ホワイトデー、そして卒業
「今日は忙しくなるな」
学園へ向かう道すがらイワナガがサクヤに言った。
「あまり乱暴はしないでね、姉さま」
やる気満々で鼻息の荒いイワナガに心配そうにサクヤが言った。
その言葉を待っていたかのように、
「サクヤちゃーーん!」
と、前方から男子が大声で叫びながら全速力で駆けてきた。
「姉さま……」
「任せておけ」
サクヤがイワナガの背に隠れた。
「サクヤちゃん、好きです、このクッ……ぐぁああーーー………!」
イワナガは最後まで言わせずにその男子を容赦なくぶっ飛ばした。
「あ……」
「サクヤに告白しようなんざふてえ野郎だ!」
「もう、姉さまったら……」
ドヤ顔のイワナガに困惑するサクヤ。
「どうやらオモイカネの話は本当だったようだな……」
遥か彼方に吹っ飛んでいく男子を見ながらイワナガは呟いた。
今日はホワイトデー。
バレンタインデーに女子からチョコレートをもらった男子が、お返しにクッキーやキャンディ、マシュマロなどを渡す日だ。
だが数日前のこと、
「ホワイトデーにサクヤさんに告白をしようとしている男子がかなりいるようです」
と、学園一の情報通のオモイカネが教えてくれたのだ。
「でも、私はバレンタインデーのチョコは姉さまにしかあげてないわ」
と、サクヤ。
「サクヤさんに恋してる男子達は、ホワイトデーは男子が好きな女子に告白してもよい日と勝手に決めているようです」
困ったものだという顔のオモイカネ。
「そんなやつら、あたしが片っ端からぶっ飛ばしてやる!」
というわけでイワナガが、いつも以上にサクヤの守護に気合を入れる事態になったのだった。
その後も何人もの男子が、贈り物の包みを手にしてサクヤに言い寄って来たが、その尽くをイワナガが撃退した。
「くそ、イワナガめ……」
そんな様子を遠巻きに見ている男子がいた。スサノヲである。
「仕方ねえ、サクヤちゃんが一人になるのを待つか……」
そう呟くスサノヲの手には、桜模様のラッピングがされた小箱が握られていた。
だが、その日はいつも以上にイワナガはサクヤのそばを離れず、休み時間も昼休みもふたりはずっと一緒だった。
そして、授業も終わり下校時刻になった。
(くそ、こうなったら正面からいくしかねぇ……!)
スサノヲは覚悟を決めて正門で二人が来るのを待った。
やがて、校舎からサクヤとイワナガが出てきた。
「何かようか、スサノヲ?」
正門前に仁王立ちしているスサノヲに、挑戦的な口調でイワナガが聞いた。
「俺はこのクッキーを……」
とスサノヲが言ったところで、イワナガが瞬時に間合いを詰めてきた。
「……!」
スサノヲは既のところで後ろ飛びでイワナガの突きをかわした。
「ほう、よく避けたな」
不敵な笑みを浮かべてイワナガが言った。
「いきなり何しやがる!」
「サクヤにクッキーなんか渡させるもんかよ!」
「鬱陶しい姉貴だな……」
スサノヲがボソッとこぼすと、
「なんだって、コラァ!」
「いや、聞き流してくれ」
「どうしてもって言うなら、あたしを倒してからにしな」
仁王立ちで両手を腰に当ててイワナガが言った。
「本当か?」
「ああ」
と、イワナガは自信満々の様子で答えた。
(いくらイワナガが強えっても俺が全力でいけば……)
スサノヲにも高天原一の暴れん坊という自負がある。
「よし、いくぜ」
「かかってこい」
「姉さま……」
正門前で対峙したイワナガとスサノヲを、サクヤがヒロインよろしく両手を胸の前で握りしめながら見守っている。
先に動いたのはスサノヲだった。
一気に間合いを詰めるスサノヲ。
(勝った!)
スサノヲは勝利を確信した。
だがその時イワナガは、
「ダメ……」
と言って科を作り、懇願する乙女のようにスサノヲを見つめた。
「なっ……?」
普段の彼女からは到底信じられないようなイワナガの様子に、スサノヲは動揺して動きを止めてしまった。
「かかったな」
乙女顔を不敵な笑みに変えたイワナガはそう言って、渾身の一撃をスサノヲに見舞った。
ドゴォオオーーーーン!
「きったねえぞぉーーイワナガぁーー………」
悪態の尾を引きながらスサノオは遥か彼方に吹っ飛ばされていった。
「帰るぞ、サクヤ」
「スサノヲくん、かわいそう……でも」
吹っ飛んでいくスサノヲを見ながらサクヤが言った。
「……?」
「姉さまの魅力にはスサノヲくんも敵わなかったってことね」
「いや、あたしはサクヤに言われたとおりにやっただけだぞ」
バツが悪そうに頭を掻くイワナガ。
「姉さまの魅力が証明されたってことよね!」
イワナガの言う事など耳に入らない様子で、一人決めつけるサクヤ。
「あ、そうだ」
思い出したようにイワナガは言うと、ポケットから小さな包みを取り出してサクヤに渡した。
「姉さま……!」
サクヤは瞳をキラキラさせて包みを受け取った。
――――――――
波乱に満ちたホワイトデーも終わり、高天原学園に卒業式が訪れた。
「あっという間だったわね、姉さま」
「そうだな」
花をつけ始めた桜の木の下で二人は静かに話していた。
『一旦は卒業だ。いずれまた戻れる日もあるであろう』
アメノミナカヌシの声が聴こえた。
それを聴いて、イワナガとサクヤは嬉しそうに微笑みを交わした。
――おわり――
お読みいただき、ありがとございました!