予定外だけど充実している
ざまぁにしなかったのはこういうわけです
どの乙女ゲームに転生したか分からない。
とはいっても乙女ゲームは動画サイトで攻略しているのを見ているかネタバレ絵を見るだけだったので実際に攻略したかと言えばしてこなかった。
だから、自分は前世の記憶があり、光の魔法という稀有な力を持っているから、ああ乙女ゲームのヒロインなのだと喜んでいたのだけど………。
「実際はこんなもんなんだな~」
魔獣に襲われた兵士の治療をしながら愚痴が零れる。
「マイヤ。次はこの怪我人を頼むよ」
「はいっ!!」
乙女ゲームと誤解したのは名前のせいもあるだろう。私の前世の名前は舞夜。漢字とアルファベットもどきの違いこそあるけど同じ名前だ。前世の様な苗字は平民はなかったから。いや、ないからこそ勘違いしたというべきだろうか……。
乙女ゲームで貴重な魔法の使い手=ヒロインだと勘違いして乙女ゲームなら攻略キャラも居るはずだろうと定番の攻略キャラに近付い……いや、近付こうとしたが最後。
悪役令嬢……いや、私が思い込んでいただけの雲上人の婚約者の令嬢に捕まって辺境に送られてしまった。
てっきり処刑されるのかと身構えていたのだが、私を辺境に連れてきた辺境伯令嬢は、
「そんな勿体ないことするわけないだろう」
まるで宝塚の男役のような凛々しい顔立ちで宣言して、医療診療所に連れて来て働かされている日々。
(とは言っても給金があるし、結構自由なんだよね)
週休二日で、前世のブラック企業並みかと身構えた自分が反省するほど。
「マイヤちゃんの治療うけるといつもより体が軽いんだよな~。やっぱ、光魔法の使い手だからかね~」
怪我をしていた腕――ちなみに骨も見えていた――が治ったとたん振り回している兵士に、
「他の患者にぶつかるでしょう!!」
と注意する医療士助手のハンナさん。
「まったく」
「はは……」
ぷりぷり怒っているハンナさんを見て、そう言えば患者と間者を間違えたなと苦笑いを浮かべる。
乙女ゲームヒロインムーブも端から見れば間者……密偵に思えるんだと忘れ去りたい記憶になっている。
「確かにマイヤの治癒能力は桁違いだね」
手が空いた隙を窺うように声を掛けてくるのはロイさま。
次期辺境伯である少年だ。
「光魔法の術士をあまり見たことないけど、やり方が独特な気がして……」
「あっ。えっと、たぶん。人体の作りというのを理解してから治療しているからとか……」
ありがとう前世の保健の教科書。でも、正直、気持ち悪くてあまり直視していませんでした。
「人体の作りを理解する? どういうことっ?」
興味津々に覗き込まれるが、保健体育の授業にあまり熱心じゃなかったのできちんと説明できるわけじゃなく、辛うじて覚えている内容をしっかり伝えると、
「そのサイボウ? を作る栄養素を体内に入れれば回復が早くなるってこと?」
考え込むように私の言葉を反芻する。
「多分、そんな感じかと……」
例えばの話。トマトが血液をサラサラにするからとトマトばかり食べさせていたら副作用で腹痛に襲われた話とか。
幼い子供に蜂蜜を食べさせてしまったら死に至るとか。
……バナナがいいと言われて食べ続けたら便秘になったとか。
そんな感じでその時その時に必要な物を身体が取り入れられるように治療を促しているので回復が早いのだろう。
「サイボウ……」
ロイさまが考え込むようにしているのを、そこまで熱心に考えるのなら、もっと勉強しておけばよかったなと前世の自分の行いを猛省する。
いや、心の底から詫びたい。
(乙女ゲームだと思って、ミリしら状態できゃっきゃっと騒いで、辺境に送られるような空気を読まない行いをしている時点で何やっていたんだ私ぃぃぃぃぃぃ!!)
せめて防災関係とかサバイバルとか保健体育と家庭科とかの便利な知識を前世から仕入れておけば……。
「マイヤさん。これを調べてもらえませんか?」
ロイさまがいきなりそんなことを告げて渡してくれたのは飲み物。
レモネードみたい。
「以前、マイヤさんが教えてくれた疲労回復の飲み物を作ってみたんだ。材料は少し違うけど」
「? 少し違う? 普通にレモネードな気が……」
「ああ。蜂蜜だといっていたけど、キラービーの蜜の方が栄養価が高かったからそちらを作ってみたんだ」
キラービーというのは魔獣の一種だ。
いきなりとんでもない名前を聞かされて驚かされるが、それから彼が栄養を考えて、作られていく料理の数々は魔獣を材料にした、どれも栄養価の高い料理。
「すごいですね……」
もうそれしか言えない。
「マイヤさんのおかげです。自分の特殊魔法が役に立つとは思えなかったけど、やっと使い方を知りました!!」
興奮したように告げられて、特殊魔法がどんなものか分からないけど、それが自信につながったのならよかったかもしれないと、
「よかったですね」
と当たり障りのない言葉しか出てこなかった。
「――お前には感謝している」
怪我人が少ないとある勤務の日に、辺境伯令嬢アディナさまに声を掛けられた。
「ふぇっ⁉ か、感謝っ⁉」
アディナさまはほぼ初めて会った時に女性陣に囲まれて尋問されたと思ったら馬車に無理やり乗せられて高速で移動する馬車でドナドナされたので、良い印象が無い。
というか怖い。
なんと言うか……元の作品を見たことないけど、某作品のロシアンマフィアの女性みたいな……髪こそ短いけど、そんな威圧感があるのだ。
「当然だろう? すべきことをした者には礼儀を示す。やらかした者にはそれ相応の調教が必要だが」
「ひぃぃぃぃぃぃぃ!!」
やっぱりこの人怖い。
「貴女の治療で復帰できる者が増えた。治療をしても後遺症が残ってしまう者も当たり前だがいるからな」
「そうなんですね……」
前世の影響で魔法を使えば完全に治るものだと思っていたけど、実際はそんな甘いものではないし、治療方法も限られている。
ずっと、心を痛めていたんだろうな……。
せめて、前世のような医療技術と知識が広まってくれれば……。
「だけど、ロイがそれを何とかしようと動き出した」
「えっ?」
いきなり、何を言い出したのかと顔を上げると、
「あいつは。わたくしよりも弱い、自分は領主に相応しくないと常日頃言っていたんだが、いきなり、人体のことを詳しくなれば怪我人をもっと治療できるのではないかと言い出してな」
「もっと治療……」
「光魔法の使い手が少ないのに光魔法の使い手頼みの方針では潰れると言い出して、食事から治療法があるとか。もっと医療技術を向上させるとか。そのために自分の特殊魔法を開示したんだ」
誇らしそうにそして安堵したように告げる声。
「ロイさまの特殊魔法……」
どんなものだろう。今まで出さなかったのに開示したとか気になるけど。
「ああ。――【数値化】で」
「姉さま。それは私が言います」
アディナさまが説明しようとしたらロイさまが後ろから現れる。
「ロイさま」
「私の特殊魔法は何でも数値で見えるもので、体力も知識も経験もすべて数値化で……将来の伸びしろも見えてしまいます」
アディナさまが席を外したのが視界の端に映ったがそれよりも内容が気になった。
「伸びしろ……」
「どんなに努力しても姉さまに勝てない。辺境伯軍の兵士たちにも自分の力が劣っているのを常に見せられていました」
「………………」
それはきつい。
「だから、不思議でした。マイヤさんの治癒を見せてもらっていましたが、他の治癒に比べて使用する魔力が少ないのに回復力が桁違いで」
数字という形で見えるからの疑問。聞いていくうちにそれが栄養とかサイボウという目に見えないものの効果を上昇させるからできることだと言われて。
「目に見えないものでも私の力なら見える。と」
それゆえに試した。戦力にならないが、回復や後方支援なら出来るのではないかと。
「今までは使い道のなかった魔獣の素材を効率よく武器に変える方法も【数値化】で見れば成功確率が高いもので試せる。栄養価も【数値化】で見えるからより良いモノを用意できる」
食材同士の相性も加工技術も【数値化】なら可能。
「自信が出た途端今まで弱かった私の【数値化】の結果にも変化が出てきて……」
ずっと姉の影に隠れていた未来の領主の揺るぎない自信。
「貴女のおかげです、マイヤさん」
そう言ってもらえると嬉しい。自分のあいまいな知識も役に立ったのかと。
「………それと」
そっと手を取られる。
「まだ数値が低いけど、そのうち意識させますので――覚悟してください」
そっと手の甲に口づけされる。
深い意味はない。いや、さっきの発言。もしかして……。
顔が赤くなる。
胸が高まる。
それすら【数値化】で見えているのだろう年下のロイさまはふっと男らしい笑みを浮かべて。
「やってみて正解だったようでよかった」
もっと意識してくださいと言われた気がする。
この地に来た時はそんなことがあるとは思わなかったけど、近いうちにこの年下の未来の辺境伯に身も心も落とされる気がして、なぜかそんな未来も悪くないかもと思ってしまったのだった。
マイヤの気持ちの変化も数値で見えるロイさま。
スパイとかを見抜く能力も経験を積めばできたかもしれないが、そこまで考えに至らなかった。