クラリスとレティシア
「はぁ…。これを今日中に全部だなんて、ロザリンド様も無茶ぶりがひどすぎるわ。」
王宮の北側に位置する誰も来ない裏庭。
侍女のクラリスは、山積みにされた騎士団の訓練着を前に深いため息を吐いた。
冷たい水で、赤くなった手を見つめ、こぼれそうになる涙をぐっとこらえる。
彼女が此処へ配属されてから、侍女頭ロザリンドによる執拗な『教育』という名の嫌がらせは、日を追うごとにエスカレートしていた。
「あら、そんなところで、何を泣きそうな顔をしているの?」
鈴を転がしたような、けれど隠しきれない好奇心を含んだ声が響く。クラリスが驚いて顔を上げるとそこには、見事な金髪を陽光に輝かせた。この国の末姫レティシアが立っていた。
「れ、レティシア様?このような場所に…お一人で?」
「しーっ!声が大きいわ。ユージンに見つかったら、また説教が始まって、連れ戻されてしまうじゃない。」
レティシアは悪戯っぽく唇に指をあてるとドレスの裾を惜しげもなく汚して、クラリスの隣にちょこんとしゃがみこんだ。
「それ。ロザリンドに押し付けられたんでしょ?ふん、あの女、相変わらず性格悪くて陰険なんだから。
__かしなさいよ。私も手伝ってあげる。」
クラリスは飛び上がるほど驚いた。
「えっ!めっ滅相もございません!姫様にお洗濯をさせるなんて!」
「いいのよ__。なんだか面白そうだから…。」
レティシアは慣れない手つきでぬれた訓練着一枚とると、ふふんと鼻をならした。
「これ…もしかしてユージンのじゃない?あいつってばいっつも真面目過ぎてつまんないんだけど、石鹸のにおいだけは、一人前なのよね。」
その点は、クラリスも気づいていたようだった。
「はい。騎士団の洗濯物って、いつも…その鼻がひん曲がるほどの『男臭い』においがするんですけれど…ユージン様の衣類は良い石鹸のにおいがするんです。」
「あいつ、意外とキレイ好きなのね。裏でこっそり一人でゴシゴシと洗っているのかしら。」
レティシアは意地悪そうに笑った。
レティシアのその親しみやすい話し方にクラリスは目を丸くした。
(王族の方って、もっととっつきにくい人だと思っていたのに…ロザリンド様は陰でレティシア姫様を無能扱いしてたっけ。)
「ようし、これ見たら、あいつはどんな顔をするかしら?」
レティシア姫は豪華な刺繍が施された袖をビシャビシャにしながら、訓練着をぶんまわして、はしゃいでいる。
「レティシア様!それは振り回して洗うものではございません…いいですか?ここはこうして……。」
「へぇ…意外と力が入るのねえ。」
レティシアはクラリスの仕事ぶりに感心している。
「姫様、そんなに力を入れたら、生地が……。」
「いいのよ。ユージンの訓練着なんて本人と同じで、丈夫なだけが取り柄なんだから。」
バシャン!と盛大な音をたてて、冷たい水が跳ね二人の顔を濡らす。普通なら不快に思うはずのその冷たさが、心地よく感じられる。
レティシアの服はビショビショ、ドレスの裾は真っ黒、それでも二人は楽しそうにはしゃぎながら洗濯を続けた。
翌日、レティシアは全身の筋肉痛に苛まれた。
「……腕が上がらないわ…。」
ユージンは不審がって尋ねた。
「昨日はお稽古をさぼって、一体何をされたのですか?」
「……。」
後で、偶然洗濯場を通りかかった下男の一人に事のいきさつを聞いて、こっそり胃薬を貰いに行ったユージンであった。
二人の会話の変化が楽しい(笑)




