「双子の親友たちと人たらしの先輩」
オーディションを受けると決めた日から、まず放課後にダンスの練習を始めた。
「誰でもできる!」とサムネイルにでかでかと書いてあるような動画で、基礎中の基礎をやっているだけなのに毎日体がバキバキ。そして重い。
こんなにも自分は体力がなかったのか……将来が思いやられるな。
今日も今日とて、痛みでおばあちゃんのように足をプルプルと震わせながら、なんとか学校にたどり着いた。
今も現在進行形で体が悲鳴をあげている。
「……ねぇ沙那さ、最近元気なくない?」
「ナナもそう思う……大丈夫〜?」
「ノープロブレム……·」
弱々しく片手でグッドサインを作るが、机に顔をめり込ませながら言ったところで説得力はゼロである。
私に心配と若干引いた目を向けるのこの2人は、双子の姉妹の柊天音と柊七瀬。
顔は瓜二つだけど性格が真逆の2人。
口調がサバサバしている方が天音、おっとりしている方が七瀬だから初対面から見分けがつきやすかったな。
「う〜ん……でもナナは心配だよ〜?」
突っ伏していて表情は見えないけれど、頭上からは届く声には心配が滲んでいる。
「そうだよ!最近遊びに誘っても『用事がある』っていっつも断るし!何かあった?」
確信を突かれそうになって心臓が跳ねた。
何気に勘が鋭いんだよなこの2人。
オーディションのこと、言うべきなのかな。
でも、まだ一次の書類すら通ってないし……
黒歴史として一生イジられるくらいなら、隠し通して墓場まで持って行った方がいいのでは?
「ほら、千歳くんのブロマイドあるよ」
「なぬっ!?」
思わず椅子から立ち上がり、天音の右手にある千歳くんブロマイドを奪おうとすると、「甘いな」とひらりとかわされる。
WIN:天音 LOSE:私
決してふざけてる訳ではない。
推しには本能的に反応してしまうのだ。
「さぁちゃんほんと単純だよね〜?騙されそう〜」
「くっ……!自分でも…わかってる……」
いつものようにおっとりした口調で私をからかう七瀬とは違って、天音は何か言いたげな顔。
こんな時、先陣を切ってあじってくる天音が黙るなんて珍しい。
「……言えない事情があるなら深く詮索はしないけどさ。あたしたちなら、いつでも沙那のこと受け止めるからね?」
いつも私と七瀬のボケを死にそうな顔でツッコむ天音の姿はなくて、その言葉がいかに本気なのかが痛いほど伝わってきた。
「2人とも……大好きだよ」
良い友達に恵まれたことをひしひしと感じて思わず目が熱くなる。
待っててね──
“ もしオーディションに受かったら、まず最初に2人に報告するから”
そう決意して、より一層努力しようと気を引き締めた。
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とはいえ、学校や家のこともあるし、レッスンに通うなんて夢のまた夢。だから私は今日も、バイト先近くの公園で一人寂しく自主練中である。
一次審査は書類選考。もう応募書類は送って、あとは結果を待つのみ──。
ただ、問題はそのあと。合否発表後すぐに行われる二次審査の内容は、まだ知らされていない。
そう、対策ができないのである。
芸能人と一括りに言っても……女優?アイドル?はたまたタレント?何を求められるのかさっぱり分からない。
悩んでいてもしょうがない!という考えに行きついてで今は大人しくダンスの練習中。
「よしやるぞ!!」
腕まくりまでして、やる気だけは一丁前な私だけど経験も専門知識もゼロ。だから、こうやって動画を見ながら見よう見まねで覚えるしかない。
「クロスターンに、キックターン……? 何が違うのこれ?」
1ミリも理解できないまま三回転目。すでに頭の中で世界が回りはじめて早くも挫折しそう。
「初心者でもできるって書いてあるじゃん……!?」
たった三回転で世界が回ってるのはどういうこと?
自分のセンスのなさに絶望してうなだれる私の元に、軽快な足音が近づく。その足音の主を察して、思わずため息が漏れた。
あぁ、またか──と。
「沙那ちゃ〜ん!Ça va?元気?相変わらず頑張ってるね!勤労少女ってヤツ?」
「……やっぱり尚さんですか」
「Mais non!違うよ!僕の名前は“Nao”!”ナーオゥ”って何回も言ってるでしょ!正しく発音して!」
ため息の理由はお察しの通り。
この自由すぎるテンションに毎度振り回されるからだ。
「ほぼ育ちは日本でしょうが!日本話せるんだから普通に喋ってくださいよ!ほら、"郷に入れば郷に従え"ってよく言うじゃないですか!」
「ゴウ……?Go Go! Yeah〜!」
誤解のないよう言っておくが、これが通常運転である。
尚さんにかかれば、日本の古き良きことわざすら陽キャのノリに置きかわるらしい。……もはや才能では?