黄金色の食卓
アストゥール私設騎士養成所の夕食はいつも騒がしいほどに温かかった。
道場の床を叩く剣戟の音に代わって、今この場所を満たしているのは、パン窯から漂う香ばしい麦のにおいと大鍋の中で跳ねるシチューの音だ。
「さ、冷めないうちに。レティシア様、遠慮なさらないで。」
エレナが食卓に置いたのはアルベール自慢のパン窯で焼き上げたばかりの黒パンだった。王宮で供される雲のようにふかふかの白パンとは違い、全粒粉の力強い茶褐色とサワードゥ特有の鼻をくすぐる酸味、どっしり重厚なその塊は、まるで大地の恵みをそのまま固めたかのようだ。
レティシアは目の前に置かれた木製の器を不思議そうに見つめた。立ち上る湯気の香りは、不揃いに切られたカブや人参、そしてわずかな肉の切れ端がとろりと煮込まれた琥珀色のシチューの中で揺れている。
「これが『家庭料理』なのね……。」
彼女は、王宮の毒見役が触れるまで決して口にできない冷めたフルコースを思い出した。ここでは誰も毒など疑わない。ただ、アルベールが安酒を喉に流し込み、ユージンが隣で「おい義父、焦げたパンをこっちに回すな。」と笑いながら手を伸ばす。その光景こそ、彼女にとってはどんなものよりも眩しく映った。
「ユージン、贅沢言うな。パンの焦げたところが一番旨いんだぞ。」
アルベールが真っ赤な顔で笑い、無造作にパンをちぎって口に運ぶ。
「いいですか、レティシア様。スラムの連中がおがくずを混ぜて食ってる『泥パン』と違って、うちのは良いライ麦だ。噛めば噛むほどロドニアの土の味がするでしょう?」
レティシアは、ユージンの真似をして慣れない手つきでパンを一口齧った。
「レティシア様、そんなに硬いままでは顎が疲れてしまいますわね。」
エレナが穏やかに微笑みながら手元へ木のスプーンを差し出した。
「行儀が悪いと叱られるかもしれませんが、こうしてシチューの底に沈めて、少しふやかしてから召し上がって下さい。……王室の贅沢な白パンとは違って、うちのは不愛想に固いですから。」
レティシアは、言われた通りに全粒粉の黒パンを琥珀色のシチューに浸した。じゅわ、と乾いたパンがシチューを吸い込み重みを増していく。それを口に運ぶと、麦の酸味と野菜の甘みが口の中で溶け合った。
「……美味しいです。とても。」
その言葉に、ユージンは優しく微笑み、アルベールは満足げに安酒を煽った。
「ははは!さすがはレティシア様だ。__いいかユージン、浸して食うのはパンだけじゃない。俺たちの人生も同じだ。泥水だろうが何だろうが、どっぷり浸かってふやけて、それから自分の味にしていけばいいんだよ。」
アルベールの言葉は、酒の勢いもあってか、どこか哲学的な響きを帯びていた。
「__なあ、ユージン。」
安酒のボトルを置いたアルベールがふと暖炉の炎を見つめながら目を細めた。
「昔のロドニアの鷹にはな、爪が四本あったんだ。__三本じゃあ本当に大切なものは掴みきれねえんだよ。」
窓の外では夜風が鳴っている。
(何言ってんだ、この酔いどれ義父が)
とユージンは呆れながら笑っている。しかしこの後に待っている『地獄』を彼はまだ知るよしもなかったのだった。
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