2話
「・・・まてまて。なんじゃコリャ」
ドラゴンは獲物を探すようにノシノシと林の方へと向かっていった。
「何って、ドラゴンよ。見たら分かるでしょ?」
「わかる。分かりますよ。でも、ドラゴンなんて空想上のモンスターの話でしょっ!」
「でも、その目で見たでしょ?それにここは魔法が使える世界よ?ドラゴンくらい普通でしょ」
「・・・まじかよ」
蒼慈と華奈恵がそう言い合っている時、不意に近くで叫び声が聞こえた。
「っ!・・・今の悲鳴か!?」
「そうみたいね。あのドラゴンの仕業でしょ。行ってみましょう」
華奈恵と蒼慈はドラゴンの向かった方へと走っていった。
「あの、俺も魔法とか使えるんですか?」
さっき目の前で華奈恵が火を出してるのを見ると、やはり気になってしまう。
「もちろんよ」
蒼慈と華奈恵はドラゴンを追った。距離はほとんどなかった。
「いたわ。・・・そうねちょうどいいわ。あなた、魔法試してみる?」
ちょうど林を抜けたところにドラゴンはいた。蒼慈達はドラゴンの真横10mほどに立つことになった。
ドラゴンの体長は10mほどの大きさで成人男性が5人いても足りないくらいのおおきさだった。
全身には剣など効きそうにもない硬そうな赤い鱗で覆われて、いかにもドラゴンといった感じだった。
そして、さっきの悲鳴の正体はドラゴンの前で腰を抜かしている女の子だった。
「ひ、ひぃぃ・・・だ、誰か・・・助けて・・・」
涙をボロボロと流しながら少女は助けを求めていた。
「魔法とか俺使い方知らないんだけど。それよりこの状況ヤバクないですか?」
「簡単よ。あなたの好きなネットゲームにあるような技を思い浮かべて技名言っとけばなんとなるわ。大丈夫。大丈夫。あなたが助けれればね」
魔法なんて使い方、よもや存在すら知らなかった人間が魔法なんてものいきなり使えるはずがない。
「大丈夫。あなたなら使えるわ。」
「無理だから。そんなことより早くあの子助けてあげてくださいよ。あなたなら楽勝でしょう?このままじゃ食われちゃうんじゃないですか?」
「だから、あなたが助けてあげればいいじゃない」
「・・・はぁ。だいたい、俺には元々能力なんてないし、魔法なんて使えませんって」
しかし、だからといって放っておくわけにもいかない。
蒼慈はお人よしというわけでもないが別段冷酷なわけでもない。目の前で誰かが助けを求めているなら、なるたけ助ける努力はする。
「・・・あれ着ぐるみとかじゃないのかよ・・・もしこれで技名叫んじゃって、なんも起きなかったら・・・俺、超イタイ奴じゃん」
「大丈夫。大丈夫。こっちの世界に来たんだから、私の言ってたことも信じてくれるでしょ?それに、あなたも能力があるんだから、こちらではかなり強いのよ?」
蒼慈はいまだに信じられないでいた。いや、信じられる方がどうかしてる。
“異世界”への扉が開き、こちら側に着ても。あの高さから落下しても自分が大した痛みすら感じなかったことがあっても。目の前に空想上のモンスター、ドラゴンがいたとしても。いまだに信じられなかった。
「・・・魔法、か。使えるなら結構憧れはするんだけど・・・」
そうつぶやいて蒼慈は右手に集中する。
蒼慈は自分の体の中にある魔力なんてものはわからない。でも、魔法といえばこういうものだろう。
そして右手をドラゴンの体と自分の目線との間に手を開いて遮るような形で持ち上げる。
想像するのは鋭利にとがった氷。
蒼慈がネットゲームで使っていたキャラは魔法剣士というジョブだった。
魔法剣士は剣と魔法を使えはしたが、魔法使いのように全部の属性は使えず、蒼慈はいくらかの種類の魔法を選んで使っていた。その中でもお気に入りだったのが氷の魔法だった。
本人曰く、『かっこいいじゃん?』らしい。
「貫け、アイスニードル!」
蒼慈が叫ぶ。途端、目の前からツララが真横になった状態でドラゴンに向けて放たれる。
そして、そのツララはあっという間にドラゴンの上半身を奪って、ついでに木々を何本もぶっ倒して消えた。
夢を見ているかのようだった。自分が思ったものそのものが本当に起こるとは、しかも魔法。
「・・・マジかよ。・・・ヤバイわ。ついには俺も幻覚を・・・」
そう言って頭を抱え込む蒼慈をよそに華奈恵は泣いていた女の子へと近づいていった。
「ねぇ。大丈夫?」
少女はまだ幼さの残る顔つきで、15,6歳といったところ。
背丈は座り込んでしまっているので正確にはわからないが150cm前後といったとこだろうか。
少女の服はあまり汚れた様子はなく、怪我をしているわけでもなさそうだった。
…ドラゴンが出て腰を抜かしてヘタたり込んだ、ってとこかな。
「・・・ぁ・・・ぇ?・・・」
少女は目の前のドラゴンが突然魔法によって倒され、自分が助かったという状況がうまく飲み込めていない様子だった。
「ドラゴンはもう死んだわ。あそこで一人頭をかかえている子が助けてくれたのよ」
そう言って華奈恵は蒼慈を指す。
蒼慈はいまだに額に手を当てて、下を向いていた。
「ぁ・・・私、生きてる。ドラゴンに襲われそうになったのに生きてる・・・」
少女はやっと状況を理解したようだった。
ドラゴンの死体を見て、それから蒼慈に目線を移し自分が助かったという状況を再度確認した。