目付けとして仕方なく同行するのである。 


「この街、かなり大きいね。見る所たくさんあって迷子になりそうだよ」

 今にもスキップしそうなほど軽い足取りで、ユイはうきうきと通りを歩く。

「やめて。あんた本当に迷子になるから」

 ユイの少し後ろを、ロゼットは冷めた調子でついていく。

「だって、賑やかな所は、あちこち見てみたいだろ?」

「街なんてどこも一緒じゃない」

「同じじゃないよ。ちゃんと観察したら、その街その街で雰囲気違うんだって。ロージーは関心なさすぎなんだよ」

「人ごみとビルと高架線路エアレイルがあれば、どこだって同じに見えるわよ」

「もう、冷めてるなあ」

 まったく話に乗ってこないロゼットに、ユイは頬を膨らませた。何事にも反応が薄いロゼットの気を引くため、話題を変えてみることにした。

「ドミニクとアルフォンセさん、どんな話してるんだろうね」

 グリーンベイを訪れたのは、ドミニクがアルフォンセに用があるからだった。彼女の勤める図書館に義姉が行っている間、ユイとロゼットは自由行動なのである。

「でも、何の用があってあの人を訪ねに行ったんだろ」

「小姑感覚なんじゃないの、自覚してないかもしれないけど」

 ロゼットの口調は相変わらず低温だが、街の景観に関する話題よりは、興味があるらしい。

「エヴァンが“未来の嫁さん”って言ってたから、どういう人なのか知りたいのかもね。それに、昨日の朝のこと、ちゃんと説明しておきたいのかも」

「それについてはさあ、エヴァンが説明してるんじゃないのかな?」

「バカね。男の弁解だけで女が納得出来るわけないじゃない」

「そんなもんなの?」

「そんなもんよ。まったくくだらないわ」

 呆れたように嘆息すると、ロゼットは絹にも似た白百合の髪を、ふわり払った。

 ユイもロゼットも、同年代の女の子に比べて、男女交際についての関心が低い。ユイの憧れは、特撮ドラマや映画に登場するヒーローであり、周りにいる一般男性はまったく目に入らない。ロゼットは男嫌いな一面があり、よほど気を許さなければ、近づくことさえ嫌がる。

「アルフォンセって人、綺麗でかわいい人だったね。エヴァンと結婚するのかな?」

 瞳をきらきらと輝かせて、ユイはロゼットに意見を求めた。だが、一つ年上の義姉は、やはり冷めている。

「まさに野猿と美女って感じだわ。マキニアンと結婚するような奇特な人、いるとも思えないけど」

「あの二人なら、きっと上手くいくよ!」

「どうかしら。お付き合いくらいはすると思うけど、その間に愛想尽かされるかもしれないわよ。エヴァンがね」

「ボクはお似合いだと思うけどな、あの二人」

「結婚って、あんたが考えてるほど単純じゃないのよ」

「そういうロゼットは、彼氏もいないじゃんか」

「男なんてバカばっかりだわ」

 そんな調子で、他愛のない話を交わしながら、足を踏み入れて間もない街をそぞろ歩いた。


 やがて開けた場所に出た。先ほどまで歩いていた大通りから少し外れた、別の通りだ。

 東側に、公園のような広い敷地が見えている。敷地の奥には、大きな建物が聳え立っていた。

「あ、あれって図書館かな」

 ユイが建物を指差す。ロゼットは首を振った。

「違うわ。門にワーズワース大学って……」

 書いてある、と続けようとしたロゼットだったが、その言葉は喉を通る前に飲み下された。

 ロゼットは歩みを止め、切れ長の双眸で、建物の方をきっと睨みつける。

「ロージー、どうかした?」

 異変に気づいたユイもまた、足をとめた。そして、ロゼットの様子が何を意味するのかを、瞬時に理解した。

いる・・の!?」

 大学校舎を睨んだまま、ロゼットは頷いた。表情は、痛みに耐えるかのように歪んでいる。

 ロゼットは他のマキニアンに比べ、メメント感知能力が非常に優れていた。半径一キロ以内にメメントがいれば、彼女は確実にその存在を捉え、半径五百メートル以内であれば、正確に位置を把握出来る。

 だが、たったいま感知したメメント反応は、どこから発せられているものか、ロゼットにも掴めなかった。大学方面からであることは間違いない。そして、かなり強力な相手であるということも分かった。

 だというのに、はっきりした位置が不明なのだ。

「ユイ、かなり強いメメントが、あの敷地内にいるわ。だけど、私たちだけじゃ勝てないと思う」

「だからって、放ってはおかないからね!」

 言うや否や、ユイは大学に向かって駆け出した。

「待ってユイ! 一人で突っ込んで行っちゃだめ!」

 慌てて制止をかけるロゼットに、ユイは振り返って答えた。

「あそこにはたくさんの一般人がいるんだ、助けに行かなきゃ! ロージーはドミニクに知らせて! ボクが時間稼ぐから!」

 それだけ言うと、ユイは脇目もふらず、大学へ走った。

 ロゼットも彼女を追いかける、走りながら携帯端末エレフォンを取り出し、義姉ドミニクに呼び出しをかけた。

「考えなしにすぐ突っ走って! 時間稼ぐって言ったって、あんた一人じゃ無理なのよ! 私たちに対処できるレベルを超えてるんだから!」

 ひしひしと、ロゼットの全身に伝わってくるのは、潜んでいるメメントの強烈な存在感だ。その息吹は、これまで出くわし退治してきたメメントどものを、優に超えている。

 そしてその気配は、先日立ち寄った廃ビルで、ロゼットが感じ取った強い気配と一致した。

「お願いドミニク、早く出て!」

 呼び出し音は、まだ続いていた。


        *


 ネルスン運河は、イーストバレーとグリーンベイを貫いてソレムニア海へと流れる、会場運搬の要である。

 イーストバレーには、運河に架かる橋の中で、もっとも大きなエルマン・ブリッジが架かっており、陸の交通も盛んだった。橋の足元は、展望スペースとして舗装されており、散歩やジョギング、デートコースの定番スポットになっている。

 運河から吹きつける風は強く、冬場ではかなり冷え込む場所だ。だが、今は穏やかな軽風が吹いており、水面も静かだった。

 壮大な運河をく大小様々な船を背後にして、レジーニは転落防止柵に寄りかかった。黒い髪が、かすかに風になびく。

「そいつらについては、まだまだ未知数ね」

 レジーニの隣には、運河の方に身体を向け、柵の上で腕を組む大柄な人物がいる。派手な紫のビビットカラースーツに身を包んだ、ママ・ストロベリーである。

 昨日ローから聞いた「身体の一部が変形する謎の組織」について、彼女のもとに何か有力な情報が入っていないかと尋ねたのだ。

「アトランヴィルの中央区で見た、という話はいくつかあるわ。でも、腕利きの〈仕入れ屋〉でも、ほとんど情報を掴めなかった。裏の連中とのトラブルは、今のところないみたいだけど。というか、そういう連中はお呼びでないって感じかしらね」

「軍部の方はどうだ?」

「そいつらが本当に〈パンデミック〉を生き延びたマキニアンの残党なら、間違いなく動くわね。〈政府サンクシオン〉はマキニアンを無かったもの・・・・・・にしようとしたわけでしょ? 失態の証拠であるマキニアンの生き残りを放っておくはずがないわ」

 その通りだと、レジーニも思う。

 十年前の災厄から逃れたマキニアン――〈SALUTサルト〉上位精鋭部隊〈処刑人ブロウズ〉が、何か行動を開始すると言うのなら、思いつくのはただ一つ。

政府サンクシオン〉への復讐だ。

 そしてマキニアンが生き残っていると軍部が気づけば、彼らの企みを察するのは簡単なことである。

「気をつけた方がいいわ、レジーニ」

 ストロベリーは、いつになく真剣な表情で言った。

「それが事実なら、そいつらきっと小猿ちゃんを取り返しに来るわよ」

「だろうな。だが、あいつがそんな連中に、おとなしく従うとは思えない。組織に入ることを拒めば、今度は消しにかかってくるだろう」

 あるいは、とレジーニは一人考える。

 彼らが欲するのがエヴァンではなく、ラグナ・ラルスであったとしたら。

 命令に従わないエヴァンよりも、余計な感情の一切を封じられ、且つ恐るべき戦闘能力を誇るラグナの方が、彼らにとって好都合なのは明白である。

 だとするなら、エヴァン・ファブレルの人格は完全抹消される可能性が高い。

 どの道エヴァンは今、存在の危機に晒されているということだ。  

「調査を続けるわ。そいつらがどんな奴らであれ、得体の知れない組織に、アタシたちの小猿ちゃんが連れて行かれるなんて嫌よ」

「頼むよ、ストロベリー」

「まかせといて。それより、もうひとつ気になることが出てきたわ」

「なんだい?」

「アナタ昨日、アルちゃんとローの所に行ったわね? その時誰か見なかった?」

 瞬時にして脳裏に浮かんだのは、大鳥門の所ですれ違った、アッシュグレーの髪の男だ。

「ローから連絡があったの。その男、ローが〈パンデミック〉跡地で見つけたものに関して話を聞きに来たんだって」

「ローが〈パンデミック〉跡地で見つけたものって……」

 その条件に当てはまるものは一つしかない。エヴァンが収められていた、凍結睡眠装置だ。

「そいつ、どうやらブラッドリーが庇護してる奴らしいの。だから、要求に応じないわけにはいかなかったローは、とりあえず事実を話したって。でも“中身”については何も話してないそうよ。相手は“中身”にも興味があったみたいだけど。ねえ、これって、小猿ちゃんを捜してるのよね?」

 険しい顔つきのストロベリーは、バッグから折り畳んだ紙を取り、レジーニに渡した。

「正体不明の組織と関わりがあるかどうかは知らないわ。もし関わってるとしたら、そいつを庇護してるブラッドリーも、一枚噛んでることになる。ブラッドリーの目につかないように、その男を調べてみたわ。バレないかひやひやものだけど」

 渡された紙を開き、レジーニは素早く目を通した。

 書かれている内容を把握し、ストロベリーと顔を見合わせる。レジーニの無言の訴えを理解したストロベリーは、重々しく頷いた。

 この男・・・が何の狙いをもって、凍結睡眠装置を――ひいてはエヴァンを捜しているのかは測りかねる。しかし、次に誰の元を訪れるのかは察しがついた。

 危険な人物かどうかは分からない。だからこそ、警戒しなければならなかった。

 レジーニは急いで携帯端末エレフォンを操作し、耳にあてた。

「間に合ってくれ、先生」


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