12 「『嫁』って、どっちの?」
レイエス家の嫁と姑が友達になってから、いくつかの季節が過ぎていた。
「いよいよ婦人会に行くわよ!」
ソフィアがミカエラに宣言したのは、その日のマナーレッスンが終わったタイミングだった。
伯爵邸ではここ最近、ソフィアが講師となって、ミカエラに貴族のマナーを伝授するのが日課になっていたのだ。
ミカエラも、商人の娘として貴族の客と充分渡り合える程度の礼儀作法は身につけてはいたが、貴族としての振る舞いとなると、また話は別である。
イグナシオに社交への同行を禁じられていることを考えると正直使いどころはないだろうなぁと思いつつも、ソフィアが熱心に勧めてくるのでミカエラはこれまで素直に淑女の振る舞いの手ほどきを受けてきた。
だが、まさかソフィアにそんな腹案があったとは。
「ふ、婦人会……ですか?」
「ええ。あなたが前にうちの子に言われたのは、『社交の場には連れて行かない』、だったわよね。
つまり、あの子やフロレンシアが参加しない社交の場に、私があなたを連れて行くぶんには問題ないってことでしょう?」
「そ……う……なんですかねぇ?」
「問題ありません!ハイ決まった。
………行くわよ、婦人会」
「Oh、鬼姑〜」
「熱い友情とおっしゃい。
これはあなたのためにもレイエス家のためにも必要なことなの。
作法のことを心配しているなら大丈夫。
ティーパーティーくらいだったら剥がれない程度の付け焼き刃はこの数ヶ月で身についたはずよ。教えた私が太鼓判を押すわ」
「………それは心強いです」
太鼓判って付け焼き刃に押すものだったっけ?と訝りながらも、ミカエラはソフィアの勢いに押されて婦人会行きを承諾した。
「そうと決まれば、ドレスを仕立てなくてはね。
あなた相変わらず壁紙と植え込みしか持ってないでしょう?」
「でも、私がドレスを仕立てると、フロレンシア様からイグナシオ様に話が行って、何故かセバスチャンが怒られちゃうんですよ。
それに、私が服を仕立てるたびに、フロレンシア様が対抗してバカ高いドレスを作らせるから、立て直し中の家計に穴が空きます」
「そうだったの……フロレンシアもそんなことに対抗心を燃やす暇があったら、少しは伯爵家の家計のことを勉強してくれたらいいのに。
社交の場では、自分で『イグナシオの"本当の"妻です」なんて言って回ってるらしいけど、そのくせ伯爵夫人に必要な勉強や仕事からは、すぐ日陰者ぶって逃げちゃうんだから。
だけど、困ったわね……私が若い頃に着ていたドレスをあげてもいいんだけど、あまりにも型が古すぎるし……」
「えっ、ソフィア様のお下がりいただけるんですか?
少し針を入れて宜しければ、そちらを着て行きたいです!」
「そう?あなたがそれでいいなら、そうしましょうか」
2人は、ソフィアの古着ストックを物色するために衣装室に向かった。
※※※※※※※
そして、婦人会の当日。
ミカエラは自室の鏡台の前に座っていた。
こういうことに疎いミカエラのために、パウラが髪を結い上げ、化粧を施してくれているのだ。
やがて、パウラが一歩下がって、満足げに息をついた。
「フーッ、どうです?『ぽい』でしょう?」
ミカエラは鏡の中の自分に目を凝らした。
古い型のドレスは、サイズを合わせるついでにシルエットを今風に直し、小物やアクセサリーを工夫することでなかなか小粋にまとまっている。
ちなみに小物とアクセサリーには、高価な宝石などは使われていないが精緻なデザインが目を引く、伝家の宝刀「ベルトランシリーズ」が使われていた。
そこに、パウラがメイクとヘアアレンジを加えたことで、確かにそこには貴族の若妻っ『ぽい』自分が映っていた。
「うん!ぽい!ぽい!それっぽい!流石パウラ〜」
「ハッハ〜、やってやりましたよ〜」
2人がはしゃいでハイタッチしているところへ折悪しくソフィアとアマリアが入ってきて、ミカエラはソフィアに、パウラはアマリアに、それぞれコッテリ叱られたのであった。
※※※※※※※
定期的に開催されている、高位貴族の御婦人方が集まる茶会には、その日、期待と興奮が渦巻いていた。
息子の結婚以来、ずっと会を欠席していた名門レイエス伯爵家のソフィアが久々に参加するという情報が入ったのだ。
しかも、「嫁」を連れてくるという。
お上品な御婦人方のこととて、皆口には出さなかったが、
「『嫁』って、どっちの?」
という空気が会場全体に漂っていた。
これがもう少し下世話な会であったなら、ソフィアが息子の「平民の正妻」を連れてくるか、「没落貴族の愛人」を連れてくるかで、胴元が賭け金をとりまとめていただろう。
名門レイエス家の嫡男イグナシオの結婚の顛末と、彼の『真に愛する人』の存在については、本人たちが盛んに吹聴していることもあって、御婦人方は皆承知していた。
若い貴族令息や令嬢の間では、「悲劇的な恋」だの「真実の愛を貫く2人」だのと彼らを持て囃す向きも無いではないが、ソフィア世代の御婦人の割合が高いこの会では、「アレはちょっと………ネェ?」と眉を顰める者の方が多い。
誇り高い伯爵家が、持参金目当てに平民を嫁に引き入れただけでもそれなりにスキャンダラスなのに、当の嫡男は結婚翌日からこれ見よがしに愛人を連れ回しているのだ。
こんな面白い、もとい、気遣わしい事態には、なかなかお目にかかれない。
ソフィアから何とか情報を引き出そうと、この日の婦人会の出席率はどえらいことになっていた。
※※※※※※※
本日の会場である侯爵家のホールで御婦人方が笑いさざめいているところへ、来客を告げる執事の声が響いた。
「レイエス伯爵家、ソフィア様、ミカエラ様がご到着されました」
御婦人方はピタリとお喋りをやめて、一斉にそちらに振り返る。
そこには揺れる帽子の羽飾りに囲まれて、笑顔のソフィアと落ち着いた物腰に明るい顔立ちの小柄な娘が立っていた。
※※※※※※※
「お久しぶりですこと、レイエス伯爵夫人」
今回の主催者の侯爵夫人がいそいそと2人に近づく。
「そちらの方が、あの……」
「ええ、うちの自慢の嫁ですの」
ソフィアがニコニコとミカエラを前に押し出すと、会場にざわめきが走った。
「ミカエラと申します。若輩者ではございますが何卒ご指導ご鞭撻のほどお願い申し上げます」
ミカエラが淑女の礼をとると、御婦人方の間に「アラ〜〜」「マア〜〜」的な声が広がっていく。
折り目正しく如才ない態度の一方で、習いたてであることが丸わかりの貴族式の礼をとる様子はどこか微笑ましく、相手が元平民にも関わらず多くの御婦人がミカエラに何となく好感を抱いた。
それもある意味当然で、商人は貴族に悪印象を持たれたら終わりなのである。
幼い頃からそのあたりを叩き込まれているミカエラには、貴族に嫌われない振る舞いのコツが自然に身についていた。
加えて、ソフィアがいかにもミカエラを可愛がっている様子を見せていることも、御婦人方の印象を上げるのに役立っているかも知れない。
会が始まると、挨拶もそこそこに2人は大勢の御婦人に囲まれてしまった。
「もう伯爵家の暮らしには慣れまして?」
「はい。初めてのことばかりですが、皆さん親切で、いつも助けられております」
「お若いのにレトロなスタイルのドレスを着てらっしゃるのね。懐かしいわ。
少し形を変えているのかしら、とてもモダンなラインになってますこと」
「実は私のお下がりなんですのよ。この子が是非これを着て行きたいと言うもので……」
「マア本当に仲がよろしいのね!それに小物使いが御上手でいらっしゃるわ。
あまり見たことのないお品ですけど、細工が丁寧でとっても素敵。……どちらでお求めになったのかしら……」
「お目にとまって光栄です。
こちらは私の生家で取り扱っているものなんです。
もしお気に召したなら今度是非紹介させてくださいませ」
「アラ嬉しい」
暫くは当たり障りない会話で軽いスパーリングが続いたが、どこの世界にもいきなり右ストレートをぶっ込んでくる者はいるものだ。
「ところで、ミカエラ様はご主人とはどうなっていらっしゃいますの?」
空気が読めないことにかけては定評がある若い伯爵夫人のひと言で、その場が凍りつく。
「お貴族様には逆らうな」がまだ抜けていないミカエラは、困ったようにソフィアの顔を見た。
「ミカエラ」
「ハイ」
「イグナシオには、『このことは他の人間に話すな』とは言われていないわね?」
「それは、まあ、ハイ」
「ミカエラ」
「ハイ」
「……やっておしまい」
「ハイッ」
というわけで、ミカエラは御婦人の皆様に訊かれるがままに、イグナシオに言われたことや屋敷での暮らしっぷりを、正確に、正直に、ありていに、つぶさに話して聞かせ、婦人会にセンセーションを巻き起こしたのであった。




