29話
ある所に偉大なる人の王が治める国があった。
その国は他国に比べ平和で、豊かであった。
しかし、その平和を良しとしない者がいた。
それは人とは決して相容れぬことのない魔族の王だった。
魔族の王、魔王はその平和を壊し、その富を得るためにその国へと赴くことを決めた。
魔族は本来いる、人間のいる空間とは別の空間から突如現れ、その国を滅ぼさんとした。
魔族は人間よりも遥かに勝る。
猛者の剣を体で弾き、賢者の魔法を腕を振って消し飛ばす。
1日も経たぬうちに国の半分は黒く染まった。
誰もが絶望した。怯えた。
愛する者を守ることのために魔族の前に立つ者。
突然のことで今だに事実を受け入れることの出来ぬ者。
皆、皆散っていく。
国の全てが黒く染まろうとした時。
突如現れた者がいた。
魔族を退けるほどの力を持つ者。
彼は魔族を倒し、その彼の剣は魔族の王の喉元までも迫る。
2つの大きな力がぶつかり合う。
3日3晩の戦いの後、彼らは魔王を打ち倒した。
皆が彼を勇者だと、英雄だと褒め称える。
彼の傍で彼を支えていた者達も褒め立てる。
彼は自らのことを英雄ではなく、“契約者”だと名乗った。
彼は王に国の復興を無償で手伝うと申し出た。
彼の優しさに触れ、皆が彼を称える。
そして、その国は以前にも増して、より豊かになった。
「このような感じの物です。私もあまり詳しくは知りませんが」
そう言って宰相は話し終えた。
「へぇ・・・そんな伝承があったのか」
少し納得したような顔を蒼慈はした。
「その話だと、十分に国を滅ぼしてもおかしくないと思うんだけど?」
「その伝承はこの国では絵本のようになっているのですが、その中にある“契約者”の方々の力は魔族を倒せると言っても、意図も簡単にというわけではないのです」
「絵本か・・・そりゃまた、なんとも」
蒼慈は若干馬鹿にするように笑う。
「・・・“契約者”の方はこの国の兵士と共に戦い、魔族を倒し、魔王を倒したとなっております」
「なるほど。つまりは一人で魔王を倒すほどの力はないと、この国の者が総出を挙げればその“契約者”と同等の力、もしくはそれ以上あると?」
「はい。仮にそうでなくても国を滅ぼすほどの力はないと考えております」
蒼慈はフムフムと頷く。
「じゃあ、俺はその伝承の“契約者”とは違うのかも知れない」
蒼慈はジっとその宰相を見つめる。
「・・・紛いなりにも自分の力だ。どれくらいのものかくらい分かる。俺が本気で片手を振ればこの王国の少なくとも4分の1は一瞬で焦土と化す」
何の躊躇いもなく蒼慈は言い切る。
その言葉を聞いて皆が固まる。
王は蒼慈の方を見てから、華奈恵へと真偽を確かめるために目線を移す。
その目線を受けて華奈恵は口を開いた。
「私の一族は代々“導き手”をしています。我々の役目は崩れそうな世界へと“契約者”なる者を連れて行くことです。ですので、代々の“契約者”の資料もございます」
華奈恵はそこで一度言葉を切り、蒼慈、王へと目線を流す。
「・・・彼は、蒼慈は、その中で初めて異例なまでの大きな力を持っています」
その言葉に王達やフレール達だけでなく蒼慈も驚いた顔をした。
蒼慈にとっても初めて聞く話だったからだ。
「本来“契約者”とは、心の正の力を糧にしています。それゆえにさっき言われた伝承に残る“契約者”も英雄や勇者となりえる性格をしています。しかし・・・」
なんとなく華奈恵の言いたいことが分かるのだろう。
蒼慈はフっと目線を華奈恵から外した。
「彼の力は正の力というよりはむしろ・・・」
「負の力か?」
華奈恵の方を見ずに蒼慈が華奈恵の言葉を継ぐ。
「・・・えぇ」
「なるほどな。それゆえのこの力か・・・」
蒼慈は自分の手のひらを見つめながら手を開いたり閉じたりしている。
「だから、彼に国を滅ぼす力があったとしてもおかしくはない」
華奈恵は王に対してそう言い切った。
「・・・ふむ。少しばかりお主を侮っていたようだ。さっきのことは詫びよう」
そう言って王は立ち上がり蒼慈に頭を下げた。
国の王が頭を下げる。
これがどれほど稀でどれほど大きな意味をなすのか、今の蒼慈には分からないだろう。
「気が変わるのが早いな。予想以上に力があるとわかれば、今度は媚を売るか?」
蒼慈は王に挑発的な言葉を投げかける。
「我はこの国の皆の命を背負っているのだ。仕方のないことだろう」
コロッと意見を変える王。
「おいおい・・・王がこんなんでいいのかよ」
「変に自らの誇りに執着し、それで守るべき物を自ら壊してしまっては意味がないだろう」
「ほぅ・・・なかなか出来た王じゃないか」
ニヤリと蒼慈は笑みを浮かべ、それに答えるように王も笑みを浮かべる。
「“魔王”が現れた時は力を貸してやる。その代わりと言っちゃ割りに合わないが、ここで衣食住の保障をしてくれ。余裕と言えどあまりモンスターと戦いたいとは思わないんだよ」
フッと笑みを王は零す。
「それぐらいで国が救われるなら安いこと極まりない。最高級の御もてなしをしよう」
それを聞いて満足げな顔をする蒼慈。
「最初からそう言ってればいいものを」
はぁ、と大げさに呆れたような態度をとる。
それを見ながら、それに対して注意できない王の臣下達はぐっと唇を噛んでいた。