棺を運ぶ者
ユージンの左腕にあるのは、盾と呼ぶにはあまりに不吉な漆黒の『棺桶』だった。
光を吸い込むその黒い面は、まさに死者を封じ込めるための箱そのもの。彼はそれを『構える』ことすらしない。ただ、巨大な棺桶を無造作にぶら下げ、引きずるようにして歩を進める。
ユージンが議場の中央、玉座へと続く大階段の麓で足を止めた。二階の回廊から見下ろすオーギュストの視線と、階下で震えるロザリンドの絶望が交錯する。
「な、なんなのよお前は……!衛兵!衛兵は何をしているの!この無礼者を、この汚らしい野良犬を今すぐ殺しなさい!!」
ロザリンドが階段の上段で狂ったように叫ぶ。だが、彼女を守るべき『壁』は既に左右に爆散し、うめき声をあげる肉塊の山と化していた。
ユージンは答えない。ただ左腕の『棺』を、無造作に、だが絶対的な質量をもって床へと叩きつけた。
__ゴォォォォォォォォンッ!!!
第二打。
衝撃波は指向性を持った『黒い壁』となり、階段を駆け上がった。大理石の手すりが飴細工のようにひしゃげ、豪華な赤い絨毯が逆波を立てる。その暴力的な風圧に足を掬われ、ロザリンドは宙にういた。
「あ……。ああっ!!」
無様な悲鳴を上げながら、彼女は階段を転がり落ちた。絹のドレスは破れ装飾品が散らばる。結い上げた髪はとけ、かつて女王のように振る舞った女は、最後には、ゴミのように階段の最下部__ユージンの足元へと転がった。
鼻を突く大理石の粉塵。目の前には、光を飲み込む漆黒の棺の角。ロザリンドは、死の恐怖に顔を歪ませ、命乞いをしようと顔を上げた。
「まっ、待ちなさい……。私は……私はこの国の__」
だが、言葉は続かなかった。
ユージンは、彼女を見下ろしてすらいなかった。
彼の瞳は、ただ遥か上方のオーギュストだけを射抜いている。
ユージンにとって、足元に転がり、震えている女は踏みつぶすべき敵ですらなかった。歩む道に落ちている、ただの「瓦礫」と同義だ。
ユージンは無言のまま、ロザリンドを大きくまたぎ越した。汚れたドレスの端を泥だらけのブーツが無造作に踏みしだいていく。
その徹底的な無関心こそが、ロザリンドに与えられた最大の屈辱だった。
「…………おっさん」
彼女の存在を完全に消したまま、ユージンの声が、静まりかえった議場に冷たく響いた。
わーい!次は、やっと書きたかった所に来た。




