牙を隠した、男たちの別れ
『昔のロドニアの鷹の爪は四本あったんだ__忘れるなよ、ユージン』
穏やかな日常を切り裂いたのは、遠くから石畳を叩き狂ったように迫りくる蹄の音だった。
アルベールがゆっくりと立ち上がる。その瞳には酔いなど微塵もない。彼は壁に掛かった養成所の象徴である重厚な長剣を掴み取った。
「__始まったか。」
地を這うような呟き__直後玄関の扉が叩き壊されるような音と共に伝令がなだれ込んできた。
「アルベール様!レティシア様!急報です。__陛下が、お倒れになられました。」
「お父様がっ⁉」
レティシアが悲鳴を上げ、椅子から崩れ落ちる。
ユージンは咄嗟に彼女を支えようとしたが、同時になだれ込んできた王宮騎士団の鉄色の群れに、本能的な危機感を覚えた。
彼は迷わず椅子の背に掛けていた上着のポケットから一本の小刀を引き抜いた。
それは騎士養成所の跡取りとして、アルベールから「常に刃物の感覚を忘れるな」と持たされていた何の飾りもない、しかし手入れだけは出来ている実用刀だった。アルベールは動かない。
「義父っ!陛下が倒れたんだぞ。なんでそんなに落ち着いているんだ!…騎士団の連中もなんで武器を抜いている⁉」
ユージンの問いを遮るように、騎士団長ガストンが不敵な笑みを浮かべて歩み寄る。
「‼」
「さすがはユージン『騎士養成所の跡取り』だな。勘が良い…だがこれはお迎えではない。逆賊の捕縛だ。__アルベール様、手筈通りに」
ガストンの言葉に、ユージンは耳を疑った。手筈通り?
見れば、アルベールはガストンに向かって静かに、肯定するように頷いたのだ。
「義父…あんたまさか、俺を__」
「黙れ!小僧。これは王家の問題だ。大人しくしろ!」
アルベールは冷酷に言い放つ。だが、その背後で立ち尽くすエレナの気配を感じ、剣を握る拳は白く震えていた。エレナは今でも、ユージンがアルベールとの間に授かった実子だと信じ込んでいる。この「お迎え」が、実の親子の情を断ち切る儀式であることなど、夢にも思っていない。
「あなたっ‼__ユージンをどうするつもりなの⁉」
エレナが必死に叫び、ユージンの元へ駆け寄ろうとする。アルベールはそのエレナを片手で強く振り払うようにして抱き寄せ、彼女の視線をユージンから背けさせた。
「……ユージン、俺を恨むなら恨め。」
独りごとのように呟くアルベール。
直後、背後から振り下ろされた鈍い衝撃がユージンの意識を刈り取る。
遠のく意識の中で、ユージンの目に焼き付いたのは、泣きじゃくるエレナを抱きしめ、天を仰いで慟哭を飲み込む『一人の男』としてのアルベールのあまりに悲しい嘘の横顔だった。
目標、完走まで頑張ります。
よろしくお願いします。




