2話
「分かっているとは思うが、今回貴殿らに頼みたいことがある」
王はそう言って一度言葉を切って、蒼慈達の顔を見渡す。
「かなりやっかいな内容になるが、受けてくれるか?」
蒼慈達はあのまま王の私室に呼ばれていた。
王の目の前には蒼慈達全員が椅子に座っている。
王の後ろには数人の兵士が控えている。
以前の蒼慈の態度に対する警戒だろう。
「いいよ」
そこでいきなり蒼慈が肯定の意を示した。
「!?」
王は、まだ内容を話していないにもかかわらず蒼慈がこの件を受けることに驚きを隠せない様子だった。
「あんたらじゃ解決できないんだろ?」
足を組みながら蒼慈が言う。
「あ、ああ・・・そうなのだが・・・」
「やってやるって言ってんだから素直に喜んどけよ」
王からすれば信じられないのだろう。
以前彼と話した時の印象からだと、絶対にこのような面倒事は断ると思っていたからだ。
「で、内容は?」
蒼慈は然も当然のように話の続きを促す。
華奈恵達は事前に打ち合わせをしていたのもあるが、蒼慈の性格を大体把握しているからだろうか、全く驚いた様子はなかった。
「う、うむ。内容は・・・」
王の話を簡潔にまとめると、
西の端にあるガゼリアル火山に巨大な火竜がいた。
何故かそれが突然、村の方へとやって来ていて村人が襲われてるとのこと。
小型の竜ならば王軍でなんとかできないことはないのだが、あそこまで大きいと無理だということだった。
「襲われた村は全部で3つ。全てが完全に焼きの原になっている。死人は合計で300人以上。怪我人を入れると倍以上いる」
「かなりの被害だな。その3つの村、割と人がいるんだな」
「あぁ。その村の近くに大きな町があるんだ」
「なるほど。で、依頼内容はその火竜の討伐だけか?」
そう言って蒼慈は足を組み直す。
「いや、出来ればまだ頼みたいことがあるのだが・・・」
「いいよ。やってやるから、言ってくれ」
「あ、あぁ」
やはり蒼慈の態度に違和感があるのだろう。
さっきから王は、何か企んでるのでは?と内心で動揺しまくっていた。
最も、その動揺は全く隠せていなかったが。
そして、その王の内心とは全く逆に蒼慈は、
(来た来た来た。ついに“勇者”的な仕事が来たぜ。なんでもっと早く持ってこなかったんだよ)
と、過去の自分の行動を全く忘れているようだった。
「出来れば、何故竜が暴れたのか、その原因を調べて欲しい。黒幕がいるかもしれないのでな」
王曰く、竜は普段は人間に危害を加えるようなことはしない。
竜は大型になればなるほど力や魔力だけでなく、知能も高くなる。
それゆえに、竜とは普段は温厚な生き物で、あまり争い好まないらしい。
「期限は?」
知能の低い竜が小さなことで暴れるのは判らなくもないが、大型の竜が暴れるのは余程のことらしい。
「出来るだけ早くしてもらいたい。さっき言った通り、その襲われた村の近くに大きな町があるのでな・・・」
「なるほど、その町を潰されると今後が大変だと?」
「うむ。そこは西の貿易の中心地なのでな」
「そうか・・・ちょっと聞いていいか?」
「なんだ?」
蒼慈の浮かべた表情はいつものようなニヘラとした顔ではなく、真剣というような表情だった。
と言ってもどこかしら緩んだ雰囲気は否めないが。
「もし、襲われた村の近くに、この国にとって重要な町が一つもなかった場合、あんたはこの事を俺らに頼んだか?」
「っ!?」
そう言われて、王の表情が一気に引きつった。
そして、蒼慈はそれを見て確信めいた顔をする。
「なるほど」
この国の、今蒼慈達の目の前にいる王は決して無能などではない。
むしろ歴史上でも、この大陸上でもそれなりに有能だと言えよう。
しかし、だからこそ、小さなことを切り捨てるのに躊躇いはない、持てない、持ってはいけないと言う方が正しいのかもしれないが。
「・・・」
無言で王は俯く。
肘掛に置かれた拳は震えていた。
村人を助けるために軍を動かしたとして、結果は見えている。
竜は倒せない。逆にこちらに明確な敵意を向けられ、そのうえ軍も大半を失う。
それを判っていて、竜の討伐に向かうのは決して懸命とは言えないだろう。
そして仮に蒼慈達に頼んで莫大な報酬を要求されたとしても、その村の価値と比べると村の価値が劣るであろう。
なにより断られてまた脅されるなんて、たまったものではない。
この要求ですら一種の賭けだった。
「別に責めるつもりはない。ただ、一つだけ言っておく」
蒼慈の言葉に顔を上げる王。
「よほどの事がない限り、俺に助けを求める奴を俺は拒まない」
その言葉に驚愕する王。
「俺は、見下されるのが嫌いだ。下に見られるのはどうしても我慢ならない。例えそれが一国の王であろうとも」
蒼慈の言葉に、王は蒼慈の態度の意味を理解した。
ただ、気に入らなかっただけ、なのだろう。
なんて幼稚なのだろうか、王は、そう思わずにはいられない。
そして、なんて小さな理由で我が国は潰されかけたのか、そう考えると苦笑いしか浮かんでこない。
「そうか・・・では、この依頼、やってくれないか?」
王はそう言って頭を下げる。
「あぁ、もちろんだ」
蒼慈は力強く頷く。
彼の後ろにいる華奈恵達も頷いてみせる。
「あ、そうだ」
そこで蒼慈は何か思い出しように言う。
「?」
一同が疑問符を頭の上に浮かべながら蒼慈の次の言葉を待った。
「報酬はどすんの?」
「・・・」
「ははは・・・」
後には王の乾いた笑い声だけが残った。