皇帝の誤算 亡霊と新王
二階回廊から見下ろすオーギュストの瞳は、驚愕に、そして震えるような歓喜に濡れていた。
階下で、睨みつけるその姿、__引き裂かれた服、脈打つ黄金の紋章、そして光を拒絶する漆黒の棺。それは二十年前、自らの野心のために追い落としたはずの、あの男そのものであった。
(ゼノス……。お前が、帰ってきたのか……?)
周囲の貴族たちは、もはや悲鳴すら上げられない。彼らの目に見えているのは、かつて帝国を恐怖と栄光で支配した「亡霊」だった。若きユージンの面影は、溢れ出した軍神の気配に塗りつぶされ「軍神ゼノスが、死地から蘇った。」と本能で信じ込んだ。
オーギュストは、胸の奥で熱いものがこみ上げるのを感じていた。
自分が二十年かけても超えられなかった圧倒的な『個』の武力。ロザリンドのような小物による簒奪など、この男の一歩の前には無力だ。この男こそが、低迷する帝国を、そして自分を縛る罪業を、すべて力で薙ぎ払ってくれる『真の王』なのだ。
オーギュストは震える両手を広げ、救い主を迎えるように、法悦の笑みすら浮かべて、叫んだ。
「見よ!これこそが我が一族が待ち望んだ光だ!ゼノスの血を継ぎし新王よ、その剣で、いまこそ浮上を祓い__。」
「うるせぇんだよ!おっさん!!」
咆哮が、皇帝の「夢」を真っ向から両断した。
「……っ⁈」
オーギュストの動きが凍り付く。広げた手は、宙を掴んだままとまり、歓喜に歪んでいた顔が、呆然とした空白に変わった。
見下ろしていたはずの若者は、盾を置き、抜剣した黄金の切っ先をオーギュストに突き付けていた。
「王だぁ?光だぁ?……ふざけんな。自分のケツくらい自分で拭けよ。お前が自分で盗った国だろがっ!
……俺は知らん!お前がやれ!この馬鹿親子っ!……二度とその面見せんなっ!」
オーギュストは、崩れ落ちるように欄干に手をついた。期待していた『王』からの救済ではない。突き付けられたのは、自分が作り上げた「帝国」という重荷を、ゴミのように投げ捨てられるという拒絶。
皇帝として歩んだ二十年が、只の無駄骨だったと目の前の若者の罵倒によって、オーギュストの心は二度の、そして決定的な絶望へと叩き落された。




