8話
あの日のことが未だに頭から離れない
毎晩毎晩
その罪を確認するかの如く
夢を見る
動く物はない
ただ異臭がするだけ
死んだように固まる自分
目を見開いて
目の前の光景に絶望した
神などいない
もしいたとしても
それは
絶対に認めない
認めてはいけない
目の前の現実を受け入れられない
転がっている
つい昨日までは動いていた
昨日と違うのは
あの優しさ笑顔ではなく
苦しそうな表情であることと
ソレだけだということ
動けない
何かが自分の上に乗っている
動けない
重さで
動けない
恐怖で
動けない
動けない
動いてはいけない
本能がつげる恐怖
この場はこのままやり過ごせと本能が言う
今
目の前でのた打ち周り
こちらに手を伸ばす
その手を掴んではならない
見捨てろ
さもなければ
自分も目の前に転がるソレ
目の前に転がる
昨日まで父親だった生首と同じ末路を辿る
絶叫を上げながら
見知らね男に犯され
殺されゆく姉と母
母は既に死に
姉はこちらを見る
そして
犯されている姉の
死んだ父の
死んだ母の
口から発せられる言葉
≪何故お前だけ…≫
あの時の匂いも
姉と母の絶叫も
肉の切れる音も
未だに忘れられない
あれは罪
見捨てた罪
姉はこちらを見る
助けを求める目
口からは
絶叫がほとばしる
≪助けて≫
助けて
助けて…と
こちらに手を伸ばす
千切れんばかりに手を伸ばす
そして
そのまま死に絶える
「っ!!!」
ガバッと少年は起き上がる。
少年の体には、嫌な汗がベッタリとまとわり付いている。
あの日から、見なくなった日は一日とない。
「・・・ふぅ」
少年は深く息を吐く。
まるで何かを堪えるように、まるで何かを必死で押さえつけるように。
あの日の恐怖を
あの日の異臭を
あの日の絶叫を
あの日の絶望を
あの日のあの時の、言葉を。
少年は、自分の部屋として割り当てられたところにある、質素なベット、この世界ではそれなりに豪華なのだろうが、から降りる。
そして、顔を洗うために水を出す。
「水流防御」
本来は水を纏うことによって、敵からの攻撃ダメージを少し減らす魔法。
しかし、今はそれに必要以上の魔力を込め、体全身を洗うように水を流れさせる。
不思議なことに、これは直に肌に当てることができ、服がぬれることはない。
「炎」
小さく呟く。
すると、小さな炎が少年の手のひらから現れる。
少年はさっきまで纏っていた水を全てそこに集める。
―――ジュッ
一瞬にして水が蒸発する。
「風」
その蒸発した空気を風で丸めて、外へ飛ばす。
なんとも、外の人たちの迷惑を考えない行動だが、本人はそんなことに全く気をかけていない。
少年はその後、グっと伸びをして、寝巻き用に用意された今着ている服を脱ぎ、いつもの服に着替える。
すると、少年が目覚めたことで、目が覚めたのか、外から龍の咆哮が聞こえる。
―――ガァァァアアア!
なんとも品のない咆哮だ、と思いながら少年は部屋を出る。
「あ、起きたのねソウジ」
柔らかい笑みを蒼慈へと向けるセリーヌ。
「朝食がさっき運ばれてきたわ。それと、後で王様が会いに来て欲しいんだって」
この朝食を持ってきたメイドがそう言っていたわ、と続け、セリーヌは席に着く。
「残りの二人はまだ寝てるの?」
蒼慈は朝食を見ながらセリーヌに言う。
「カナエはなんか、外で一人で食べるって言って早くに出て行ったわ。フレールはまだよ」
我が妹ながら、なんて呆れながら言いつつセリーヌは朝食を並べる。
ちなみに、今現在の時刻は地球で言うと、大体9時ごろだ。
昨日遅くまでドラゴンの世話、というより、ファイと話をした後、蒼慈はフレールと“契約”をした。
フレールは多分起きているのだろうけど、自分と顔をあわせるのが恥ずかしいのだろう、と思いながら蒼慈は呟く。
「初心なやつだ」
「あらあら、そう言わないで。彼女はずっと恋愛なんかしてる暇はなかったんだから」
蒼慈がフレールがいない理由に気付いたことに驚き、その後自分で続けた言葉に、自ら落ち込むセリーヌ。
「まぁ、いいや。それより、食べようか」
多分、蒼慈が起きてくるのを待っていてくれたセリーヌにそう言って朝食を食べ始める蒼慈。
「そうね」
蒼慈の気遣いがわかったのか、少し微笑みながらセリーヌも遅れて朝食をとり始める。
そんな時、フレールと言えば、
「ソ、ソウジとき、キス・・・・////」
自分で呟いた後、ボフンと顔から湯気を出しながら顔を真っ赤にさせるフレール。
特段、ソウジに対して特別な感情を持っていたというわけではない。
しかし、姉の恩人であり、なにより自分よりも強い。
そのことでフレールはだんだんと惹かれていた。
そんな時の“契約”。
ずっと戦いばかりしていたフレールにとっては始めての経験だった。
そんな時に、異性として意識している、それに恋愛感情が始めはなかったとしても、唯一の男性とキスをした。
フレールにとってはそれだけで恋に落ちるには十分だった。
「キ、キス・・・」
自分の唇を指でなぞり、その後ものすごい勢いで顔を枕にぶつける。
「~~~~~////」
華奈恵もフレールも、見た目に似合わずかなり初心らしい。
なんとなく、こういう過去は必須な気がした。