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TRACK-4 接触者 2

 グリーンベイの幹線道路を、西に向けて走る。車内では同乗者に合わせて、洒落たカフェ・ミュージックをかけている。軽快なボサノヴァが耳に心地いい。誰もが知っているヒットナンバーをカバーした楽曲集だ。選曲には自信がある。

 レジーニは愛車のハンドルをりながら、時折助手席のアルフォンセを横目で見た。彼女は車内BGMを気に入ったらしく、リズムに乗ってかすかに揺れている。

 表情に明るさが戻ってきていた。今日連れ出したのは正解だったようだ。

「本当にびっくりしちゃいました。だってレジーニさん、デートだなんて言うから」

 可憐な微笑みを浮かべ、アルフォンセがこちらに顔を向ける。

 レジーニは軽く肩をすくめておどけた。

「驚くようなことかな。これだってデートの一種だと思えなくもないだろ? 何なら、用が済んだら正式なデートに切り替えたっていい」

「もう、またそんな冗談ばっかり」

 レジーニの言葉をまったく真に受けないアルフォンセは、くすくすと笑った。この反応に、レジーニの男としての自尊心は、少なからず揺らいだ。

 レジーニにとってアルフォンセ・メイレインという女性は、得難い専属武器職人アーメイカーであり、友人であり、妹のような存在だ。ある意味では特別だが、今以上の仲に発展することなど考えられない。それはアルフォンセも同じ考えだろう。

 二人の間に、エヴァン・ファブレルという人物がいなかったとしても、結果は同じであろうとレジーニは思う。

 しかしながら、こうあっさりとデートの誘いを一蹴されては、男のさがも形無しである。

「まあ、つまりそういうことだよ。あいつとドミニクもね」

 レジーニの一言に、アルフォンセは口をつぐんだ。

「僕と君との間に、友情以外の感情がないのと同じだ。姉弟のようなものだという表現は、まさしくそうなんだろうよ。君の知らないエヴァンを、別の女性が知っているというのは、君からすれば気分のいいものじゃないだろうが、落ち込む必要はない」

 理性的に話すレジーニに、アルフォンセは薄く笑って頷いた。

 彼女がエヴァンと過ごした時間より、エヴァンとドミニクが共に過ごした時間の方が、当然長い。だが、その超えられない時間差の壁は、考える必要はないのだ。エヴァンとアルフォンセには“この先”がある。二人の時間は、これから積み重ねていけばいい。


(やれやれ、いつから恋愛相談係になったものか)


 ドミニクという、好きな相手の異性の幼なじみの出現は、それまでライバルらしいライバルのいなかったアルフォンセにとっては、大いなる脅威だったに違いない。

 今日誘ったのは、大事な友人を激励するためであった。

 冗談めかして「デート」などと称したが、ちゃんとした目的があるのだ。

 レジーニの黒いスポーツカーは、幹線道路からはずれ、徐々に車通りの少ない方面へと進んで行き、やがて地下へと続くトンネルに吸い込まれていった。

 トンネルの向こうには、同じシティ内とは思えない異国の光景が広がっている。


 

 経営破綻で閉鎖放置されていた地下街に、流れ者アウトローたちが集まって形成されたアンダータウンには、外大陸から渡ってきた外国人で支配されている。

 一歩踏み込めば、そこはもうアトランヴィルではない。独特の熱気と匂い、耳慣れない言葉で溢れかえる異空間である。

 鮮やかな赤い大鳥の彫像と、いかめしい門番二人に迎えられて一軒の屋敷に入ると、屋敷の主人がひょこりと顔を出した。

 作務衣を着た外国人の男は、レジーニとアルフォンセの訪れに、満面の笑みを浮かべた。

「ヤーヤー、シャイナじゃないの。それに嶺花リンファも! 別嬪ドコロが二人も来てくれて嬉シイねー」

 この屋敷の主人であり、裏地下街アンダータウンのあるじファイ=ローは、いそいそと二人を居間に案内した。その際彼は、アルフォンセの肩に手を回し、さりげなく自分の方に引き寄せた。

嶺花リンファが来てくれてホント嬉しいヨー。パイ茶がイイね? 茉莉花茶ジャスミンティーがイイね? 美味しい点心もあるヨ。桃包タオバオ胡麻団子、どっちにスルかネ?」

 アルフォンセを嶺花リンファと呼び、蝶よ花よと可愛がるローは、自分とレジーニを差し置いて彼女を一番上等な椅子に座らせた。

「あの、どうぞお構いなく、ローさん」

 アルフォンセが控えめにそう言うと、ローはますます表情を緩ませるのだった。

「嶺花、私のコトは小父様ダボと呼んでおくれと言ったジャナイの。あ、トコロで今日はどんなご用事? クロセストのパーツが欲しいの? 何でも揃えてアゲルよ」

 レジーニのブリゼバルトゥのチューンナップに使用されたシステムパーツは、ローから手に入れたものである。廃墟から金目のものを掘り出す〈墓荒らし〉の頭領であるファイ=ローは、あらゆる武器の改造パーツを保有しており、裏稼業者相手に取引している。

 アルフォンセに武器のチューンナップを頼むにあたり、レジーニは彼女とローを引き合わせた。清楚でたおやかなアルフォンセを、ローはひと目で気に入り、以来何かと贔屓にしているのである。

 レジーニの〈ブリゼバルトゥ〉の小型変形を可能にした変形器トランスフォーミュラも、ローから仕入れたものだ。変形器はかなり希少価値が高いうえ、裏の市場になかなか出回らない。それゆえに売買価格も跳ね上がるのだが、ローは破格値で売ってくれたのだった。彼のアルフォンセへの入れ込みようが伺える。

 だが今日は、パーツが欲しくてここまで来たのではない。

「ロー、僕の存在を忘れて、アルにぺたぺた触るんじゃない。例の物が出来たと連絡を受けたから連れてきたんだぞ」

「ん? ああ、アレね。はいはい」

 頷きながらローは、名残惜しげにアルフォンセから離れた。

「嶺花、チョット待っててね」

 アンダータウンの主は、一旦居間の奥へと姿を消し、程なくして戻ってきた。彼の手には、古めかしい小箱が収まっていた。

「はい嶺花。お待ちかねのものだヨ」

 差し出された箱を、アルフォンセは受け取る。小箱の蓋には、異国――ローの故郷に伝わるドラゴンの彫刻が施されてあった。古びてはいるが、作られてから今日こんにちに至るまでに積み重ねた年月が、独特の風味を纏わせた美しい小箱だ。

中身に心当たりはあった。はやる気持ちを抑えて、そっと蓋を開けた。

「わあ……」

 ビロード地の敷布の上に並べられたそれを目にした途端、アルフォンセの唇からは感嘆の溜め息が漏れた。想像以上の出来栄えに、うっとりと見惚れる。

「どう嶺花、なかなかのモノでショ?」

 アルフォンセの素直な反応に気を良くしたローは、破願して何度も頷いた。

「素敵です。こんなに綺麗に作ってくださって、ありがとうございます」

「うん、作ったのは職人ダケドね。嶺花のお礼の言葉は、私が代表してもらっておくヨ」

「でも、こんなすごい品物なのに、先にお支払いした分じゃ足りないですよね。あとおいくらですか?」

「ナニ言ってるの! 嶺花からこれ以上もらえないヨ!」

 とんでもない、とばかりに、ローは首と両手を大きく振った。

「イイのイイの、そんなコト気にしなくて。嶺花が喜ぶ顔が見られれば、私はソレでいいの」

「だけどそれじゃあ」

「そのままもらっておけよ、好意なんだから問題ないさ」

 間に入ったレジーニが後押しする。箱の中を覗き込み、小さく口笛を吹いた。

「これは立派過ぎて、あいつにはもったいないな」

「そうでショ? でも、嶺花のためだからネ。チョット悔しいけどネ」

「ありがとうございます、小父様ダボ

 小箱を胸に抱え、アルフォンセはローに深く頭を下げた。ローは“小父様ダボ”と呼ばれたことへの喜びを、締まりなく緩ませた目元口元に表すのだった。

「ああ、それとネ嶺花。コレもおまけであげるヨ」

 ローは懐から、鮮やかな赤い小瓶を取り出し、アルフォンセに持たせた。小瓶の中には、何かの液体が入っている。

小父様ダボ、これは?」

「何の変哲もない栄養ドリンクね。男が飲むとスゴク元気になるね。女が飲むとスゴク敏感になるね。いいコトする前に二人で飲んだら、モノスッゴイコトになるね」

「モノスッゴイコト?」

 意味が分からずきょとんとしていると、レジーニの手が勢いよく伸びてきて、小瓶を奪い取った。

「そんなものはいらん! ロー、彼女に妙なことを吹き込むな、そのうち怒られるぞ」

「嶺花に怒られても、可愛いカラ怖くナイよ」

「この僕に、だ」

「それなら降参」

 神妙な顔つきで頷き、ローは両手を天井に向けるのだった。

 アルフォンセは再び小箱に目を落とす。素晴らしい出来栄えの中身をじっと見つめながら、脳裏には自然と、ある人の顔が浮かび上がる。

 これ・・を思いついたのは先月である。思いついたきっかけは、ローから聞いた話だった。

(喜んでくれるかな)

 初めは、きっと喜んでくれるだろうという確信があった。渡した時の反応を想像し、一人微笑みながら、完成を待ちわびていた。

 でも、今はどうだろう。喧嘩別れになったも同然の状況である。

(ちょっとだけ早いけど、仲直りのきっかけにしても……いいかしら)

 物でごまかして許してもらうつもりはない。けれど、仲直りをするなら早い方がいい。

 喜んでもらえるなら――。

 蓋を閉じる。勇ましい龍が、中身を守るように牙を剥く。アルフォンセは龍の彫刻を、白魚の指でそっとなぞった。


 

 彼女の様子を、レジーニとローは、少し離れた所で見守っていた。

「熱っぽくて切ない目、恋をしてる目だネ。あんなが、アンタじゃなくて小炎シャオヤンに惚れてるなんてねェ。ま、たしかに小炎、いいオトコだよ、オツム以外はネ。シャイナ、アンタ寝取りたくならないの? 媚薬なら種類も在庫も豊富ヨ?」

「いい加減にしないと本当に怒るぞ」

「ヤ、分かった。もう言わない。代わりに別の話、しようかネ」

「なんだ」

 へらへらしていたローの表情が、一瞬にして、裏地下街の主の仮面を纏う。

「ここ最近、地上ウエからキナ臭い噂が流れてきてるよ。そろそろ苺羅メロも調べ始めてるんじゃナイかな」

 苺羅メロとは、情報屋にしてドラッグクイーンである、ママ・ストロベリーのことだ。

「キナ臭い噂?」

「うん。妙な連中の影がチラついてるって。特に揉め事起こしてるってワケじゃないらしいケド、正体不明の組織なのヨ」

「組織だって? 規模は?」

「はっきりとは言えない。だけど、かなりデカイみたい。で、そいつらを追って、どうやら軍部が動きそうだって言うのさ」

「軍部が? テロリスト集団だろうか」

 軍部が動くともなれば、相手は相当な巨大組織なのではないか。レジーニは眉根を寄せ、思考を巡らせた。

「そいつらについては、ボチボチ調べていくしかナイよ。だけど、気になることがね、一点ある」

「と言うと?」

 レジーニの追求に、ローは目を細めた。


「身体の一部が変形するんだってサ」


 言葉に成り代わり、鋭い目線で訴えるレジーニに、ローは頷く。

「小炎と同じなんジャない? 複数人いるらしいヨ」

「〈パンデミック〉を生き延びた、〈SALUTサルト〉の残党か」

 そう考えるより他はない。身体が変形するというのなら、アンドロイドでもない限り、マキニアンしかいないのだ。

 マキニアンは〈パンデミック〉の折、軍部によって、そのほとんどが殺された。しかし〈SALUT〉の上位チームである〈処刑人ブロウズ〉は全員が生き延びた。凍結睡眠にされたエヴァン、ドミニクとサイファー・キドナも、そのうちに含まれる。

 

 では残りの〈処刑人〉たちはどこへ行ったのだろう。

 

 様々な仮説が、次々にレジーニの脳に浮かんでくる。それらは徐々に結びつき、ひとつの大きな推測へと発展する。

 ありえないことではない。むしろ、そうであっても何ら不思議はない。

 だが、断定するにはまだ早かった。情報が少なすぎる。

「そいつら、小炎を捜してるンだと思うかい、シャイナ」

「凍結睡眠から目覚めていると知っているのなら、間違いなく何らかの形で接触してくるだろうね」

「連れ戻しに来るのかネエ」

 あるいは始末しに来るか、だ。

 レジーニは、口には出さずに付け加えた。


 

 ファイ=ローの館を辞し、大鳥門まで続く敷石を辿っていく。前を歩くレジーニが門扉を開けようと手を伸ばした時、門は勝手に開かれた。

 人一人分だけ開いた門扉の隙間から、男が一人、するりと静かに入ってきた。

 アッシュグレーの長めの髪を持つ、壮年の男である。

 男は、門の側にレジーニとアルフォンセがいることに気づき、

「失礼」

 と、丁寧に会釈した。顔を上げた彼は、アルフォンセと目が合った。

 男の表情が固まった。彼はアルフォンセを、無表情のままに見つめる。

 見つめられるアルフォンセは戸惑い、「あの……?」と声をかけた。レジーニは彼女の肩に手を回して引き寄せ、男との間に距離を空ける。

「何か?」

 レジーニの冷ややかな声掛けに、男ははっと我に返った。彼はレジーニとアルフォンセを一瞥すると、「失礼」と再度言い、足早にローの館へと去って行った。

 その後ろ姿を、警戒しつつ見送り、レジーニはアルフォンセに尋ねた。

「知り合いかい?」

「いいえ」

 しかし彼女は、不思議そうに小首を傾げるのだった。


       *


「何か飲む? 冷えたお茶あるヨ」

 テーブルに座らせた客人に訊くが、客人は片手を上げて遠慮した。

「いや、結構。さっきアイスコーヒーを飲んだばかりでね」

「あ、そう」

 断られたことに、さして気を悪くもせず、ローはただ肩をすくめた。

 男の来訪については、事前に連絡があった。素性の知れない者を招き入れたくはなかったが、男の背後についている人物のことを考えると、受け入れざるを得なかった。

「門の所で、若い男女とすれ違ったのだが」

 と、男は言う。

「彼らはどんな用事でこちらに?」

「私はお客さんのコトは、ペラペラ喋る主義じゃないよ。あの人たちの用事はあの人たちとのコト。アンタさんとの用事はアンタさんとのコト」

「道理だ」

 軽く頷いた男は、それ以上掘り下げようとはしなかった。

「ま、そういうワケだから、早いトコ話進めようよ。今日はどういう用件ナノ?」

 この男が裏社会の住人ではないことくらい、ローはすでにお見通しだ。訪問を希望する連絡を受けた時、お抱えの密偵に素性を調査させた。しかし、正体を突き止めることは出来なかった。調査の途中で“上”からストップがかけられたためだ。

 男は、アトランヴィル・シティ裏社会の〈帝王〉、ジェラルド・ブラッドリーの食客だったのだ。

 帝王が自ら庇護している人物の身辺を、許可なく調べるということは、帝王への忠誠心と信頼を欠いている、と捉えられかねないことだ。 

「ファイ=ロー。あなたは廃墟から“お宝”を掘り出すのを生業なりわいにしていると聞いた」 

「ウン、それが?」

「あなたに尋ねたいことはただ一つ」

 アッシュグレーの前髪の下から覗く双眸が、ひたとローを見据える。

「あなたが去年、〈パンデミック〉跡地で発掘したものについてだ」

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