ちっちゃな妖精、嫉妬する
読みに来て下さって、ありがとうございます。
今回は、前回のお話のミミの視点です。
団長さんは、町に行ってしまいました。
いえ、私が「行ってらっしゃい」をしたんですけどね。辺境騎士団のお休みは、週に1日。日曜に半分の人が、お休みを取って、水曜に、もう半分の人がお休みを取る。大半の人は、休日の前の日の夜に町に出かけて、次の日の夜に帰ってくるらしい。
「1年の見習い期間を終えるか、16歳になったら、騎士の試験を受けて騎士になるんです。俺は、来月16歳になるんで、試験に合格して騎士になったら、先輩が花街に連れ……」
騎士見習いの留守番組の1人、ジェイクがニヤニヤして頭の後ろを掻いて照れながら言いかけた。
私の頭上に影が出来、私の耳が塞がれた。ドラニスタ君の指だ。
へーほーふーん。そかそか。
ジェイクの隣に座っていたマシューが、ジェイクの頭を叩き、反対側に座っていたガレンが、ジェイクの口を塞いだ。
いや、別にいいですよ。気を遣ってくれなくても大丈夫。
「心配するな、ミミ。叔父上は、花街には行かない。安心して」
えー、別に~。団長さん、もうすぐ30歳って言ってたし、大人の男の人なんだしねー。行っても、問題ないわよねー。
あれだけイケメンなんだから、花街では、引く手あまた、女達は、お相手したくて取っ組み合いしてるんじゃない?
「叔父上は、『王族が花街に行くと、スキャンダルになるから行かない』と、常日頃から言っている。正論だよね」
ドラニスタ君が、私の髪を指先で撫でて、ニコニコしながら言った。
「副団長さんがね、今日は団長さんを花街に連れて行くって言ってた。だから、私から団長さんに町に行くように言って欲しいって」
マシューは頭を抱え、ガレンは額に手を当てた。
「だから、あの人は、もてないんだ」
「デリカシー無さすぎっす」
「馬鹿じゃね?」
「一度、聖女様の拳骨説教を喰らえば良いと思うよ」
最後のは、ドラニスタ君だ。ひょっとしたら、彼も団長さんと同じ様に、聖女様にお説教された事が、あるのかも。あれは、痛そうだよね。
お留守番組の見習い騎士達は、休みの前日はドラニスタ王子の部屋に集まって、お菓子と果実水を持ち込んで、カード遊びをしているらしい。私も、皆のカード遊びに交ぜてもらった。
「騎士団は賭け事は禁止なので、一番負けたやつは、明日のおやつを用意することになってるんすよ」
町の菓子屋に行ってお菓子を買ってくるか、はたまた、調理場を借りて自分で作っても良いらしい。
「調理場を借りる場合は、料理長や、お手伝いのおばちゃん達の分も作るのがお約束っす。俺は、そっち派っすね」
そう言って、ガレン君が、さっき調理場を借りて作ったジンジャークッキーの欠片を私にくれた。
うん、美味しい。私がそう言うと、ガレン君は、ニコニコして嬉しそう。料理が好きなんだって。家ではお菓子作りの材料が高くて手に入らないけど、騎士団にいると、砂糖とかスパイス等の高価な材料も、団長さんに許可を貰えば使えるので、時々デザートを作らせて貰ってるらしい。
皆はカードを手に持って、私はテーブルの上にカードを伏せて置きながら、ポーカーをしつつ、色んな話をした。
自分達の好きな事、家族の事、団員の先輩達の事。私は、自分の妹の事を話しながら、ハタと気付いた。私は上手い具合に神聖力のある団長さん達に助けて貰えたけど、妹の美央は、どうなんだろうか。心配してもどうしようもないけど、どんどん不安になってきた。
話は、見習い騎士の憧れである団長さんの話になった。ああいう所が格好いいとか、こんな事があったとか、助けて貰ったとか。
そうそう、私もドラニスタ君と団長さんに助けて貰ったんだ。
最初に団長さんに会った時は、団長さんは髭面で。裸だった私は頬擦りされて、髭がザリザリして痛かったな。次に会った時は、髭をキレイに剃ったイケメン状態で、それでもやっぱり頬擦りされて。会う度に、事ある毎に頬擦りされて、身体にキスまでされて。
もう、最近は何だか麻痺して来たわね。頬擦りされないと、何か悲しくなってくる。
団長さん、今頃、何してるかな~。もう、副団長さんに連れられて花街に行ったんだろうか。キレイな女の人に囲まれて、お酒を呑んで、その中の特にキレイで胸の大きなスタイル抜群の女の人と、お部屋に行って。
「ただいま。帰ったよ、ミミ。ほら、おいで」
ドアが開いて、団長さんが私に声をかけた。私達は、ビックリして振り向いて団長さんを見た。
え……団長さんだ。何で?私は、泣きそうになった。
「え……団長さんは今日は花街に行くから、朝まで帰らないって」
皆もビックリして、口が開きっぱなしになっている。
「私は、花街になど行った事は無いが?誰が、そんな、流言飛語を?」
団長さんは、如何にも心外だと言う風に、不機嫌そうに眉を上げた。そんな仕草も格好いい。
「皆、団長さんには、早く奥さんもらって子供作って、ここに根付いて欲しいって。でも、私には無理だから。
団長さんは私がいると町にも行かないから、女の人との出会いも無いって。だから、私から団長さんに町に行く様に勧めて欲しいって」
私の話を聴きながら、団長さんは眉根を寄せて、どんどん不機嫌な表情になっていった。
私は、知らず知らずの内に、涙を流していたらしい。ドラニスタ君が、そっと、私にハンカチの端を渡してくれた。団長さんは、益々、怪訝そうな顔になった。
「ミミ、おいで。私は、ちゃんとすぐに帰ってきただろう」
団長さんは、涙が止まらなくなっている私を自分の手のひらに乗せて、頬擦りした。何だか、嬉しかった。私は、団長さんの頬に抱きついた。団長さんは、私に頬擦りしたまま、ドラニスタ君の部屋を出た。
「団長さん、お酒臭いです。お風呂に入った方が、いいですよ」
団長さんがお風呂に入っている間に、私は団長さんが濡らしてくれた団長さんのハンカチで顔を拭いた。何故か、ドラニスタ君が貸してくれたハンカチは、団長さんに取り上げられた。
洗って返そうと思ったのに。ドラニスタ君、ごめん。
団長さんが、大好きだ。
私は、いつまで、ここに居られるんだろう。いつまで小さいままで団長さんの側に居られるんだろう。この気持ちに蓋をしたまま、ここを離れる事になるんだから、それは早い方が良い様な、このままゆっくり時間が過ぎて欲しい様な複雑な感情で、心が揺れる。
揺れて揺れて、涙が再び溢れてきた。
私は団長さんのベッドの布団に潜り、目を瞑った。
今は、ただ、夢を見よう。団長さんやドラニスタ君や団員の皆、聖女様やおばちゃん達。この砦で暮らす、幸せな夢を見よう。
団長さんが、布団に入ってきて、私を手のひらに乗せた。団長さんの手のひらの温もりが、私に伝わってくる。
夢心地とは、こう言う事を言うのかな。
「このパンケーキは、本当にフワフワだな。初めて食べたぞ」
「料理長が、ミミに教えて貰ったんすよ。でも、手間が掛かるんで、団員全員には作れなくて、聖女様やおばちゃん達と作って、試食した事があるんす」
「ほら、ドラニスタ殿下には、ホイップクリームをマシマシにしとくっすね。ほら、元気出すっすよ」
「私は、別に落ち込んでなんか、いないからね」
「はいはい。キャラメルソースも、掛けとくっすね」
「僕は、花街に行くより、このパンケーキが、また食べたいな」
お腹が空く、後書きでした。