9話
「ここが私の家よ。入って」
フレールに案内されてやってきたフレールの家は木造の小さな家だった。
建っている場所もあまりイイとは思えない。
中に入ってみると、それなりに綺麗はされているものの、やはり外装と変わりはなかった。
「ギルドで稼いだ金は・・・姉さんのために?」
「えぇ。向こうが姉さんの部屋」
家には大きなリビングらしきところと部屋が一個しか見受けられない。
「あんたはここで寝てるのか?」
そう言って蒼慈はリビングにある簡易ベットらしきものを指差す。
「そうよ。今日は姉さんのことで話があるから、あっちの部屋に行きましょう」
フレールの姉の部屋は外装からは想像もできないほど綺麗にしてあった。
明らかに寝心地がよさそうなベッドに床も壁も綺麗されている。
ただ、それに不似合いなくらいやつれた女性がベッドに寝かされていた。
「紹介するわ。私の姉のセリーヌよ。今日、外へでて体調が悪くなったから今は寝てるけど」
「・・・何?俺のせいだって非難するために連れてきたわけ?」
「違う」
即座に否定するフレール。
蒼慈も違うなんてことはわかっていた。
しかし、こうも当てつけのように見せられては皮肉の一つも言いたくなる。
「で、用ってのはなんなんだ?」
そこで、フレールは一呼吸おいて、地面に方膝をつき、地面に這い蹲るような体勢をとり、言った。
「姉を助けてください!お願いします!」
フレールは勢いよく頭を下げた。
ガツンと額が床に当たる音がする。
「お願いします!助けてくれるなら、なんでもします!お願いします!」
「・・・」
呆気にとられる蒼慈と華奈恵。
「・・・ちょっと待ってくれ。状況がよくわかんないんだけど、てか頭あげてくれ」
フレールは額を少しだけ浮かし、体勢は土下座のままで言った。
「この町には治療師が極端に少ない。そして、姉の病気は不治の病と言われている。普通のヒーラーでは治せないんだ」
「俺が見た時のあんたのお姉さんは不治の病には見えなかったんだけど?てか頭上げてくれ」
「姉の病気は、黒斑病と言って滅多にかかるものではない。うつることもない。そのため治療法もない。病状は、普段は大したことはなく普通に歩くことも可能だ。
だけど、しばらくすると全身が痛み出して、話すことするらままならないんだ。体中にできている黒い斑点が全身を段々と侵食していき、最後には死にいたる。
姉は、もう・・・もう何年もこの状態なんだ!もう!後何日ともたないだ!お願いだ・・・助けてくれ・・・自分から決闘を挑み、負け、その上こんな頼み・・・
でも、でもっ!他に頼る術がないんだ!」
フレールは床に額をこすり付けながら、何度もお願いしますと言い続けた。
「・・・顔を上げろ。頼むから上げてくれ」
それでも顔を上げないフレールを蒼慈は目線をやって華奈恵に無理やり立たせた。
華奈恵に立たされて、蒼慈と目があったフレールの顔はあの時のような覇気はなく、涙でぐしゃぐしゃになっていた。
「お願いします・・・お願いします・・・」
この目を知っている、と蒼慈は思った。
昔の自分もこんな目をしていたのだろうと。
あの時の自分の願いは届かなかった。
なのに何故、この女性の時だけその願いを聞き届けられるんだ?
自分は助からなかった。自分の家族は助からなかった。
「姉が死ぬのも、そのせいで自分の居場所がなくなるのも、全部・・・全部、自分のせいなんだよ」
「・・・っ」
蒼慈の言葉にフレールの顔が引きつる。
「・・・お願いします。なんでもします。・・・お願いです・・・」
「蒼慈・・・私ではこれは治せないわ。つまりあなたしか治せないのよ。助けてあげて・・・」
華奈恵は言う。
「・・・どんなに願おうと、神は助けてはくれない。誰も助けてはくれない。自分を救えるのは自分だけ・・・」
まるで自分に言い聞かせるかのように蒼慈は呟く。
そう、頼れるのは自分だけ。いざという時に助けてくれる人なんていない。
蒼慈はフレールの姉が寝ているベッドに近づき、寝ている女性を眺める。
「この病気は・・・回復魔法なんかじゃ治らない」
「・・・っ!そんなっ!」
崩れるようにフレールは床に落ちる。
今の蒼慈にはわかる。これは病気じゃない。まるで、
「この“世界”がこの人を拒絶している・・・」
「・・・世界・・・が?」
蒼慈はセリーヌから目線をはずし、フレールに近づいていく。
「方法がなくはない」
はっとフレールが顔を上げ、蒼慈を見上げる。
「ただ、これをして大丈夫なのかはわからない。こちらの人間にやって大丈夫なのか分からない。成功するか保証はできない」
それでもいいか?と蒼慈は目線でフレールに尋ねる。
「助けて・・・くれるの?」
「やってみる。ただ、今からやることは誰にも言わないで欲しい」
フレールは首が千切れるくらい勢いよく何度も首を縦に振った。
「蒼慈・・・どういうこと?」
華奈恵が不思議そうな声で蒼慈に尋ねる。
「これは、病気じゃない。この“世界”から拒絶されてる。だから、俺の力で・・・」
「あっちの“世界”の庇護でなんとしよう、ということ?」
「あぁ。それしか思い浮かばない」
「お姉さんを起こしてもらってもいいか?」
…助かるかどうかわかんないな。助からなければ・・・俺には関係ないことだ。人が一人、消えるだけだ。
蒼慈は心のなかで自分にそう言い聞かせながら、フレールが起こしにかかっているセリーヌへと近づいていった。