16話
「じゃあ、ここらへんで帰らせてもらうわ」
外が暗くなったのを見て華奈恵は帰ろうと席を立った。
「ちょっと待ってください」
まだ話は終わっていなかった。
事実、フレールとセリーヌは二人とも納得した顔をしてない。
「私は・・・どうなるんですか?」
セリーヌは言った。
「奴隷のようなもの、と言いましたよね?」
確かに華奈恵はそう言った。
『奴隷のようなもの』だと。
奴隷ならば主人に付き従って行くべきなのか、セリーヌはそれを考えていた。
「私は、貴方達に付いて行くべきなのですか?」
セリーヌの問いに蒼慈が答える。
「せっかく助かったんだ。別にわざわざそんなことする必要はないよ。妹と一緒に暮らせばいいさ」
蒼慈の言うことは華奈恵と違う。
「それはどうかと思うわよ」
華奈恵は蒼慈に言った。
「彼女はあなたの“契約者”なのよ?」
「別にだからと言って付いてくる必要なんてないだろ?」
蒼慈は彼を見下ろすように立つ華奈恵に言った。
「じゃあ、私が連れて行ってくださいと言ったらどうします?」
セリーヌの問いかけに蒼慈は信じられない、というような顔をする。
「ちょ、姉さん!?」
フレールも慌てた様子でセリーヌを見る。
しかし、セリーヌは彼女を見ることはせず蒼慈を見ていた。
…妹のあの目は、姉譲りなのか・・・
ふと蒼慈はそんなことを思った。
「付いて来ると言うなら、こちらとしては嬉しい限りだけど・・・」
「貴方は私の命の恩人です。私のこの命、貴方のために役立てさせてもらえませんか?」
まっすぐな目でセリーヌは蒼慈を見つめる。
「そう言って貰えるのは嬉しいけど、せっかく治ったのにいいのか?」
そういいながら蒼慈はフレールの方に目をやる。
「えぇ。私は貴方に付いて行くと決めたんです」
「ちょっと待ってよ、姉さん!」
二人の間にフレールが割り込む。
「姉さんが行くなら私も行くわ!」
堂々と言い切るフレール。
「俺は一向に構わないけど、別に無理する必要なんかないんだよ?」
蒼慈はセリーヌが無理をしてると言う。
セリーヌとしては無理をしているという感覚はない。
妹がいなければ生きていけない。
そんな弱い自分が嫌いで仕方なかった。
だんだんと起きていられる時間も減って、そのたびに自分がもうあまり長くないのだと思いしらされた。
そんな自分を見て泣きそうな顔をする妹。
辛かった。妹すら守ってやれない、むしろ守ってもらい、そのうえ心配まで掛けて、自分は姉失格だと思った。
だから、自分がもう、後数ヶ月も持たないとなった時、死ぬ怖さよりも、やっと解放されるのだという感覚の方が大きかった。
ただ、心残りは妹を一人にするということ。
自分達姉妹は互いを支えに生きてきた。だから、自分が死んだ時、フレールが支え失ってしまいどうなるのか、それだけが心配だった。
そんな時、私は助けられた。
もう妹のお荷物にはならない。むしろ守ってやれる。
「無理なんてしてません。私は、貴方に付いて行きたいと心から思いました」
自分を助けてくれた。
絶望から救ってくれた彼は、とても輝いて見えた。
その輝きに1歩でも近づきたいと思ってしまった。
『役に立ちたい』なんて少しも思っていない。
自分の自己満足のための恩返し、そして自分が憧れた者に少しでも近づきたいという思い、ただそれだけ。
「・・・わかった」
蒼慈は気付いたのだろうか、彼女の瞳の奥にある自己中心的な思いに。
「わ、私も行くからね!私も付いてくからね!」
必死に声を上げるフレール。
姉を守るのは自分の役目。
姉と離れることなんて考えられない。
そして、何より彼女も蒼慈に少なからず憧れを抱いた。
彼の人柄や能力ではなく、ただ純粋なその力に。
「いいよね、華奈恵?」
「えぇ。仲間が増えることに越したことはないわ」
こうして、蒼慈はフレールとセリーヌを合わせた4人で王都へ向かうこととなった。
「準備はいいのか?」
「えぇ。完璧よっ!」
蒼慈の前で馬車の荷台に荷物を載せながらフレールは言う。
「今さらだけど、本当によかったのか?」
「何が?」
「言わなくてもわかるだろ」
「・・・姉さんが決めたんだから、私はそれに付いて行くだけよ」
「・・・そっか」
4人で王都向かうことが決まってから2日後。
4人は個人の準備をして、旅に必要な物を買った。
「蒼慈、全部乗せた?」
華奈恵は馬のいる方から蒼慈に声を掛けた。
「あぁ。これで・・・最後っ。よし。全部乗っけたぞ」
最後の荷物を蒼慈は荷台へと押し込んだ。
そして、4人は馬車へと乗り込んだ。
「じゃあ、しゅっぱ~つ!!」
セリーヌが馬車の中から、御者台に座っているフレールへと声を掛けた。
蒼慈と華奈恵は馬車の運転なんてしたことがない、セリーヌもそれは同じだった。
だから必然的にフレールが御者をすることとなったのだ。
この町からほとんど出たことがないというセリーヌは初めての長旅に期待を膨らませていた。