どうか、善行を積ませてください
パルプンテを唱えたら戻りますか?
お願いします、なんでもします、なんでもするとは言ってません。
こまっているのです。
とても困っているのですよ。
困ると囚われるは同じ国がまえなので、国に囲まれた木も人も、もう逃げられないのですね。
嗚呼、ワタシの善意のかたまりが固まってまた、国に囲まれているの。囲むのも国がまえ、この国は一体どうなっているのかしら。あら、国も玉が囲まれて逃げられないですね。
いいですか、あなたが最初に、道を尋ねました。駅は何処ですか、と。
ワタシは、人に親切にするのが大好きなので、道を教えたのですよ。
だって、感謝されると脳が喜びますからね。
脳内麻薬が溢れて多幸感で胸いっぱいなのです。
駅は、この道を、ええ、最初にいた地点とは違いますね。
だってワタシは、あなたを案内したわけですから。
喜ばれたくて、つまりは感謝されたくて。
正しい道を示してあげて、あなたには喜ばれ、御礼を言われると嬉しいのですよ。
ワタシの今日という日のこの一瞬が、何かとても善きもので満たされる瞬間に、世界は輝いて見えるのです。
ええ、わかっております、幻想です。
脳内麻薬の成せるワザですから。
それでも、この一瞬こそが、ワタシとあなた、ワタシと善き世界との一体感で、宙に浮くような心地になるのですね。
ワタシの口角は上がり、普段は隠された笑窪ができて、どこか慈愛に満ちたカタチとなるのですよ。
つまり、でも、ですから。
あなたがここで、落とし穴に落ちなければ。
聖人のままでいられたのですけれど。
これは一種の賭けみたいなものでしてね。
ワタシはいつも通り、いつもと同じ、一日一回の善行を目指して、あなたに出会い道を教え。
駅に行くまでの道に、分かれ道があったでしょ?
ひと目に付きにくい細いほそーい道でね、地元の人間なら、近道になって駅近くまで出れるのですよ。
途中、山の方に間違えて行く人が、年に数人出てしまうのですけれど、ね。
嗚呼、ひゅーひゅーと声が出ていますから、あと少しかもしれませんね。
ワタシは感謝されたくて道を案内したのですよ。
ですがごくたまに、もしこの道を案内したらどうなるのか、見たくなってしまいまして。
善行を積むように教わってきたワタシの、イタズラ心のような、ただひとつの反抗かもしれないですね。
嗚呼、パルプンテを唱えますか?
ワタシの善意に魔が差しませんよう、あなたを駅に連れて行きますよう。
きっと、この小さな善行が、あなたの道を明るいものに示しますように。




