4話
ドラゴンの口からブレスが放たれた瞬間、フレールはもうダメだと思って目を閉じた。
「っ!」
死を覚悟する。
フレール自身は蒼慈は仲間だと思っていた。
しかし、どうやら違ったようだ。
(あぁ・・・私の一人よがりだったのかな、契約してないからかな・・・もし、助かったら契約してもらおうかな)
キュッと目を閉じて、姉の上に覆いかぶさりながらフレールはそんな事を考えていた。
そして、その瞬間を閉じた目の暗闇の中で待つ。
「ギャァァ!?」
しかし、その瞬間が来ることはなかった。
ドラゴンの悲鳴を聞き、フレールは目を開ける。
「!?」
そこには信じられない光景が映っていた。
「おぉ、案外上手くいくもんだな」
ドラゴンの両翼、両腕、両足、そして尾に氷の氷柱が突き刺さっており、蒼慈がドラゴンを地面に縛りつけて、いや貼り付けていた。
「そんなに大きな物じゃないけどさ、貫通するとやっぱ痛いだろ?」
ニヤリと悪党のような笑みを浮かべ、ドラゴンの目の前に立つ蒼慈。
「蒼慈!まだドラゴンは死んでないわよ!」
上空から華奈恵が降りながら、蒼慈に注意を促す。
「いや、殺すつもりないし」
「ガァァ」
蒼慈が華奈恵へと目線を向けた隙に、ドラゴンがブレスを吐こうと口を開ける。
「ソウジ!」
―――ズシュッ!
鈍い音がして氷柱がドラゴンの口を上から落ち、ささった。
「コラコラ、暴れるなって」
黒い笑みを浮かべたまま蒼慈は、ドラゴンにより近づく。
「まだ、死にたくないだろ?」
フレールは蒼慈の言葉にゾッと背筋が冷えたのがわかった。
対象をドラゴンとして考えた上での殺気。
自分に向けられているわけではない、それなのにこれほど恐ろしいと感じるのは何故だろうか。
「お前の選択肢は2つ、俺のペットになるか、それとも死ぬか・・・さぁ、どっちがいい?」
「・・・」
ドラゴンは蒼慈の氷柱によって強制的に口を閉じられているため、話すことが出来なかった。
王の話によると、このレベルのドラゴンなら人間よりも高い知能を持っているらしく、人語を話すことも可能らしい。
「一回だけ氷柱抜いてやるよ、でも・・・もし俺に攻撃したら殺すからな?」
顔から笑みを絶やすことなく蒼慈はドラゴンに向かって言い、手をスッと上げる。
「グガッ」
ズブリ、という音と共にドラゴンの口から氷柱が抜ける。
「・・・答えを聞かせてもらおうか」
「・・・」
ドラゴンの瞳はまっすぐ蒼慈の瞳を見つめる。
≪我が人間に下される日がこようとはな・・・≫
ドラゴンの口から発せられた言葉、正確に言葉と言えるのかは定かではないが、その言葉はその場にいる皆の頭に直接響くような物だった。
「へぇ・・・これ何?」
頭に直接響く声に対して疑問を抱いた蒼慈はドラゴンに質問をする。
≪汝らが“念話”と呼んでいる物だ。我は直接人語を話すことは出来んからな≫
「なるほど・・・で?」
蒼慈はドラゴンに対してさっきの問いの答えを求める。
≪ひとつ聞かせてもらいたい≫
「なんだ?」
≪汝は、“契約者”か?≫
「あぁ、そうだ」
蒼慈の言葉にドラゴンは何処か納得したような風に唸る。
≪我らが一族“火龍”は代々の“契約者”に使える“契約者の友”なる龍の一角を担う者≫
「代々?」
蒼慈には「代々」という言葉が気になるらしく、首をかしげている。
≪このような形で従わされるとは思ってもいなかった≫
ドラゴンは呆れたのか怒っているのか、鼻からバフゥ、と煙を出しながら話しかけてくる。
その二人の、一人と一匹の会話を華奈恵に治療してもらい意識を取り戻したセリーヌと、それを看病していたフレールはまるで今にも卒倒しそうな顔色で伺っていた。
華奈恵は慣れているのか、すでに諦めているのか、どこか悟ったような顔でそれを見ていた。
「お前、何代目?」
≪我はそのような言葉遣いで話しかけられるとも思っていなかった≫
ドラゴンは、蒼慈の言葉遣いが尺に触ったのか、鼻からまた煙を出しながらフイッと横を向いた。
途端、
―――ズシュッ!
「グガッ!」
ドラゴンの口から苦痛の声が漏れる。
「お前は、代々のように“契約者の友”じゃねーんだよ。“契約者の奴隷”なんだよ。言葉遣いに気をつけろ」
ドラゴンの口にはさっき抜かれた氷柱が再び刺さっていた。
≪っ、貴様っ!≫
「俺の言葉を理解してないのか?それともバカなのか?」
―――ズシュッ!
「ガァッ!」
さらにもう一本氷柱がドラゴンの口に刺さる。
「っ!ソウジ!」
やり過ぎだ、とでも言うように後ろから非難の声が上がる。
「黙ってろ」
そうフレールに告げると、蒼慈は再びドラゴンに注意を向ける。
「今一度問おう。俺に従うか、死ぬか」
≪我が、痛みに屈するとでも?≫
何処か苦しげな声でドラゴンはしゃべる。
「お前の代わりなど幾らでもいる・・・もう一度聞こう。俺に従うか、Yes or NO?」
≪・・・≫
ドラゴンは蒼慈を憎憎しげに見つめる。
ドラゴンは誇り高い生物である。人間のちっぽけな誇りなんぞとは比べ物にならないほどの誇りを持っている。
別に彼、ドラゴンにとって命が惜しいわけではない。
むしろこのような自らが納得せぬ形で従うなら死を選ぶ。
しかし、相手が“契約者”なのだ。
≪・・・≫
ドラゴンが沈黙を続ける。
「・・・」
不意に蒼慈が手を上げる。
その行動を見て、止めを刺すように見えたのかフレール達が蒼慈に駆け寄ろうと立ち上がり、華奈恵に止められる。
ズブリという音を立てて、2本の氷柱がドラゴンから抜ける。
「グゥッ」
ドラゴンが苦しげに唸る。
「答えろ」
瞳に何の感情も映さぬまま蒼慈は問う。