アルベール邸にて
「ここがあなたの家?」
王宮の壮麗な回廊を見慣れたレティシアにとって、アルベール=アストゥール邸は驚くほど小ぢんまりとしていて、それでいて生活のにおいがした。
玄関で立ち尽くす彼女の前に、一人の女性が穏やかな笑みを浮かべて現れた。
「あら、ユージン__まあ、そんなに可愛らしいお客様を連れてくるなんて聞いてなかったわ。」
エレナである。彼女は、王女を前にしても過度な礼節で距離を作ることはしなかった。ただ一人の母親として、温かく包み込むような眼差しを向けた。
「いらっしゃい…よく来てくれたわね。ユージンの母、エレナです。むさ苦しい家ですがどうぞお入りください。ちょうど、美味しい茶葉を手に入れたところなんですよ。」
「あ…ええ、失礼するわ。……いいにおいね。__何というか……お腹がすくにおいだわ。」
レティシアがエレナに連れられ、吸い寄せられるように奥のダイニングへと消えていく。その背中を見送りながら、ユージンは安堵のため息を吐き、庭にいたアルベールの元へ歩み寄った。
アルベールは、錆びた剣を振るう手を止めて、汗をぬぐいながらユージンを見た。
「__で、モランの店には行ったのか?」
ユージンはモランから預かった砥石を渡す。
「ああ、相変わらず口の悪いオヤジだった。レティシア様の前でこのお守りをボロクソにけなしてくれたぜ。」
ユージンは、ホルダーを引き出して、親指でその鷹の紋章をなぞった。
「モランが言ってたぜ。これは二十年ほど前の『迷子札』の失敗作だってな。義父、あんたも物好きだな。こんな『四本爪の出来損ない』を後生大事に俺に持たせるなんて。」
アルベールは一瞬動きを止めた。その瞳に鋭い光が宿るが……彼はすぐに豪快に笑い飛ばした。
「……ハハハ!違いねえ!あのモランがそう言ったなら間違いなく『ガラクタ』なんだろうよ。『四本爪』か……ハハハ、捕まえたら離さないってな。…きっと執念深い職人が作ったんだろうよ。」
「笑い事じゃないぞ!レティシア様の前であんなに馬鹿にされて……俺の立場も考えてくれ。」
ユージンは、呆れながらも口元には笑みが浮かんでいた。義父がつかまされたレプリカ、モランが断じた『失敗作』。その事実が「自分は只の戦災孤児で、この家の息子だ」という重力のような安心感を与えていた。
「だが、ユージン。安物だろうが何だろうが、俺がそれを手放すなと言ったのは本当だ。お前が…お前自身を無くさないための印だからな。いいか、絶対に外すなよ。」
「分かってるさ。」
ユージンが家の中へ戻っていくのを見届け、アルベールの顔から笑みが消えた。
彼は誰もいない庭で静かに呟いた。
「__『四本爪』__『失敗作の迷子札』か……恩に着るぜ、モラン殿。」
書いている自分が、分からなくなってきている(笑)




