19話
フードを脱いだ下から現われたのは赤髪の女性だった。
やはり蒼慈が思ったとおりどこか気品さを臭わせる。
「私の名は・・・キエラ・フォールズ・レッテンベルグ」
凛と通る声でキエラは言った。
「・・・へぇ」
「・・・へぇ、って・・・何も思わないのか!?」
「なんで?・・・セリーヌ、フレールどうしたんだ?」
「え?・・・レッテンベルグ・・・?」
「レッテンベルグ・・・」
蒼慈の反応にキエラは驚いた声をあげた。
しかし、その蒼慈と全然違う反応をするフレールとセリーヌ。
「???レッテンベルグってなんなんだ?」
「し、知らないんですか!?」
「だって・・・ほら、俺アレだし・・・」
蒼慈がそういうとセリーヌは納得したようだった。
「あ、あぁ。そうでしたね。レッテンベルグっていうのは今、この国、クリスパニアと敵対関係にある国なんです」
「へぇ・・・で、名前にレッテンベルグが入ってるってことは王族なの?」
「・・・あぁ、そうだ。私はレッテンベルグ王国第二皇女だ」
「へぇ~凄いジャン」
「・・・それだけ?」
「え?他になんて言えば?」
キエラは内心焦っていた。
キエラは王族である。そして、彼女の国は今、この国とは敵対関係にあるのだ。
彼女自身がフードを脱いだ理由としては、このまま素性を隠し通せば命が危ないと感じたからだった。
彼女の護衛の者達もそれには同感であった。
しかし、彼女が素性を晒す、つまりはスパイであるとバラすことは彼女の死に直結していると言ってもいい。
それだけ敵国で自分の素性を晒すことは無謀だった。
「お前・・・私はスパイだぞ?わかっているのか?」
目の前の自分より幾分か幼く見える男はキエラの素性に特に驚いた様子も見せず、自分達を殺そうともしない。
もちろん殺しにかかられたら、今の彼女達では勝てないことは百も承知しているが、死を覚悟してまで取った行動の反応がそんな軽いものというのは彼女もいささか傷つくと所があった。
「別にスパイだろうと関係ないよ。特にこの国に思い入れがある訳でもないし」
軽く言ってのける蒼慈。
「何を言ってるんだ。この国の情報を我々が祖国に持ち帰れば戦争が起こったとき、この国が負ける可能性があがるのだぞ!」
「いや、俺冒険者だし。何処の国にいようと生きていけるし」
王族であるキエラは目の前の男の言う言葉が信じられなかった。
「・・・お前、名前はなんと言う」
「俺はかみし・・・ソウジ・カミシロだ」
「ソウジか・・・カミシロは聞いたこともないな。一体何者なんだ」
「ただの冒険者ですよ」
「“ただ”の冒険者が闇魔法を使えるのが普通なのか?この国では」
そう言ってキエラはセリーヌの方へと目線を向ける。
「いえ、そんなことはありませんが・・・」
セリーヌ自身もビックリしていた。
妹のフレールがソウジと戦った時、彼が使ったのは錬金術とおそらくは身体強化魔法だと思われる。
だからセリーヌはソウジは少しばかり戦闘慣れした錬金術師だと思っていた。
しかし、彼が異世界から着たこととその異常なまでの能力を知った。
この世界において彼の年齢で錬金術を使えること自体がまず異常なのだ。
だからセリーヌはソウジの闇魔法を見たときは我が目を疑った。
錬金術と補助魔法、そのうえ闇魔法までも使う。まさに人外の域に達しかけている。
「そんなことより馬車が欲しいんだっけ?」
「あ、あぁ」
蒼慈は自分達の乗っていた馬車を指差しながらキエラに言った。
「それに乗って祖国へ戻るの?」
「・・・あぁ。そのつもりだ」
「今あの馬には強化魔法が掛かってるからかなり速度で走れると思うよ」
「強化・・・補助魔法か。しかし、本当にいいのか?」
「うん。そんなことより急いだ方がいいんじゃない?ここ結構王都に近いよ?」
「そうだな・・・この恩は忘れない」
蒼慈達が自分達を油断させて馬車に乗ったところで殺す可能性もある。
しかし、今のキエラはそれがないとはっきりと思えた。
敵国の姫であるにも関わらずそれを見逃す男。
「興味深いな・・・いすれまた会おう」
そう言ってキエラは馬車へと向かう。
「あぁ。またな、キエラ」
蒼慈はキエラの背中に声を掛ける。
すると、どこか驚いた様子でキエラは振り返った。
「?」
蒼慈はその行為に首を傾げる。
…私の名が気軽に呼ばれるのはいつ以来だか・・・
「またな、ソウジ」
そう言ってキエラは馬車の中へと消えた。
それに続くように従者と思われる者たちが蒼慈に頭を下げながら馬車へと向かっていった。
そして最後に御者台に座った従者がもう一度頭を下げた後、馬車はものすごい速度で森の方へと走り去った。
「行ったね・・・」
「蒼慈」
「ん?何?」
「これからどうやって王都へ向かうのかしら?」
蒼慈が呼ばれて振り返った先にはどこか怒りを感じさせる雰囲気を纏った華奈恵がいた。
「ん~どしよか・・・フレール?」
フレールはキエラの従者と戦っていた位置から1歩も動かずに立っていた。
「・・・強かった」
「さっきの剣を使ってた人か・・・俺より?」
「流石にそれはないけど、最近は自信を失くすことが多いな・・・」
「なんならフレールも俺と“契約”する?」
「それだと意味がないのよ。私は自分の力で強くなるから」
「そっか・・・まるでセリーヌが俺の力で強くなったみたいな言い方だな」
「ぁ・・・いや!そんなつもりじゃないよ!ね、姉さん!落ち込まないで!」
「い、いいのよフレール。だって、事実ですもの・・・グスン」
セリーヌはショボーンと落ち込み地面をグリグリと木の枝でつついていた。
「ね、姉さんは元々強かったんだから元に戻っただけよ!あいつの力なんて関係ないわ!」
「『あいつ』って・・・ひどい言われ様だな・・・グスン」
セリーヌに続いて蒼慈もしゃがみ込み地面に木の枝で絵を書き始めた。
「え、ちょ、ちょっと!ソウジ!そんなつもりじゃっ・・・」
落ち込むセリーヌと蒼慈をなんとか励まそうとするフレールだった。