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TRACK-2 変異の系譜 5

 異法者ペイガンとしてメメントを退治するようになってから、レジー二とともに、何度もこのような廃墟に訪れた。昼日中から行動する種が増えたとはいえ、基本的にメメントは、人気ひとけのない暗闇や、空気の淀んだ場所に潜むのを好む。普段はそういった所に身を忍ばせ、夜間に“狩り”を行うのだ。

 

 エヴァンはホルスターから、対メメント用武器であるクロセストの銃を二挺抜き、両手に握った。もとは中古品であったこの銃は、アルフォンセの手でリペアされ、性能向上を果たしている。

 埃と塵が粉雪のように舞い、瓦礫の小山が点在する廃ビル内を、エヴァンは特に警戒することなく進む。どこにメメントが潜んでいるやも知れぬ状況だが、ある程度の気配を感じ取れるため、その気配を追えばいいのだ。

「とっとと出て来ーい。いるのは分かってんだぞ」

 ややふざけた口調で、気配のする方向に言葉を投げる。

 ざくざくと砂利を踏みしめながら、敵がいるであろう方向へと足を運んだ。

 廊下に隣接した壁の隅に、それはいた。先日遭遇したメメント、フェイクジョーと同じくらいの大きさだ。胴体は黒っぽい体毛に覆われ、指のない四肢が、にょっきりと生えている。首と頭部は無く、本来それらがあるべき部分からは、胴体と同じくらいの長さの角が突き出ていた。

 奇怪なメメントは、角の重さに耐えながら、ふらふらとうろついている。目や鼻、耳さえもないメメントには、感覚器官そのものが備わっていないのか、エヴァンの接近にも気づいていないようだった。

「また妙なカタチの奴だなあ」

 手応えのなさそうな相手とみるや、エヴァンはつまらなそうに頭を掻いた。しかしながら、見過ごすことは出来ない。無抵抗の相手に武器を向けるのはいささか不本意だが、メメントにそんな憐憫は通じない。

 エヴァンは片方の銃をメメントに向けた。

 と、その次の瞬間。

 どこからか、濃厚な気配が熱風のように押し寄せてくると同時に、壁が外側から打ち破られた。

 新手が現れたか、とエヴァンは身構え直す。迫る気配は、目の前の角頭より強い。

 砕かれた壁の破片が、地面に崩れる。白いコンクリート片の舞う中から、毛むくじゃらの影が飛び出した。

 角頭よりも大きな体格のメメントだった。筋骨隆々の胴体は、角頭同様、毛に覆われている。角頭との明らかに違うのは頭部の存在だ。どこか牛に似た頭部からは、二本の角が生えていた。

 牛に似たメメントは、角頭に掴みかかって覆いかぶさると、その一本角を付け根からもぎり取った。肉の引きちぎれるおぞましい音と、天井まで吹き上がる体液と肉片が、エヴァンの耳や視界を揺さぶる。降り注ぐ体液から逃れるため、エヴァンは慌てて後方に跳んだ。

 逃げる暇も抵抗する隙も与えられなかった角頭は、断末魔を轟かせることなく倒れ、あっけなく事切れた。角を失った胴体から蒸気が立ち昇り、分解消滅が始まった。

 牛頭のメメントは奪った角を振り回し、勝利の雄叫びを上げた。そして、消滅していく同属のむくろを、角で滅多打ちし始めた。

「なんだ、こいつ」

 メメントの奇妙な行動に、エヴァンは眉をひそめた。

 メメントは人間や動物を喰らうが、時に共食いをすることもある。どちらにせよメメントは、食べるために殺すのだ。

 だがこのメメントは、殺した同属を食べるどころか、死骸を弄んでいる。完全に消滅し、姿かたちの無くなった後も、吼えながら角で地面を叩き続けている。

 こんな行動をとるメメントは初めて見た。

 それに。

(角頭とコイツ、なんか似てるな)

 同じような色味の毛に覆われた体に、角の存在。エヴァンの脳裏に、車の中でレジー二から聞かされた話がよぎる。

 強いメメントから発せられた変異情報を受け、新しいメメントが誕生する――“影響変異(アフェクト・ミューティ”。

 これまでは、似た特徴を備える別種のメメントと、同時に出くわすことがなかったので、あまり気にしなかった。だが、角頭と牛頭の特徴には一致する部分が多く、別にいるであろう強いメメントの影響を受けて生まれたメメント同士だと考えるのは、難しくない。

 この場合、牛頭の方が上位種で、角頭は下位変異を遂げた結果だろう。

(ひょっとしたら、このビルのどっかに、こいつらの親玉がいる可能性も……)

 牛頭が角を投げ捨てた。鼻をひくつかせて、何かの匂いを嗅いでいる。こちらの存在に気づいたか、と、エヴァンは再び戦闘体勢をとった。

 牛頭の黒い目が、エヴァンの方に向けられた。

「お、来るか」

 二挺銃を構えて、牛頭に狙いを定める。

 牛頭が咆哮を上げながら突進してきた。エヴァンは微塵も慌てず、メメントの頭部と胴体に狙いを定め、クロセスト銃を撃った。

 二つの銃口から放たれたエネルギー弾は、一、二発角に当たり、ややメメントの勢いをいだ。続けて撃った弾は、見事に脳天と腹部を貫通。エヴァンに襲い掛かろうとした牛頭は、あっさりと地に落ち、臭い蒸気を発生させた。

「なんだ、見掛け倒しかよ」

 実に歯応えのない結果に、エヴァンはまたしても拍子抜けするのである。

 建物内の探索を再開した。隅々まで目を行き届かせたのだが、どういうわけかメメントは一体も出てこなかった。

 

 八階に降りた時、耳に嵌めたイヤホンが、小さな機械音を鳴らした。レジー二の声が聴こえてくる。

『エヴァン、そっちの様子はどうだ』

「二体出た。頭が角の奴と、牛っぽい奴一体ずつ。そっちは?」

『同じだ。どちらも大した能力じゃなかったが』

「なあ。ここで殺された作業員のほとんどがメメントになったとして、これじゃ少なすぎじゃねえか?」

『そうだな、静かすぎる。ともかく探索を続けよう』


 二人は、ビルの中間地点の五階で合流した。各々の探索結果を報告し合い、事態の奇妙さに眉を顰めた。

「牛頭と角頭以外にいたか?」

 エヴァンが尋ねると、レジー二は肩をすくめた。

「いや。だが、ここのメメントは何か妙だな。牛頭が角頭より上位なのは分かるが、捕食するでもなく、ただ殺すだけだ」

「だろ。喰いもしないで殺すだけのメメントなんか、今までいたかよ」

「少なくとも、異法者ペイガンのデータベースにはなかったな。これまでとは異なる生態を持った新種か……」

「殺しが趣味のメメントなんて、気色悪いにもほどがあるぜ」

「おまけに個体数が少ない。エヴァン、メメントの気配は感じないのか」

 言われてエヴァンは、神経を研ぎ澄ませ、周囲に怪しい気配がないかを探った。しかし、何も感じなかった。

「いや、何も無ェな。ほんとうにこれで終わりか?」

 暴れ足りないエヴァンは、不服そうに唇を尖らせた。レジー二は、やれやれと首を軽く振る。

「いないものはどうしようもない。一旦ここを出るしかないだろ」

 そう言うレジー二も、あまり納得がいかない様子だった。

とはいえ、いもしない敵を求めて、廃ビルをうろつき回るのも不毛である。あるいは、すでに行動範囲を広げ、違う場所に移動している可能性もあるのだ。一度出直すべきだろう。

 下に降りる階段へと、二人が足を向けた、その時だった。



「止まりなさい」


 背後から声がした。女の声である。

 エヴァンとレジー二は互いを横目で見て、視線で言葉を交わす。

 

 ――気づいたか?

 ――いや。


 二人とも、背後から何者かが接近するのを感じなかった。

 振り返ろうとした二人を、女の声が制する。

「動かないで。あなたたち二人に照準を定めています。武器を置き、両手は頭の後ろへ、ゆっくりとこちらを向きなさい」

 女の物言いは丁寧だが、口調は強く揺るぎなかった。

 エヴァンとレジー二は、女に気取られない程度のアイコンタクトを交わし、それぞれのクロセストを、そっと地面に置いた。

 言われたとおり、両手を頭の後ろに置いて振り返る。

 背の高い女が一人、大型の銃を二挺構えて立っていた。銃口が狙い定めているのは、もちろん彼らである。

 肩にかかるくらいの髪は栗色で、目は藍色。身体にフィットした服を身に纏っているため、ボディラインがはっきりと分かる。豊かに盛り上がった胸とくびれた腰は、大勢の男の視線を集めてしまうだろう。

「お前たちは何者ですか。ここで何をしているのです」

 返答拒否はさせない、とでも言うかのような、高飛車な言葉である。

「それはこっちも聞きたいんだけどね。君こそ、こんなうらぶれた場所で一人、何をしているんだ」

 と、レジー二も問い返す。

「質問に質問で返すのは許しません。私が尋ねているのです、答えなさい」

「怪物退治、と言ったって、信じやしないだろう?」

 ニヒルな笑みを口元に浮かべ、レジー二は敢えて正直に、だが冗談めいた口調で答えた。

 女は、レジー二の答えを嘲笑で受け止めた。

「お前たちの出る幕はありません。奴らは私が駆除しました。お前たちは、裏社会にいる異法者ペイガンなどという連中ですか?」

「駆除した? なぜメメントを追っている?」

「その問いに答える義務はありません」

 レジー二と女との間で交わされる腹の探り合いを、エヴァンは黙って聞いていた。エヴァンの視線は、女に注がれていた。


 彼女を、知っている。


 過去の記憶のほとんどが曖昧になってしまった状態でも、ある程度は思い出すことができる。〈SALUT〉所属時代に交流のあった人々の記憶は、時々脳裏に蘇ることもある。

 そんな中で、一際鮮明に思い浮かぶ人物がいた。エヴァンと同い年で、ただ一人の同期入隊兵であり、友達だった人物だ。

 幼い頃、一緒に訓練した間柄だった。女の子でありながら文武成績は誰よりも高く、組み手練習では一度も勝てなかった。成長し、〈SALUT〉に配属されてからの彼女は、めきめきと頭角を現し、粗悪体扱いのエヴァンを置いて、部隊の重要な戦力となった。

 泣きたいほどの懐かしさがこみ上げてくる。

 エヴァンの視線に気づいたのか、女もまた、彼を見た。

 藍色の双眸が見開かれる。

「そんな……まさか」

 信じられないと言わんばかりに、女は首を横に振った。


「ドミニク」

 彼女の名前を口にしたのは、一体いつ頃振りだろうか。

「ドミニク・マーロウ、だろ?」


 女――ドミニクは、それまでの冷徹な仮面を脱ぎ捨て、驚きに満ちた表情で、じっとエヴァンを見つめた。


「俺だよ。覚えてるよな?」

「ラグナ……? いえ、あなたは、どっち・・・?」

「今の俺はラグナじゃない。エヴァン・ファブレルだ」

「エヴァン、ですって?」

 ドミニクは藍色の目を見開いたまま、エヴァンの目を覗き込む。

「本当……なの?」

 ドミニクの表情から、疑いの色が徐々に薄れていく。構えていた銃を降ろし、一歩また一歩と近づいてくる。

「ラグナではないのですね」

「ああ」

 頷いて答えた途端、ドミニクの手から銃が落ちた。緊張を解き、顔を綻ばせ、両手を広げてエヴァンを抱き締める。


戻ってきたのね・・・・・・・エヴァン・・・・


 エヴァンもまた、ドミニクの背中に腕を回した。

 十年振りに触れ合う仲間の存在を、全身全霊で感じるのだった。


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