表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お転婆姫と今日も胃痛に耐える秘密の騎士  作者: AKIRA


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/35

黄金色の食卓

 アストゥール私設騎士養成所の夕食はいつも騒がしいほどに温かかった。

道場の床を叩く剣戟(けんげき)の音に代わって、今この場所を満たしているのは、パン窯から漂う香ばしい麦のにおいと大鍋の中で跳ねるシチューの音だ。


「さ、冷めないうちに。レティシア様、遠慮なさらないで。」


エレナが食卓に置いたのはアルベール自慢のパン窯で焼き上げたばかりの黒パンだった。王宮で供される雲のようにふかふかの白パンとは違い、全粒粉の力強い茶褐色とサワードゥ特有の鼻をくすぐる酸味、どっしり重厚なその塊は、まるで大地の恵みをそのまま固めたかのようだ。


レティシアは目の前に置かれた木製の器を不思議そうに見つめた。立ち上る湯気の香りは、不揃いに切られたカブや人参、そしてわずかな肉の切れ端がとろりと煮込まれた琥珀色のシチューの中で揺れている。


「これが『家庭料理』なのね……。」


 彼女は、王宮の毒見役が触れるまで決して口にできない冷めたフルコースを思い出した。ここでは誰も毒など疑わない。ただ、アルベールが安酒を喉に流し込み、ユージンが隣で「おい義父(おやじ)、焦げたパンをこっちに回すな。」と笑いながら手を伸ばす。その光景こそ、彼女にとってはどんなものよりも眩しく映った。


「ユージン、贅沢言うな。パンの焦げたところが一番旨いんだぞ。」


アルベールが真っ赤な顔で笑い、無造作にパンをちぎって口に運ぶ。


「いいですか、レティシア様。スラムの連中がおがくずを混ぜて食ってる『泥パン』と違って、うちのは良いライ麦だ。噛めば噛むほどロドニアの土の味がするでしょう?」


レティシアは、ユージンの真似をして慣れない手つきでパンを一口齧った。


「レティシア様、そんなに硬いままでは顎が疲れてしまいますわね。」


エレナが穏やかに微笑みながら手元へ木のスプーンを差し出した。


「行儀が悪いと叱られるかもしれませんが、こうしてシチューの底に沈めて、少しふやかしてから召し上がって下さい。……王室の贅沢な白パンとは違って、うちのは不愛想に固いですから。」


レティシアは、言われた通りに全粒粉の黒パンを琥珀色のシチューに浸した。じゅわ、と乾いたパンがシチューを吸い込み重みを増していく。それを口に運ぶと、麦の酸味と野菜の甘みが口の中で溶け合った。


「……美味しいです。とても。」


その言葉に、ユージンは優しく微笑み、アルベールは満足げに安酒を煽った。


「ははは!さすがはレティシア様だ。__いいかユージン、浸して食うのはパンだけじゃない。俺たちの人生も同じだ。泥水だろうが何だろうが、どっぷり浸かってふやけて、それから自分の味にしていけばいいんだよ。」


アルベールの言葉は、酒の勢いもあってか、どこか哲学的な響きを帯びていた。


「__なあ、ユージン。」


安酒のボトルを置いたアルベールがふと暖炉の炎を見つめながら目を細めた。


「昔のロドニアの鷹にはな、爪が四本あったんだ。__三本じゃあ本当に大切なものは掴みきれねえんだよ。」


窓の外では夜風が鳴っている。


(何言ってんだ、この酔いどれ義父(おやじ)が)


とユージンは呆れながら笑っている。しかしこの後に待っている『地獄』を彼はまだ知るよしもなかったのだった。


こっそり覗きに来て下さる方、いつも有難うございます。励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ