5話
彼にとって“契約者”に仕えることは誇りだった。
幼い頃からそう言い聞かされてきた。
彼ら火龍の寿命は他の龍に比べてあまり長くはない。
しかし、それ故に絶大な力を持つ。
この世界で龍はそれほど珍しい生き物ではない。
もちろんその龍種の中にも格、という物は存在する。
彼ら火龍はその龍種の中では、2番目の力を持っている。
まず、トップには神龍と呼ばれる超上級クラスの龍がいる。
それらは、主に時空を操っている。
その能力ゆえにあまり地上に姿を現すことはない。
そして、その次に火龍、水龍、風龍、地龍が存在している。
それらはその名の通り四代元素をそれぞれ操ることができる。
しかし神龍や、彼らより一つランクが下の龍よりも寿命が短く、総じて四大龍と言われる。
彼はその火龍に属しており、その上、火龍の族長を務めている。
龍は同種同士で争うなんて真似はしない。
それゆえにその龍を治める者も対して必要ではない。
しかし、火龍は族長を決める時のみ互いに争い、その地位を手に入れようとする。
何故なら、その“族長”のみが、“契約者の友”となることが許されるからだ。
皆はその名誉を得ようと、または人間という生き物に興味を持ち人間と触れ合おうという目的で、その地位を得ようとする。
彼はその思いを持ち、族長の座を狙い争い、そしてその地位を勝ち取った唯一の龍。
彼は人間という種に興味を持った。
彼ら火龍は他の龍に比べて寿命は短い。
それと同じくして人もまた短い寿命を持つ。
しかし、彼らはあまりにも弱く、脆い。
力も魔力も、人が誇る知能でさえ、龍には劣る。
それゆえなのか、人というものの“生きる”ということへの執念、執着はどの種をも凌駕している。
その力に驚き、彼は興味を持った。
それと同時に彼らの弱さを憐れんだ。
そんな時に知った“契約者”という存在。
竜種の中でも最高クラスの四大龍のうちの一匹を従えることが出来るほどの力を持った存在。
彼は“契約者”に興味を抱いた。
人でありながら強大な力を持つと言われる“契約者”に、自らが関わることが唯一許された人間に。
“契約者”は他の人間と同じように“生きる”ことに執着するのか。
“契約者”は他の人間と同じように愛する者のためなら自らの命をも投げ出すのか。
そして、“契約者”は火龍の頂点に立つ彼を本当に従えることの出来る力を持つのか。
彼は興味を持った。
それはどこか恋焦がれる乙女のように。
彼ら龍種には性別は存在しないが、もし存在していて彼が“彼女”であったなら、彼は間違いなく恋する乙女だったであろう。
それほどまでに“契約者”のことを考え続けていた。
“契約者”は大抵一種の龍としか契約しない。
それは“契約者”の力の限界を示している。
自分より先に他の龍種が契約してしまえば自分は契約できないであろう。
そのことを思い、さらに焦り、“契約者”が現れるのを待った。
そして、彼が“契約者の友”となるために火龍の頂点に立ってから50年。
龍種にとってはほんの少しの間。
四大龍にとってはそれなりの時間。
そして、まだ100年と少ししか生きていない彼にとっては、あまりにも長い時間だった。
そんな時、世界に“契約者”の魔力がフッと現れた。
≪汝が“契約者”か?≫
「・・・」
目の前の少年は首を横に振る。
≪ならば、何故我が前に現れた≫
少年と呼ぶのさえ憚られるほど幼い。
10歳にすら満たないのではないのかという年齢の少年は龍の前であるにも関わらず、堂々としていた。
「・・・忠告」
いや、あまりにも異常だった。
龍が今いるのは火山のマグマの中。
それなのに目の前にいる少年は、何事もないかのようにその中にいる。
日の光が入らず、真っ暗なマグマの中で、龍とその少年だけは何故か姿かたちがハッキリと見えている。
≪我にか?・・・何者だ≫
「・・・忠告」
少年は龍の言葉を無視し、同じセリフを2度言う。
≪・・・≫
龍もこの場にいるということの異常さに気が付く。
≪聞かせてもらおう≫
龍の言葉を聞いて、少年はコクリと頷く。
「今のままだと、貴方は“契約者”に会えない」
≪何っ!?≫
その幼さを打ち消してもまだ足りないほどの無表情さで少年は告げる。
「ここに貴方がいるとは気付かない」
四大龍は自らの力が高いことを知っている。
それゆえに人は皆、自分達を探しにくると考え、誰も近寄らないような所で“契約者”を待っている。
≪・・・どういうことだ?≫
「今代の“契約者”に、龍の力は必要ない」
故に求めるはずもない。目の前の少年は告げる。
その忠告は彼、火龍にとってはあまりにも衝撃的なものだった。
≪・・・なんだと?≫
「今代は異常」
≪・・・≫
少年の言葉に考え込む火龍。
≪人間よ。何故そのことを我に?≫
通常の龍はプライドが高い。
いや、高すぎると言っても過言ではない。
それゆえに人は龍を称え、機嫌を取る。
このような態度を取る人間がいれば、その地域は焦土になることは間違いないだろう。
しかし、今の火龍にそんな余裕はない。
「今代に存在を知らせる必要がある」
火龍にとって、第一は龍としての誇りではなく、“契約者”だからだ。
≪・・・どうすればよいのだ≫
龍が人に意見を、ましてや助言を求めるなんてことはありえない。
それほどまでにこれは異常なこと。
歳に似合わぬ雰囲気をかもし出す、人では入ることの出来ぬ場所に平然といる少年。
誇りよりも自らの興味を優先させる幼き龍。
過去になくらい強い“契約者”。
何もかもが異常だった。
「目立てばいい」
≪どのようにしてだ?≫
「・・・」
少年の返答は無言。
これ以上は自分で考えろということなだろう。
≪忠告感謝する≫
龍がそう告げると少年はコクリと頷き、フッと消える。
まるで元々、彼がいなかったかのように。
≪目立たねばならんのか・・・≫
100年と少ししか生きていない彼には、いや龍にとっては理解し難いことであろう。
彼らは存在しているだけで目立つのだから。
そして、“契約者”を求める龍は動き出す。