第2話 藤宮凛は煽らせたい
生徒会室は、今日もいつもの面子で埋まっていた。
予算会議の名目で集まっているが、実質は体育祭の種目決めと応援団の割り振り。文化祭はまだ先だ。まずは目の前の行事を片付けないと、凛が許さない。
まず声を上げたのは、書記の一ノ瀬陽菜。明るいポニーテールの似合う、クラスの太陽みたいな女子。成績は中の上だが、人の心を読むのが異常に上手い。いわゆる「空気読みの天才」。
「会長! リレーのアンカー、今年も会長で決まりでしょ? 去年の逆転劇、伝説になってるんだから!」
「一ノ瀬、去年はたまたまだ。俺はただ走っただけだ」
俺が苦笑いで返すと、会計の佐藤大輔がデカい体を揺らして笑い出す。バスケ部エースで180cm超え。頭は悪くないのに、わざとボケをかますのが趣味らしい。
「たまたまじゃねーよ! あの時会長、最後50mで三人抜きだぜ? 女子の歓声ヤバかったもん。副会長も、応援席で立ち上がってたよな~?」
突然の指摘に、凛がピタリと手を止める。
「……立ち上がってなんかいないわ。ただ、風が強かっただけ」
「風で立ち上がるって新しいな!」
佐藤がさらに煽ると、広報担当の神崎美咲がクスクス笑いながらスマホを掲げる。凛の親友で、容姿端麗・頭脳明晰・悪趣味。学園の情報網をほぼ掌握している。
「嘘つかないでよ凛ちゃん。去年の写真、ここにあるよ~。会長がゴールした瞬間、凛ちゃんの目がハートマークだったのバッチリ撮れてる」
「美咲、消しなさい」
凛の声が低くなる。でも耳が赤い。完全に動揺してる。
(……こいつら、毎回これだ)
(……全員、私たちをからかってるわよね)
俺と凛の内心は、もう完全に同期している。
一ノ瀬がさらに追い打ちをかける。
「てかさ、もういい加減付き合っちゃえば? 学園内で『付き合ってない』って言ってるの、この二人だけだよ? カップル率9割超えてるのに、最後の砦が崩れないって、みんな賭けの対象になってるんだから」
「賭け?」
俺が聞き返すと、神崎がニヤリと笑う。
「うん。私が胴元。『体育祭までにどっちが先に「付き合ってください」って言うか』で、現在副会長優勢。会長は意地っ張りすぎて折れないって評価らしいよ」
佐藤が手を叩いて大笑い。
「俺は会長に1000円賭けてるぜ! 絶対副会長から言うって!」
凛が静かに立ち上がる。
「……全員、賭博は校則違反よ。没収するわ」
「えー! 冗談だって!」
一ノ瀬が慌ててフォローに入るが、遅い。凛の目は本気だ。
俺はため息をつきながら、話題を戻す。
「で、リレーの話だけど。俺はアンカーでいい。でも応援団長は藤宮副会長だろ? 去年みたいに、完璧な演出頼むよ」
凛が俺をチラリと見て、わずかに口角を上げる。
「……期待してていいわ。去年以上に、盛り上げてあげる」
(……今年は、応援で俺を動揺させようって魂胆か)
(……会長を本気にさせて、勝った後にご褒美要求させる作戦ね)
またしても、互いの思考が完全に一致する。
神崎が最後にトドメを刺す。
「じゃあ決まり! 優勝したら、会長と副会長でデートコース一周ね! カップルはみんなやってるんだから!」
「却下」
俺と凛が、珍しく同時に言った。
全員が一瞬静まり、すぐに爆笑が起こる。
会議が終わって、他の三人が帰った後。
生徒会室に、いつもの静けさが戻る。
「……みんな、うるさいわね」
凛が資料を片付けながら呟く。
「ああ。でも、体育祭で本気で仕掛けてくる気だな」
俺が答えると、凛が手を止めて俺を見る。
「天城くんは、私から言わせたいんでしょ?」
直球。いつもの凛だ。
「……藤宮副会長こそ、俺から言わせたいんだろ?」
俺も直球で返す。
互いに微笑む。でも目は笑ってない。
体育祭まで、あと一ヶ月。
周囲が加わったことで、戦場はさらに広がった。
絶対に、俺から「付き合ってください」なんて言わない。
藤宮凛から、必ず言わせてやる。
窓の外、グラウンドでは部活中のカップルがベンチで寄り添っている。
俺たちは同時に視線を逸らしたが、片付けながら指先が少しだけ触れた。
誰も気づかない、ほんの小さな接触。
でも、それだけで十分に心臓が鳴った。




