「目指せグランプリ!」
4月初旬。
家に帰る私の足取りは軽い。
「GET〜!人生初アイドル雑誌!」
書店の袋を胸に抱え、新しいおもちゃを買ってもらった子どものように笑みが溢れる。傍から見たらかなりの不審者だけど、そんなの気にしている場合ではない。
あの日以来、瞬く間に白髪の男の子──千歳くんが所属するEmperorというアイドルグループにハマってしまった私。
表紙に載ると聞いて、発表当日にすぐネットで予約。
ちなみに店頭販売分は発売から30分で完売したらしい。……過去の私、グッジョブ!
「はぁ〜、目の保養……」
思わずため息が漏れるほど完成された世界観。
黒いジャケットに身を包み、クラシカルな雰囲気を纏う5人。表紙に映る姿を見て、改めて幸せを噛み締めた。
あの日テレビ越しに心を撃ち抜かれてからというものの、もう立派な千歳くん推しである。
高鳴る鼓動を抑えきれないまま、ページをめくると、そこにあったのは【Emperor独占インタビュー】の大きな文字。
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雑誌の特集ページを読み終えて、雑誌とともにぽかんと開いていた口を慌てて閉じる。
「……やば、食器片付けてなかった」
さっきまでの幸せ気分が一瞬で吹き飛んで、積み上がった皿の山に現実を突きつけられた。「仕方ない……」と重い腰を上げた瞬間──
“ガンッ!”
机の角に足の小指がダイレクトヒット。
「いったぁぁ!!」
よりによって一番痛いところ!
そして追撃と言わんばかりに机の上にあった雑誌が落下し私の頭に直撃。
「絶対今日厄日じゃん……」
なんでこうも悪いことは重なるんだろうか。
泣きべそをかきながら雑誌を拾い上げると、開かれていたページに視線は吸い込まれた。
「オーディションのお知らせ……?」
芸能事務所のオーディション広告。普段なら「ふーん」で流す縁のない話。けど今は、なぜかそのページから目が離せなかった。
「“Glanz Production”……?」
どこかで聞いたことのある名前。CM? いや──
「え!?これ Emperorの事務所じゃん!
思わぬ偶然に、心臓が一気に跳ね上がる。と同時に、ふと幼い頃の記憶がよみがえった。
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『ママ!わたし芸能人になりたい!』
『ふふっ。そしたらママ、元気になっちゃうかもね』
少し眉を下げて笑いながら、私の頭を撫でてくれたお母さん。子どもの頃の記憶はあやふやだけど、あのときの笑顔は今でも鮮明に覚えてる。
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テレビを見て、人を笑顔にする芸能人の存在を知って……純粋に自分もこうなりたいと思ってたっけ。
もし芸能人になってテレビに出られたら、お母さんに頑張ってる姿を見せられるようになったら──
あの時みたいに、笑ってくれるのかな。
「……よし」
胸の奥で小さな決意が膨らんでいく。
深呼吸をひとつ。両頬をぺちんと叩いて、気合を入れた。
「グランプリ取ってみせる!」
そう高らかに宣言した時はまだ知らなかった。
この一歩が、あのEmperorと私、そして家族をも巻き込む大騒動の始まりになるなんて──