三者会談、冷徹なる天秤 (黄金色の食卓の数日前)
王室地下、記録庫の奥に隠された一室。そこには窓がなく、置かれた三つの椅子を照らすのは、古びた燭台の、今にも消え入りそうな灯火だけだった。
「……私の息子たちは、腐った果実だ、アルベール」
沈黙を破ったのは、今のロドニアの皇帝オーギュストだった。寝間着の上に重厚な毛皮を羽織り、浅い呼吸を繰り返すその姿は、かつての猛々しい簒奪者の面影を失い、死を待つ病人にしか見えない。
「フィリップもホルベインも侍女頭ロザリンドという毒蜘蛛が吐く糸に絡めとられ、ただ甘い蜜を吸うだけの操り人形にまで成り下がった。……このままでは、私がゼノスから奪い取ったこの国は、私が死ぬより先にあやつと反分子貴族のよって内側から崩壊する。
その正面で、抜き身の剣のような鋭い眼光を放つアルベールは、鼻で笑って背を向けた。
「自業自得だな。だが、それを私に告げてどうする?いまさら死の床の懺悔につきあえとでも?身内の不始末に『私の息子』を巻き込むな」
「__あの子は貴公の息子ではない。アステリオンの__ゼノスの忘れ形見だ」
その言葉は、アルベールの胸に突き刺さった二十年間忘れたふりをしてきた棘だ。
「分かっている!忘れたことなど一度もない。__二十年前のあの謀略の夜、私は主君の傍に居られなかった。主君を失い、私とモラン殿が無様にも生き残ったせいで__」
アルベールの拳が卓を叩き、古い木材が悲鳴を上げる。
「あの子を育てることで、俺はゼノス様への罪滅ぼしをしてきたつもりだった。だが結局はどうだ?あの子をあんたの不始末に使うつもりか?……ユージンは一人の騎士だ。王宮の泥沼に沈めるために育てたのではない!」
ここで、二人の間に割って入ったのは、沈黙を守っていた元ゼノン側近、文官モランであった。
「アルベール卿、これは取引です。感情は捨てなさい」
モランは机の上に一枚の書状を広げた。それはロザリンドによる私腹肥やしと、隣国への売国の証拠であった。
「このままでは、ユージン殿が守ろうとしている下町の暮らしさえ、ロザリンドに踏みにじられる。……陛下が『仮病』という芝居を打ち、あぶりだされたロザリンドを一掃する。その混乱の中で、ユージン殿に『本物の奇跡』を見せさせる。……それが成功すれば、オーギュスト陛下は引退し、新旧の火種を消し去るための傀儡として、あの子を祭り上げる」
「あの子に『王』という呪いをかけろと言うのか」
「あの子なら、間違いなく私が憧れた__私がなれなかった『本物』になれるはずだ」
オーギュストは、醜いほど必死に、かつての宿敵の家臣たちに縋った。
「あの子を、私の後継者(傀儡)に据えろ。その代わり……あの子の周辺の者、アルベール、貴公たちの安全と自由は、死後の名誉に至るまで私が保証しよう。……これが、私にできる唯一の償いだ」
アルベールは苦しんでいた。『守りたかった息子』を『守りたかった主君の代わり』として戦場へ送り出さなければならない。その矛盾が、彼の心を切り裂いていた。
傍らで沈黙を守っていたモランが、静かに眼鏡の淵を上げた。その瞳には、二人とは違う、乾いた「郷愁」が宿っている。
「__アルベール卿、悔しいのは貴方だけではない。私はこの二十年、かつてのロドニアの黄金色に輝く麦畑を一度も思い出さぬ日はなかった」
モランの声は淡々としているがゆえに重い。
「今のこの国を見なさい。ロザリンドに食い荒らされ、民は希望を失い、かつての豊かな姿は影も形もない。……我々が生き残ったことへの唯一の『正解』があるとするならば、それはあの子を、かつてのロドニアの輝きを呼び戻す『軍神』として、正当な玉座へ戻すことだけだ」
モランは冷たくアルベールを諭す。
「感情で息子を抱きしめ続けるか。それとも、かつてのロドニアの誇りを取り戻すために、あの子を戦地へ放り出すか。……天秤にかけるまでもありますまい」
アルベールは呻き、椅子に深く沈みこんだ。
「……分かった。……あの子を地獄へ連れていけ。だがな、モラン、オーギュスト。……あの子が最期に俺を殺すときめたなら、俺は喜んでその剣を受け入れるぞ」
密約は成った。
かつての豊かな国を夢見る元文官と己の無力さに絶望し続ける騎士、そして国を盗んだことを後悔する皇帝。
三人の『敗北者』たちが一人の青年の未来を奪うための、もっとも残酷な作戦が始まった。
こっそり遊びに来て下さる方、いつもありがとうございます。良いお年を。
正月に書き溜めておきます(笑)




