ユージンのリングホルダー
「賄賂?ロザリンド、今何て言ったの?」
レティシアはティーカップを置く音をわざと立てた。
侍女頭ロザリンドは勝ち誇ったような薄ら笑いを浮かべ、報告書を整える。
「ええ。あの平民騎士、身の丈に合わない高価なリングホルダーを隠し持っているとか。どこかの不届きな貴族へ、王室の情報を売った見返りに受け取ったのではと、専らの噂でございます。」
(嘘おっしゃい。あいつは私の無茶に無理やりつき合わされて、給料が残らないとぼやいてたんだから。)
レティシアは内心で毒づいたものの、同時にユージンが肌身離さず持っている宝物の正体が、猛烈に気になり始めた。
その日の夕暮れ、例の洗濯物の一件ですっかり仲良くなったクラリスが、耳元で悪戯っぽく囁いた。
「姫様、ユージン様に直接お聞きしましたら、『義父から貰った大切なお守りだよ。』だと仰っていましたわ。でも、あんなに細工の凝ったものは普通の店では見かけませんね。……いっそ二人で、城下の『目利き』に鑑定して貰ったらどうです?ちょうど下町の路地裏に古物商【トキノカケラ】がありますわ。お忍びで行くには、いい場所ですよ。」
クラリスは目くばせをした。
下町の市場は、夕飯の買い出しを急ぐ人々でごった返していた。道端のワゴンには、子供向けの木製のおもちゃ、安価な真鍮の飾りなどが所狭しと並んでいる。レティシアはその中の一つ、色あせた旗が書かれた小さなメダルを一つ手に取った。
「みて、ユージン。…ここにも『三本の爪』があるわ。」
メダルに彫られているのは、羽を広げた鷹の紋章。鋭い爪は、三本。大国ロドニア亡き後、この大陸の誰もが、『高貴な過去の象徴』として知っている形だ。
「ん……そう…だな。教科書から酒場の看板までどこにでもある月並みなデザインだな。」
プライベートでの最近のユージンは、彼女に対してもすっかりフランクに話すようになっていた。
レティシアにはそれがとても嬉しい変化だった。
ユージンは歩きながら自分の胸元にあるリングホルダーを服の上から無造作に叩いた。
「オレのこれは、爪が一本多い。……酔った職人が余計に彫ったのか、それとも王家の紋章を真似ようとしたどっかの馬鹿が間違えたのか……明らかに『レプリカ』なんだ。あの侍女頭も評議会のジジイたちもこれを見てゴミだとか何だとか……。」
ユージンは自嘲気味に笑う。
だが、レティシアはメダルをワゴンに戻すと、強い瞳で彼の横顔を見上げた。
「ねえ?おかしいと思わない?三本爪がこれだけ世の中に溢れているのに、なぜその職人は間違えたのかしら?王宮の書庫にある持ち出し禁止の秘蔵書にしたって『ロドニアの鷹の爪は三本』と書いてあったはず。減らすのならまだしも一本増やすほうが手間がかかるんじゃない?」
「手間のかかる失敗なんていくらでもあるんだろ?……おい、そんなことより、あそこの角を曲がれば【トキノカケラ】だ。」
ユージンは、わざと話を切り上げようと足早に角を曲がる。
「三本爪が『歴史の正解』……なら貴方の四本爪のホルダーって……。」
レティシアのつぶやきは、下町の雑踏にかき消されたのだった。
作者も思いもよらない話になってきた。終わらねえ(汗)




