第一話互いの視線が絡むとき、勝負は始まる
聖凛学園の春は、いつも少し早い。共学化して三年。校内はもう完全にカップル天国だ。朝の登校路で手を繋ぎ、休み時間にベンチで寄り添い、放課後には屋上や旧校舎の空き教室に消えていく連中が山ほどいる。
「付き合ってるのが当たり前、付き合ってない方が珍しい」
そんな空気が学園全体を包んでいる。そんな中で、俺と彼女だけが――まだ、だった。俺、天城悠真。成績だけで生徒会長の座を掴んだ、根っからの負けず嫌い。
彼女、藤宮凛。四大財閥・藤宮家の長女。この聖凛学園の実質的な女王で、副会長。二人はもう三ヶ月前から、互いに「異性として意識してる」ってことがバレバレだった。
好きだ。間違いなく好きだ。
でも、どっちも「付き合ってください」なんて言葉を、絶対に口にしない。言った方が負けだから。俺は童貞。彼女は彼氏いない歴=年齢。
どっちもプライドが高すぎて、自分から頭を下げるなんてありえない。
向こうから言わせれば勝ち。
向こうから言われたら、喜んで付き合ってやる。その日は、生徒会室だった。「天城くん、予算案の最終確認、まだ?」凛が書類をパラパラめくりながら、俺の方を見た。
窓から差し込む春の日差しが、彼女の黒髪を輝かせている。制服のスカートが少し短めで、座った拍子に膝がチラリと見えた。……って、違う。集中しろ。「もう三回読んだよ。でも副会長が『一緒に確認したい』って言うから、待ってたんだけど」俺はわざとため息をついてみせる。実際は昨夜のうちに完璧にチェック済みだ。でもそれを正直に言うのは、負けだ。凛の眉がピクリと動いた。「……ふん。別に一緒にやりたいなんて思ってないわよ。生徒会長として義務でしょ」「義務ねえ。じゃあどうして、わざわざ俺が来るまで待ってたの?」凛の頰が、ほんの少し赤くなる。でもすぐに腕を組んで、俺を見上げてきた。「それは……あんたが遅いからよ!」(……可愛いな)(……こいつ、わざとやってるわよね)互いに、同じことを考えてるのがわかった。生徒会室には、俺と凛だけ。
外の廊下では、カップルが笑いながら通り過ぎていく声が聞こえる。「ねえ、天城くん」凛が急に声を低くした。「この学園で、まだ付き合ってないのって……私たちだけじゃない?」その一言に、俺の心臓がドクンと鳴った。「……まあな。周りはみんな、もう屋上とか旧校舎とか行ってるらしいし」凛の視線が、少し泳ぐ。「屋上の鍵、最近かけてないって聞いたわ。旧校舎の三階の奥の部屋も、ほとんど使われてなくて……」彼女が何を言いたいのか、すぐにわかった。
この学園には、カップルたちが人目を避けてキスしたり、もっと甘い時間を過ごしたりする隠れスポットがいくつかある。
周りはもう、とっくに使ってる。俺は平静を装って、わざと笑ってみせた。「へえ、藤宮副会長は、そういう場所に興味あるんだ?」「べ、別に!! ただの情報よ! あんたこそ、興味あるんじゃないの!?」凛の耳まで赤い。
でも、目を逸らさない。(……誘えば、来るかな)(……誘われたら、行くかも)互いの頭の中で、同じ計算が始まっていた。でも、誘うってことは――
あの場所に連れていくってことは――
ほぼ「付き合ってる」って認めるようなものだ。それって、負けじゃないか?俺たちは同時に、視線を逸らした。春の風が、生徒会室を通り抜けていく。勝負は、ここから始まる。
絶対に、俺から言わない。
絶対に、藤宮凛から「付き合ってください」を言わせてやる。聖凛学園最後の意地っ張りカップル――
天才たちの恋愛頭脳戦が、今、静かに幕を開けた。




