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TRACK-3 寄らばかしまし 2

 熊の権化と噂される〈パープルヘイズ〉の店主は、連れてこられた三人の女性の顔を一人ひとり眺め、むうと低く唸った。

 三人の女性は、エヴァン、レジーニとともに、カウンターに並んで座っている。エヴァンの隣にドミニク、その隣にユイ、ロゼットと続く。

 メメント退治から戻ってきたかと思えば、予想外の珍客を連れてきたエヴァンに、ヴォルフははじめ、雷を落とそうとした。しかし、エヴァンのかつての仲間であるという事実を聞き、思いとどまった。

 客がいなくなったところを見計らい、臨時閉店の表示を店先に掲げた。邪魔が入ることなく事情を聞くためだ。

「あんたがこいつの幼なじみねェ」

 ヴォルフは、エヴァンとドミニクを交互に見る。ドミニクは礼儀正しくヴォルフに頭を下げた。

「私と彼は、子どもの頃からともに過ごし、姉弟のように育ってきました。仮の姉として、エヴァンを保護してくださったことに感謝いたします。ミスター」

「よしてくれ、ミスターなんてガラじゃあねえよ。ヴォルフでいい。しかしまあ、同じ教育を受けてきたはずなんだろうが、この人間の出来の差はどうだ。え?」

「そういう目で俺とドミニクを見比べんな、言いたいことは分かってる」

 エヴァンは目を細め、ヴォルフを軽く睨んだ。

「だいたいな、人生経験に十年分のブランクがあるんだよ。俺は身も心も純真な二十代前半。こっちはもう三十路のおねーさま」

「なんですって」

 減らず口を聞き咎めたドミニクは、すかさずエヴァンの頬をつまみ、ぎゅうとひねった。

「どの口が言ってるのかしら。この口? この口ですね、女性に対して失礼なのは」

「いてててててて! やめろって!」

 頬をつねる指を、エヴァンは乱暴に払いのける。

「まったく憎らしいこと。一言多いのは相変わらず」

「そっちは、すぐ手ェ出すのが相変わらずじゃねえか」

「お前の減らず口が無くなれば、私も手を出さずに済みます」

「女らしくなれって言ってんだよ。アルを見習え、アルを」

「アル? それは誰です?」

 問うドミニクに、エヴァンは自慢げに答えた。

「俺の未来の嫁さん」

 するとユイが、目を輝かせて身を乗り出す。

「エヴァンの彼女なの? 婚約してるんだね!」

 エヴァンが頷こうとするより早く、レジーニとヴォルフの訂正が入った。

「いいや、まだ付き合ってもないよ」

「エロ猿の妄想だ、聞き流せ」

「妄想? つまんないなあ」

 期待を外されたユイは、ふっくらとした唇を尖らせた。彼女の隣で、それまで静かにしていたロゼットが、ぽつりと呟く。

「変態ね」

 注意していなければ、聞き逃してしまう程度の音量であったが、なぜがエヴァンの耳には届いた。

「この猿が妄想癖のある変態だいうことを再認識したところで、そろそろお互いの事情を交換し合わないか」 

「まてコラ眼鏡。呼吸するように自然に暴言を吐くな」

「ええ、もちろん。私たちも、そちらのことを知りたいですしね」

「ようおねえさま、そっちもシカトするスタンスか」

 エヴァンの訴えはことごとく無視され続け、議題は進行していったのだった。



 まずはエヴァンの背景から説明することになった。エヴァン本人ではなく、レジーニの口から語られた。相棒曰く、エヴァンが話すととっちらかって・・・・・・・まとまらないのだそうである。

 凍結睡眠コールドスリープからの覚醒後、エヴァンの記憶が、作為的に不明瞭な状態であること。現在は裏稼業者バックワーカー異法者ペイガン〉として、メメント狩りを行っていること。そのさなか、サイファー・キドナと遭遇し、もう一つの人格“ラグナ・ラルス”の存在を知ったこと。

 レジーニはそれらの事情を、理路整然とドミニクらに語った。

 ドミニクは、サイファーの名前が出た時に、少し眉をひそめたが、基本的には黙って聞いていた。二人の少女も、おとなしく耳を傾けていた。

「モルジットを捕捉し、収集する〈スペル〉ですか。そんなものが開発されていたなんて、まったく知りませんでした」

 サイファーが引き起こした事件の核である〈スペル〉について説明すると、ドミニクは表情を曇らせた。

〈スペル〉は、メメントが生まれる原因である不可視の物質モルジットを、捕捉収集する装置である。

 本来ならば、メメントに対してより効果的なクロセストを開発するために、モルジットの実態を調べつくす目的で造られたものだった。ところがのちに、収集したモルジットで人工的にメメントを生み出し、それらを軍事利用するという計画が立ち上がった。

 実際にこの計画が実行されることはなかったものの、〈スペル〉を盗み出したサイファーが、装置を起動させようと事件を起こしたのであった。

 サイファーの目的は軍部と違い、個人的なものだった。それでも、起こした事件が非人道的であったことには、僅かの差もない。

「人工的なメメントの製造計画。もしそれが本当だとするなら、一体私たちは何のために戦ってきたのでしょう。こんな身体になってまで」

 ドミニクは下唇を噛み、隣のユイとロゼットを見やる。

「この子たちは、我々よりももっと幼い頃に、細胞置換を施され、〈SALUT〉の候補生として教育されていました。ゆくゆくは私やエヴァンと同じ〈処刑人ブロウズ〉に加入したことでしょう」

 エヴァンは舌打ちした。〈処刑人〉。耳に入れたくない単語であった。

〈SALUT〉を構成するマキニアンの中には、最も強力な細胞装置ナノギアシステムを搭載した者たちが十一人存在した。

 軍部最強の少数精鋭部隊、その名を〈処刑人ブロウズ〉という。

 エヴァンは粗悪体とされながらも、その部隊に所属していた。正確には“ラグナ・ラルス”が、である。エヴァンの頭の中からは、〈処刑人〉に関する記憶は失われていたが、サイファーの口から明かされたのだった。

 サイファーが、エヴァンの本当の人格がラグナだと思い込んでいたのには理由がある、とドミニクは言った。

 簡単な事実だ。サイファーは最後に加わった〈処刑人〉の正規メンバーなのである。彼が加入した時、エヴァンの人格はラグナに矯正されていたのだ。

 エヴァンとラグナの正体については緘口令が引かれており、エヴァン・ファブレルという人物は存在しなかったことにされた。エヴァンを知らないサイファーには、当然のことながらラグナこそが本性だと認識される結果となった。

 もともと一匹狼気質であったサイファーは、他のマキニアンと言葉を交わすこともあまりなく、かつてエヴァンという人物がいたのだという事実に、行き着くこともなかった。

「それよりも奇妙だったのは」

 と、ドミニク。

「私を含む一握りのメンバー以外は、エヴァンとラグナについて緘口令が下されたことに、何の疑問も抱いていないようだったことです。まるで、そうなることが当然だったと言わんばかりに」

「人格矯正は、もとから定められていたことだったと?」

 レジーニの碧の瞳が、怪訝そうに歪んだ。ドミニクはゆるく首を振る。

「そこまではなんとも。一度ならず上層部に問い質しましたが、梨のつぶてで……。結局何も分からないまま、私たちは散り散りになってしまいました」

 エヴァンはというと、自分の身に起きたことを、どう受け止めるべきか判断しかねる状況にあった。

 何もかも自分の知らないところで進行していった事柄である。今がすべてと考えているエヴァンにしてみれば、厭な昔など掘り返したところで何になるか、というものだ。

 だから、

「どーでもいいじゃん、んな昔のことはさあ」

 というのが本音であった。

 それを迂闊にも口に出したものだから、レジーニとドミニクの双方から、脇パンチを食らう体たらくである。

 悶絶するエヴァンをさておき、ヴォルフが締めくくるように言った。

「まあ、その点に関しちゃあ、今はどうしようもねェな。このとおり、当の本人がポンコツとくりゃ、解決の糸口すら掴めやしねェ。今度はそっちの話を聞こうか」

「そうですね。では……」

 ドミニクが居住まいを正した、ちょうどその時だった。

 

 からん、というドアベルが、店内に鳴り響いた。臨時閉店の表示があるにも関わらず、一体誰だろうかと、全員の視線が入り口に注がれた。

 十二の瞳から一斉に見つめられ、来店者はびくっと肩を跳ねさせた。

「えっと、あの……」

 戸惑い、店内の面々を見回すのは、アルフォンセであった。

 アルフォンセの姿を見た途端、脇腹のダメージを忘れ去ったエヴァンは、いそいそと駆けて行き、彼女を迎えた。

「アル、待ってたよ。急に呼び出してごめんな」

「ううん、それはいいの。それより、どうかしたの?」

 アルフォンセは、ちらちらとカウンターに視線を送る。見知らぬ人物が三人もいるのが気になるようだ。

「アルにも紹介しておきたくてさ。俺の昔の仲間なんだ」

 エヴァンは、アルフォンセのたおやかな手を取り、カウンターまで連れて行った。

「アル、こいつ俺の幼なじみでドミニク。後ろにいるのがユイとロゼット。三人ともマキニアンなんだ。みんな、この子はアルフォンセな」

 紹介されたドミニクは、すっと立ち上がり、女戦士として鍛えられたしなやかな右手を差し出した。

「ドミニク・マーロウです。よろしく」

「あ……アルフォンセ・メイレインです」

 握手に応えるアルフォンセのフルネームを聞くと、ドミニクは驚いたように両目を見開いた。

「メイレイン? もしやとは思いますが、お父様のお名前はフェルディナンドですか?クロセスト開発者の」

「はい」

「まあ……」

 二人の女性の視線は、しばしの間絡み合っていた。彼女らそれぞれの胸に去来する想いは、エヴァンの与り知らぬことであった。


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