とあるパーティーの解散の話
新月の夜。
冒険者たちが集まり賑わう町の宿に、とある冒険者パーティーがいた。
リーダーで剣士のヴィクター。
天才魔法使いのシェリー。
虎獣人で格闘家のリオ。
フリーの回復師のフラン。
この日はギルドに依頼達成の報告をしたばかり。シェリーとリオは達成感、久々の風呂、携帯食ではない美味しい食事に浮き立っていた。
ヴィクターに部屋に呼ばれ、信じられない言葉を聞くまでは。
「シェリー、リオ。悪いが今日限りでこのパーティーを解散する」
「な、何ですか突然!?」
「そんな兄貴!何の冗談だよ!?」
二人が同時に声を上げた。
数時間前、力を合わせオークの群れを討伐したばかり。想定外の出来事はあったが無事に終わった。今までパーティーに問題はなかったはずだと二人は思っていた。
ヴィクターは真剣な表情のまま続けた。
「今このパーティーはCランク。Bランクまであと少しだ」
「じゃあ何で解散なんだよ!」
「Bランクになればこのパーティーは必ず壊れる」
「訳わかんねぇよ!」
「その原因は俺にある。本当にすまない」
そう言ってヴィクターは二人に向かって頭を下げた。
「兄貴の何が問題なんだよ!兄貴は強いし、渋いし、優しいし、すご」
すると苛ついたシェリーが話を遮った。
「うるさいですよ!いつもいつも話をそうやってまともに聞かないから、ヴィクターも君に愛想尽かしたんじゃないですか!?」
「何だと!?」
シェリーの言葉に激昂したリオは爪を彼女の首元に突き出す。シェリーは後ずさったがリオを睨み壁に立てかけてあった杖に手を伸ばす。
次の瞬間、ヴィクターはテーブルに拳を叩きつけた。
「やめろ!仲間内で争うなといつも言っているだろ!リオは爪を引っ込めろ!シェリーは余計な口を挟むな!」
「……ゴメン、兄貴」
「う……わ、わかったよ」
ヴィクターは普段冷静かつ温厚でこんな怒鳴り散らすような事はしない。怒鳴られた恐怖よりも、これから何を言われるのかという不安が二人の胸に広がり始めた。
「まずは気になるだろうから先に言っておく。お前たちの力量については俺は問題視していない。むしろこのまま経験を積めばAランクも夢ではないと思っている」
二人はヴィクターの言葉に頰を赤らめるという素直な反応を示す。
ヴィクターの言葉に嘘はない。現段階でシェリーは上級攻撃魔法をいくつか取得、リオはランクB級のモンスターを単体ならば一人で倒せる。足りないのは経験だけだが、そこは十年間冒険者をやっているヴィクターが今まで補ってきた。
「だがこのまま俺と一緒にいれば、お前らは必ず行き詰まる。二人ともな」
その言葉にシェリーが前のめりになる。
「天才魔法使いの僕に、何が足りないというのですか!?」
「落ち着いてくれ」
「今回だってオークを一網打尽にしたのは僕ですよ?それに上級魔法を複数使える魔法使いはなかなかいませんよ?まさか魔法使いの僕にリオみたいな無駄な体力とか」
「シェリー!!」
はっとしたシェリーは前のめりになったまま固まった。強い口調で呼ばれたからではない。自分を真っ直ぐ見るヴィクターの目が厳しいものだったからだ。
「シェリー、俺の指示を無視しただろ?詠唱を止めてサンダーランスに切り替えろと言ったのを。何でバーンアウトの詠唱を続けた?」
バーンアウトは上級攻撃魔法の一つ。広範囲に炎が広がり敵を焼き尽くす。ドラゴンの鱗を燃やすほどの威力があるが、詠唱に時間がかかるという欠点がある。
一方サンダーランスは初級で、威力は低いが敵を麻痺させ動きを止められる。それに詠唱時間はわずかだ。
今回の戦闘時、想定外の出来事があった。オークの攻撃を受けヴィクターが吹き飛ばされたのだ。
激昂したリオはそのオークに突撃し、フランはヴィクターの回復に回った。
だからヴィクターはサンダーランスで回復の時間稼ぎをし、できればリオの暴走のフォローに回ってほしかった。しかしシェリーは詠唱をやめなかったのだ。
「でも、でもあれで一気にオークを倒せたじゃないですか」
「それにだ。あんな長い詠唱の上級魔法を使うなんて作戦会議の時言わなかっただろ?オークなら中級で十分なダメージを与えられたはずだし、詠唱時間も半分だ」
「それは……それは、ですね……」
先程までの勢いはどこへやら、シェリーはしどろもどろ、目が空中を泳いでいる。
いつもなら、多少のヘマをしても敵を倒したら褒めてくれたじゃないですか。今回だってバーンアウトを使ったのは初めてだったけど、うまくいったじゃないですか。
何で怖い顔してるんですか?
すると黙っていたリオがこれみよがしにため息をついた。
「兄貴に褒められたかったんだよなー?」
「なっ!」
図星を突かれた。シェリーの体はブルブルと目に見えて震えている。
「ばーん!って新しく覚えた派手なので倒せば褒められると思ったんだろ?」
「ち、違う!!」
「これみよがしにあんな派手な魔法使ってよ。褒めてー、褒めてーってか?」
「違う!」
「止めろリオ!」
「ちが……うっ……うっ……違う……僕は……うぅ……うぅ……」
シェリーは涙目になり、頭を抱えて小さくなってしまった。リオは舌打ちしながらも少し罪悪感を覚えた。
「ちぇっ、泣くほどかよ」
「お前もだリオ」
「え?」
「今回の作戦を覚えているか?」
「あぁ。兄貴がまず前に出る。俺は詠唱をしているシェリーと回復役のフランさんの守りだったよな?」
「じゃあ何で二人を放置した?」
「あっ」
ヴィクターがオークの攻撃を受け吹き飛ばされたのを見たリオは思わず頭に血が上った。そしてそのオークに突っ込み攻撃、しかも逃げたのを執拗に追いかけたのだ。詠唱中のシェリーとフランを無防備にして。
結果的にはヴィクターはすぐに復帰し、シェリーとフランを守り、バーンアウトが発動してオークを一網打尽にできた。
ただしそれは結果に過ぎない。
「えっと、兄貴が危ない!って思ったらさ……ごめんよ」
頭をかきながら笑う。いつも通りこうやって謝れば「次からは気をつけろよ」で済むはずだとリオは思っていた。
「仲間の命をなんだと思ってるんだ?」
ヴィクターは怒りに満ちた目でリオを見据える。その威圧感にリオは恐怖し、今まで小さく泣いていただけのシェリーも思わずひゅっと喉を鳴らした。
「いいか?もし俺が動けないままだったら、二人はどうなった?」
「し、シェリーならオークくらい」
「まだ詠唱中だったのは見ていればすぐわかったよな?フランだって俺の回復で無防備だった。その隙に攻撃を受けたらどうなる?」
「い、いやだって」
「答えろ」
リオの頭に言い訳が浮かぶ。
だって仕方ないだろ?
大事な兄貴が傷つけられたんだから。周りが見えなくなるのは当然だ。俺は命の危機から救ってくれた兄貴が世界で一番大事なんだ。
次はちゃんとやるからさ。
甘い考えは簡単に見透かされ、そしてヴィクターに通用するはずもない。
「死だ。次なんてない」
リオは力なくうつむいた。
どれくらい経ったのか。長い沈黙の後ヴィクターが再び口を開いた。
「だがな。一番悪いのは俺だ」
「何でそうなるんですか」
「お前らは俺に恩義を感じている。酷い境遇から助けてくれたと」
「……事実だろーが」
二年前、シェリーは家族に裏切られてモンスターの巣に取り残された。リオは奴隷として売られそうになった。
ヴィクターは彼らを救い出した。
そして様々なことを教え、小さな手柄でも褒め、危険な場面では自分が前に出た。
年下だから守らなければ、酷い境遇だったのだから優しくしてやらねば。
かつて自分もそうしてもらったのだから。
「だがそれが足枷になってしまった。仲間を見ずに俺ばかりを見るようになった」
シェリーは家族に「才能無し」と言われ続けた劣等感を尊敬するヴィクターに認められる事で解消しようとした。
リオはヴィクターを命に代えても守りたい存在にしてしまった。
ある意味崇拝に近い気持ちをシェリーとリオはヴィクターに持ってしまったのだ。
「BランクはCランクよりも格段に強いモンスターを相手にする。そうなった時に俺に依存している状態では、互いの命を危機にさらしかねない」
大切にしたいあまり気がつけば自分に依存させる現状を作ってしまった。
それは自分の落ち度だ。
「でも……でもヴィクターは僕たちが嫌いになったのですか?失望しましたか?」
絞り出すようにしてシェリーが聞く。ヴィクターは少し笑って首を横に振った。
「実は別の理由もある。昔モンスターの毒にやられた事があってな。今回の戦いでわかった。もう俺はスキルが使えない」
「そんな!?」
「嘘だろ!?」
ヴィクターの体は毒による後遺症が残っている。年々動きは鈍り、痛みも走るようになった。その痛みでオークからの一撃をスキルで受け止める事が出来なかったのだ。だが今まで二人には一度も辛そうだったり、弱々しい素振りを見せた事はない。
「今や俺がお前たちの足手まとい。だから潮時だ。貯めた金や宝を持って故郷に帰る」
「嫌だヴィクター、一緒にいて下さいよ」
「兄貴!俺もシェリーも兄貴といたいんだ。もっと色んな事を教えてくれよ。兄貴は戦わなくていいからさ」
しかしヴィクターは首を横に振る。何度も、何度も、何度もシェリーとリオはヴィクターを説得しようとしたが彼の心が変わる事はなかった。
「お前たちと旅をした日々は楽しかったよ。妹と弟ができた気分だった。だがここでお別れだ。これからは自分たちの足で立つんだ。わかったな」
その言葉に顔をグシャグシャにしながらシェリーは泣き、リオは吠えながら彼女以上に大泣きした。泣く二人を見てヴィクターは困ったように笑うだけしかできなかった。
泣き疲れたシェリーとリオはヴィクターの部屋で寝てしまった。ヴィクターはそれぞれに毛布をかける。何だか本当に妹と弟の世話をする兄貴だなとヴィクターは苦笑した。
どうにか起きない二人をそれぞれの部屋に運んだ後。
ヴィクターが一人で酒を飲んでいるとノックの音がした。
「誰だ?」
「フランです。少しお話ししませんか?」
「構わないが、何なら散歩でもしないか?」
「えぇ……あ、剣を持っていくんですか」
「夜は物騒な事もあるからな」
二人は深夜の町に出た。遠くに酒場の光がぽつぽつ見える。しかし周囲の店は閉まっていて人通りもなく、新月の夜は暗い。
ちょうどいい雰囲気だとフランは思った。
しばらく二人は黙って歩いていたが、先に口を開いたのはフランだった。
「ヴィクターさん」
「何だ?」
「私、ヴィクターさんが好きです」
そう言ってフランは後ろを向いたまま立ち止まったヴィクターの大きな背に、小柄な体を寄せた。
「一目惚れです。実はさっきのお話聞こえてしまって……一緒に貴方の故郷に帰れるくらいのお金、ありますか?」
「盗み聞きか?」
すると後ろからすべすべとした白い手が逞しく、傷だらけの右腕を擦る。
「聞こえてしまっただけです。それに毒だって治せるかも。私色んなパーティーに引っ張りだこなくらい優秀ですよ?」
そう言ってフランは豊かな胸をさらに背に押しつける。
「色んなパーティーか。例えばBランク、ポイズンドラゴンと言えば何のパーティーを思い出す?」
「……え!?」
フランはとっさに背から離れ、距離を取った。
ヴィクターはゆっくりと振り返る。
見下ろす目が冷たい。背筋が凍りつく。頭の中に過去の映像が高速で流れる。
「Bランク……ポイズンドラゴン……毒……まさか」
「金をちらつかせたら食いつくと思ったぜ」
「お前は、ヴィンセント!?」
「五年ぶりか、フランチェスカ」
ヴィクターとフラン……ヴィンセントとフランチェスカはかつてとあるBランクパーティーにいた。しかしポイズンドラゴンの討伐に向かったパーティーはヴィンセントを除き全員死亡したとされている。
ドラゴンは自分の宝を盗まれると暴走する。だから倒してから財宝を集めなければならない。しかし金に目がくらんだフランチェスカは眼前で宝を奪った。そしてダンジョンに設置されていた罠を使って、最深部の部屋に仲間を閉じ込め逃亡したのだ。
暴走したポイズンドラゴンは猛毒の息を撒き散らし、逃げる場所も成す術もなくパーティーは一瞬で壊滅した。
味をしめたフランチェスカは、以後様々なパーティーに潜り込んでは金品を奪うようになった。
「俺は一番年下だからって兄貴たちからバカ高い緊急転移石と回復ポーションを持たされてた。だからギリギリ生き残ったってカラクリだ」
そう言って剣を鞘から出した。
スキルを使えないとはいえ、ベテランの剣士と、ただの回復師の皮を被ったネズミを比べるまでもない。
フランチェスカは少しずつ後ずさる。声を上げようとしたが上手く出ない。足も動かない。背を見せたらどうなるか。
代わりに命乞いの言葉が出てきた。
「……ね、ねぇ!体を治してあげる!あのガキたちとまだ旅がしたいんでしょ?ちょっとくらいならマシにできるわ。お宝もたくさん持ってるわ、盗品だけど……それにほら。私の体を好きにしていいわ。だから命だけは!」
次の瞬間。
目の前に刃が、と思ったところでフランチェスカの意識が消えた。
闇の中に首が飛んで、落ち、ごろんと道に転がる。同時に首から下はゆっくりと前のめりに倒れた。
「兄貴たちはな、ここで終わりたくないって言って死んだんだ」
ヴィクターは闇の中に呟いた。
シェリーとリオが起きた時にはヴィクターの姿はなかった。ヴィクターの部屋のテーブルの上には金貨が入った袋が二つと置き手紙が一枚。
「フランは先に出た。この町のギルドマスターには事情を伝えてある。頑張れよ。
お前たちの兄貴より」
「何ですかこれ」
「ずるいぜ。挨拶なしかよ」
「ホントですよ」
「で、どうすんだ?」
「リオこそどうするんです?」
二人は顔を見合わせる。
どうやら考えている事は同じらしい。
朝食を食べた後二人はギルドに向かった。ギルドマスターは指名手配のポスターを一枚剝がしていたところだった。
「新規登録ですね」
「はい。メンバーは僕とリオです」
「リーダーはどちらですか?」
「リーダーは僕です!」
胸を張ってシェリーが言うと、リオはちっと舌打ちをした。宿でジャンケンをして負けたのである。
「前のパーティーの実績も鑑みてランクはDとします」
「いや、Fから始めるぜ」
「最低ランクですよ?新規登録時のランクは一度決めれば変えられません」
「いいんです。今まではヴィクターに頼りきりだった、だから僕たち一から頑張りたいんです!」
二人で一から始めよう。
自分の足で立てる冒険者になるために。