第3話 藤宮凛は褒めさせたい
一ヶ月が過ぎ、体育祭当日を迎えた。
聖凛学園のグラウンドは朝から人で溢れ、歓声と笑い声が響き渡っている。
競技の合間にはベンチで寄り添う生徒たち、応援席で肩を寄せ合うグループ、テントの影で甘い言葉を交わす連中。学園全体が、いつもより少し特別な空気に包まれている。
俺はリレーの待機場所で体をほぐしながら、応援席に目をやる。
最前列に、凛の姿があった。あの会議で話題になった特注のチアユニフォーム。短めのスカートにリボン、動きやすいのに凛らしい気品が残るデザイン。ジャンプするたび黒髪が揺れ、時折見える笑顔が眩しい。
(……あんな姿で本気で応援されて、集中できるかよ。凛のこういうところ、ほんと可愛いな)
(……天城くんの走る姿が見たくて、この衣装にしたけど……少し恥ずかしい。でも、好きだから、頑張っちゃう)
遠くから視線が絡み、凛の目が俺を捉えるたび、胸がざわつく。
一ノ瀬が隣に駆け寄ってきて、興奮気味に。
「会長! 副会長の応援、めっちゃ可愛いよ! 絶対優勝して、かっこいいところ見せて!」
佐藤が遠くからデカい声で援護。
「会長、負けたら副会長に土下座で『付き合ってください』だぜ!」
神崎がスマホを構えながらニヤニヤ。
「凛ちゃん、会長のことしか見てないの丸わかり~。優勝したら、ご褒美甘くなっちゃうよね?」
凛がメガホンを握ったまま、神崎を軽く睨むけど、口元が少し緩んでいる。
周りの茶化しは軽やかで、俺たちのリズムを崩さない。みんなの温かい気持ちが伝わってきて、悪い気はしない。
リレーの順番が来た。
バトンが回ってくるまで、凛の応援に集中する。
完璧な掛け声、タイミングのいいジャンプ。スカートが翻る姿に視線が集まるのに、凛の目は俺だけを追っている。あの真剣な表情、頰に浮かぶ薄い赤み。
(……こんなに本気で応援してくれるなんて、嬉しい。凛のこと、ほんとに好きだ)
(……全力で走る天城くん、かっこいい。こんな姿見てると、胸が熱くなる。好きで、たまらない)
バトンを受け取り、全力でダッシュ。
最終コーナーで二人抜き。ゴールテープを切った瞬間、歓声が爆発した。
生徒会メンバーたちが駆け寄ってくる。
「会長、最高!」
佐藤が背中を叩く。
一ノ瀬が飛び跳ねて喜ぶ。
神崎が凛を引っ張ってきて。
凛が少し息を切らしながら、俺の前に立つ。髪が少し乱れ、頰が上気している。
「……おめでとう、天城くん。かっこよかったわ」
クールに言うけど、声が少し柔らかく、目が優しい。全力で駆けつけてきたんだ。
(……こんな顔で言われたら、ドキリとする。凛のこういう表情、可愛いな)
(……近くで見る優勝した天城くん、もっとかっこいい。好きで、近づきたくなる)
「ありがとう。応援が力になったよ」
俺が返すと、周りが「おおー!」と温かくどよめく。
佐藤が軽く煽る。
「ご褒美タイム!」
一ノ瀬と神崎が笑いながら合唱。
凛が小さく笑って、俺にだけ聞こえる声で。
「……特別に、褒めてあげる。よく頑張ったわね」
その言葉に、心臓が強く鳴る。
(……褒められて嬉しい。でも、このまま油断したら負けだ)
(……褒めたけど、こっちが照れちゃう。もっと攻めたいのに)
俺は平静を保って返す。
「褒め言葉、ありがとよ。でも、まだ勝負は続く」
凛の頰が少し赤らんで、目を細めて微笑む。
周りがまた優しく笑い合う。この空気が心地いい。
体育祭は大盛況で終わった。
片付けの後、生徒会室で二人きり。
「……今日は、楽しかったわね」
凛が窓辺に立って静かに言う。夕陽が髪を照らして、穏やかに見える。
「ああ。俺も」
俺が近づくと、凛が振り返る。
(……近くにいる凛、ほんとに可愛い。好きだな、こんな時間)
(……天城くんの横顔、落ち着く。好きで、もっと一緒にいたい)
「次は球技大会。そこで、また本気でいくわよ」
「楽しみにしてる」
互いに目を合わせて、静かに微笑む。
今日も、「付き合ってください」は言わなかった。
でも、お互いの気持ちが、少しずつ近づいている。
絶対に、俺から言わない。
藤宮凛から、必ず言わせてやる。
夕陽の部屋で、俺たちは並んで立っていた。
肩が軽く触れ合う距離。
小さな変化だけど、心臓の音が静かに続いていた。




