11 「友達って何だろうねぇ」
それから数日。
ミカエラは珍しく思い悩んでいた。
ソフィアからの思いがけない提案に、どう答えたらいいのかわからないのだ。
ソフィアがミカエラにずっと申し訳ない思いを抱き、ここでの暮らしを心配していてくれたことを知ったときには正直驚いた。
だが、ソフィアの心からの謝罪を受けて、戸惑いとともに「そうか、私はこんなに謝られるようなことをされていたのか」と今まで意識していなかった気持ちも生まれた。
仮初めでも義理の母にあたる人が、貴族であるなしに関わらず、このような誠実で温かい人物であったことは全くの僥倖であったと素直に思う。
………ただ、そうは言っても彼女の「お友達になれないかしら」は全くの想定外であった。
ソフィアはお貴族様だ。
お貴族様には逆らえない。
その伝でいけば、ミカエラにソフィアと友達になる以外の選択肢はない。
しかし、『お貴族様と友達』とはどういう状態なのか、皆目見当もつかない。
相手に逆らわずに、それでいて友達のように振る舞うなんてことができるのだろうか……?
ソフィアが望んでいる関係がそんなものではないことは、流石にミカエラにもわかる。
だが、わかるから余計にわからないのだ。
ミカエラのこれまでの価値観では、どうしても「お貴族様」と「お友達」が両立する道が見えない。
………私はどうしたら………?………ソフィア様の言う「お友達」の定義とは………?………ソモソモトモダチッテナンダッタッケ………?
考え過ぎてミカエラの中で「友達」がゲシュタルト崩壊を起こしてしまった。
オーバーヒートしたミカエラが自室のテーブルに突っ伏していると、パウラが新しいシーツを抱えて入ってきた。
「どうしたんですか、ミケ?
いつも健康優良児の若奥様が、目にクマなんか作って」
「パウラぁ………友達って………何だろうねぇ」
気息奄々のミカエラに、ベッドメイクを始めながらパウラが答える。
「うーん、メイドのベッドメイクを進んで手伝ってくれる人ですかね?」
「……パウラそういうとこホント遠慮ないよね」
呆れながらも、結局ミカエラはパウラを手伝って一緒にシーツを交換した。
「パウラの友達っていうと、やっぱり同世代の平民やメイド仲間になるの?」
「まあそうですねぇ。
でも、それだけってわけじゃないですよ。
実家の近所に住んでるおばあちゃんは、外出日に一緒にカフェ巡りする甘味友達だし、時々お使いで行く大旦那様のアパルトメントの門番のおじさんも、街の猫集会スポット情報を交換したりする猫友達ですもん。
自分が友達だと思ったら、もう友達なんじゃないですか?相手はどうか分かんないですけど」
「うーむ」
口を動かしながらも手は止めず、2人は早々にベッドメイクを完了した。
「お手伝いありがとうございました!2人でやるとやっぱりはやいですね~
あ、それと、大っきい声じゃ言えないですけど、私、ミケのことも『ちょっと変わったお友達』だと思ってますよ!」
大きな声でそう言うと、パウラは交換したシーツを抱えて部屋を出ていった。
残されたミカエラは、「そうか……」とつぶやく。
ミカエラにとって、パウラはどんな存在なのか、そう言えば考えたことはなかった。
考えなくても、いちいちお互いの関係を定義しなくても、伯爵家の使用人たちとはここまで自然に関係を築いてこれたからだ。
立場だけで言えば、ミカエラにとってパウラは「使用人」で、パウラにとってミカエラは「主人」だ。
だが、ひとりの人間としては?
セバスチャン、アマリア、ベルナルド………彼らひとりひとりと向き合ったとき、彼らはミカエラにとって何なんだろう?
「…………『ちょっと変わったお友達』、でもいいのか」
ミカエラの中で、ここ数日グルグルしていた何かがストンと腑に落ちた。
「『すごく難しくて、とても簡単』………本当ですね、ソフィア様」
ひとり呟いて、ミカエラは笑いだした。
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こうして、ミカエラとソフィアは「お友達」になった。
と言っても、年齢も階級も育ちも違いすぎる2人は、何をどうしたらいいのかお互いよくわからなかった。
そこで「友達マイスター」ことパウラから助言を得て、先ずはお互いの共通点を探って、そこを掘り下げようということになった。
この2人の場合、一番わかり易い共通点は知れている。
『夫がクソ』、この一点に尽きる。
と言ってもミカエラの場合、その「夫」は相手の「息子」でもあるので、話は若干複雑になる。
ソフィアに、「じゃあ私たち、とりあえず『夫がクソ』友達ね!」と朗らかに言われて、ミカエラは引きつった笑みを返した。
お友達なりたての2人の話題としては、イグナシオの話は難易度が高すぎる。
そこで、イグナシオのことは一旦ペンディングにしてもらって、ミカエラはソフィアと毎日のようにお茶の席を囲んでは、「エンリケ伯爵放蕩烈伝」を聞かせてもらうことにした。
そして、これが思った以上に面白かった。
話の内容はそれなりに深刻なのだが、これまで知らなかった高位貴族の世界の話は物珍しく、ソフィアの淡々とした語り口もあって、「貴族界を股にかける勘違いオッサン劇場」として、ミカエラはなかなか楽しく聞くことができた。
ソフィアも最初のうちは「夫の愚痴をお友達に延々聞かせるなんて申し訳なくて……」と遠慮していたが、ミカエラが伯爵のアホ話を心から楽しんでいることを見て取ると、これまで独りで我慢していたものが噴き出し、次々とエンリケのろくでなしエピソードを語って大いに溜飲を下げることができた。
そしてある日、あまりの放蕩の酷さにミカエラがエンリケのことを「エンガチョ伯爵」と口を滑らせ、それを聞いたソフィアが大笑いしたことで、2人の間でエンリケの呼称はエンガチョ伯爵で固定されてしまったのだった。
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2人はもうひとつの共通項、レイエス家の経済問題でも共同戦線を張ることになった。
これまで、セバスチャンに許された権限までしか反映していなかったミカエラの知見を、屋敷の女主人の領域にまで拡大したことで、伯爵家の会計事情は飛躍的に改善に向かった。
(凄いわ。流石に商家の生まれね。それにミカエラは、本当に楽しんで手伝ってくれている。フロレンシアはあんなに非協力的だったのに……)
ソフィアは独りで苦労してきた日々を思い返し、背負った重荷を誰かと分け合えることに心から感謝した。
ミカエラが手伝うのは専ら帳簿関連ではあったが、時には使用人の雇用条件や待遇についてソフィアと話し合うこともあった。
「この従者とメイドなんですけど……他の使用人の方たちから『女癖が悪い』とか『手癖が悪い』って苦情があがってます。
私の目から見ても真面目に働いているようには見えないのに、お給料は結構いいですよね?
そのせいか随分威張ってて、セバスチャンやアマリアも手を焼いているようですけど……」
「ああ、その2人はね……
エンガチョのお気に入りなのよ。
ろくに働かないのに、おべっかを使ってエンガチョに取り入ることにかけては2人とも天才的でね。
私が辞めさせるように言っても、エンガチョが耳も貸さず優遇するものだから、すっかり調子に乗っているの」
「そうでしたか………
あ、だったらその2人は別邸に異動させたらどうですか?
エンガチョ伯爵様のお気に入りだと言うなら、側に置けばよく働くかもしれませんし。
給料も他の使用人と同じにして、働きに応じて伯爵様のポケットマネーからお手当を出すことにするんです」
「なるほど………確かにその通りね。どうして今まで思いつかなかったのかしら。
早速別邸勤務を手配するわ。どうせこっちじゃろくに働いていないんだから、2人抜けたところで大した穴にはならないでしょう」
ソフィアとミカエラの英断に、2人の怠け者に苦労させられていた本邸の使用人たちは諸手を挙げて喜び、屋敷の空気は更に良くなった。
ただ、ソフィアとミカエラの仲が深まるにつれ、思わぬ弊害も起きた。
元々ソフィアは使用人たちに敬愛される一方、身分の線引きはキッチリするタイプだったのに、最近では間にミカエラが挟まることで、その辺の線引きがワヤワヤになってきたのだ。
あの厳格な大奥様が、夜中に厨房でアマリア相手にホットワインをチビチビやっている姿などが目撃されるようになり、使用人たちの敬愛の念の中に、「大奥様カワイイ」なる邪念が混ざり込むようになってしまったのであった。
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ちなみに、別邸のエンリケの下に送られた2人の使用人は、相変わらずおべっかばかりでろくに働こうとしなかった。
そのくせ、期待していたお手当てが貰えないことに腐った2人は、やがて、ひとりはエンリケの愛人の宝石に手を付けようとしたところを見つかって、紹介状も貰えず放り出され、もうひとりは愛人そのものに手を付けようとしたところを見つかって、その場でエンリケに無礼討ちにされてしまったが、それはソフィアやミカエラのあずかり知らぬことだった。




