1話
誰からも忘れ去られ、存在すら不確かな塔の中の一室から、窓の外を見つめる一つの影があった。
その影は微動にしない。
まるで自分は石像ででもあるかのように。
―――フワリ
風が舞う。
それに釣られてカーテンがフワリと浮き上がり、その影の顔がはっきりと見えた。
そこにいた者は幼い顔つきをした少年のようだ。
しかし、少年の横顔にはその歳相応の感情は伺えない。
彼は彼方を見つめる。
ただ遠くを見つめる。
それが、彼に許された、いや、彼だけに許されたこと。
そして、それは使命でもあり存在意義でもある。
ただ傍観するだけ。
その瞳に映る景色、人。
しかし、彼の瞳には感情は一切宿らない。
仕方のないことなのだ。
彼は、
―――観測者なのだから。
「やっぱり王城は違うなぁ。居心地良すぎ~」
そう言っていつもと変わらぬ様子で蒼慈は椅子にもたれ掛かる。
「確かにね~・・・王族達とか上級貴族はこんな楽な暮らしをしてたなんて・・・」
その向かい側にある椅子に同じように持たれているフレール。
彼らがこの国の王と話し合い、“魔王”が出てくるまでここにいることが決定してから2週間が過ぎようとしていた。
「こんな毎日ダラダラしてたら太っちゃいそうですね」
そう言って、窓から差し込む日の光を受けながらセリーヌは蒼慈の右隣の椅子に腰掛ける。
「嫌な事言わないで欲しいんだけど」
若干そのことを気にしているのか、顔を少しゆがめながら華奈恵が蒼慈に左隣の椅子に座った。
彼らは1人1つづつ部屋を与えられて、毎日のご飯も全てこの王城で世話になっている。
「やっぱ、ニートが一番だぁ~」
かなりダメ人間発言をしながら蒼慈は今度は机に突っ伏す。
毎日の生活のために特段何かする必要もなく、彼らはかなり気ままに過ごしていた。
しかし、そんな堕落的な楽な日常はそれほど長くは続かない。
―――コンコン
少しばかり控えめな音が扉からなる。
「ど~ぞ~」
いまだに机に突っ伏したままの蒼慈が気だるげに答える。
「失礼します」
ガチャリ、と音を立てて誰かが部屋に入ってくる。
入ってきたのは侍女の女だった。
特段美人でもなく、特に何か特記することもない普通の侍女。
彼女は蒼慈達の接待、世話を主に王から命じられている。
「王が少し来てくれないか、と」
彼女のその言葉に怪訝な顔をしながら顔を上げる蒼慈。
彼が不思議に思うのも当然のことだった。
なぜならこの2週間、王の方から呼び出してくるなんてことは一度もなかったからだ。
「一体何の用?」
蒼慈は入ってきたその場所から一歩も動かない侍女にそう尋ねる。
別に彼女がその場から動かないのは、蒼慈達を恐れているからとかそういう理由ではない。
蒼慈はどちらかというとこの2週間フレンドリーに話しかけて来ただろう。
しかし、どうやら王から何か言われてるようである程度の距離を保ったまま、それ以上親密になろうとはしなかった。
「用件は直接話す、とのことです」
いつも通りのクールななんの感情もないような声で彼女は告げる。
蒼慈達は彼女のことを嫌ってなどいない。
華奈恵が町へ買い物に行く時は、どこに何が売っているのかなど色々と丁寧に説明をしていたし、フレールが軍の鍛錬を少し覗きたいと言えば、そのまま鍛錬所まで案内をしていた。手合わせしたいと言うと、流石に止められたみたいだが。
セリーヌの方も、よく紅茶の入れ方やお菓子の作り方など、女の子染みたことも教えてもらっていた。
「ふ~ん。どする?」
チラリと皆を見渡す蒼慈。
「もう城下町も見たし、特に用事もないから別にいいんじゃないかしら?」
蒼慈に頷き返す華奈恵。
「そうですね」
華奈恵の向かいにいるセリーヌも頷く。
「うん?」
イマイチ何故皆がわざわざ確認を取っているのかわかっていないフレール。
王が直接話したいという時点で、ある程度厄介なことを言われるであろうことは容易に想像できた。
どちらかと言うと今日までの2週間、何もなかったという方が蒼慈にとっては不思議であった。
本来、“勇者”などと呼ばれる人種は、国から手厚く歓迎を受け、自由気ままに暮らし、そして魔王だけを倒す、なんていう者であるはずもない。
彼らは謂わば、“何でも屋”のような者だ。
地方に怪物が出た。しかし、軍が向かえば倒せることは確実なのだが、被害が多く出ることも確実である。そういう時に、ほぼ無償でその怪物を倒してれる。
他には、どっかのお姫様が不治の病だ、という時には“勇者”一行の中の治療師がそれを治してくれたり。もちろん無償で、だ。
とにかく、“勇者ご一行様”に頼めば安くて、確実で安全に問題が解決する。
故に蒼慈は“勇者”もとい“契約者”もそういう風に扱われるのだと思っていた。
「じゃ、行くか。案内くれる?」
立ち上がり侍女に言う。
侍女はその言葉に表情をあまり変えることなく頷く。
侍女は先に扉の外に出て、蒼慈達が出てくるのを待つ。
そして、蒼慈達全員が外に出たのを確認すると扉を閉め、
「こちらです」
と言って先頭に立ち、歩き出した。