チョコレートはお好き?
「姉さま、もうすぐバレンタインデーよ!」
サクヤが目をキラキラと輝かせながらイワナガに言った。
「ばれんたいんでー?なんだ、それは?」
「女の子が好きな人にチョコレートをあげる日なの」
「ふーーん、そんな日があるのか」
「うふふ、楽しみにしててね♡」
「楽しみに?あ、ああ……」
今ひとつ理解できてないイワナガだったが、嬉しそうなサクヤを見て、
(サクヤが嬉しいならそれでいいか)
と、笑顔を返した。
――――――――
そして、バレンタインデー当日。
「「「オオクニヌシさまぁーー♡」」」
学園一のイケメンモテ男のオオクニヌシの下に、手に手に可愛らしくラッピングされたチョコレートを持った八百万の女子が殺到した。
オオクニヌシは整った容姿もさることながら性格も温厚で優しく、成績も優秀で生徒会副会長も務めている。
「ありがとう、みんな」
凄まじい熱気を帯びた女子たち一人ひとりに丁寧に笑顔をで礼を言いながら、オオクニヌシはチョコレートを受け取っている。
そんな、女子に囲まれてモテモテのオオクニヌシを、廊下の少し離れたところの角から顔をのぞかせて見ている女子がいた。
(オオクニヌシさま……)
中等部の女子生徒、イナバノシロウサギである。
シロウサギは白い髪の頭についているうさ耳をピクピクさせながら、目の色と同じ赤いラッピングのチョコレートを胸に抱きしめている。
シロウサギは以前、浜辺で意地悪サメにいじめられていたところをオオクニヌシに助けてもらったことがある。
それ以来、彼女はオオクニヌシに恋してしまったのだ。
その気持を伝えたいと思いながらも、気が弱く引っ込み思案なシロウサギは中々勇気が出せないでいた。
だが、
(今日こそは……!)
と、手作りのバレンタインチョコを贈ろうと意を決して高等部まで来たところ、大勢の女子に囲まれているオオクニヌシを見た途端、足がすくんでしまったのだった。
(私って、やっぱりだめな子……)
と諦めかけたシロウサギの足元に、一匹の白いネズミがやってきた。
(……!?)
いささか驚いたシロウサギだったが、そのネズミには見覚えがあった。
(このネズミ、オオクニヌシさまが可愛がってる……)
そう、オオクニヌシには可愛がっているネズミがいて、シロウサギは以前一度だけ彼が肩に乗せているのを見たことがあったのだ。
「チューチュー」
というネズミの鳴き声を聞いていると、
「コッチコッチ」
とネズミが言っているように聞こえてきた。
「どこかに連れてってくれるの……?」
声に出してシロウサギが聞くと、
「チュー!」
と元気よく鳴いて、ネズミはちょこちょこと走り出した。
シロウサギがついていくと、そこは学園の中庭のベンチだった。
ネズミはベンチに飛び乗ってシロウサギを待っていた。
「ここで、待つの?」
「チュー!」
シロウサギにネズミが答えた。
シロウサギが言われた(?)通りにベンチに座って待っていると、中庭の向こうからオオクニヌシが歩いてきた。
(オオクニヌシさま!)
驚いたシロウサギは立ち上がって逃げ出しそうになったが、
(逃げてはダメ!)
と、弱気な自分に発破をかけて踏みとどまった。
オオクニヌシが近づいてくると、ネズミはベンチから飛び降りてオオクニヌシのところへ駆けていった。
「待たせちゃったね」
「チュー!」
ネズミを手に乗せて笑顔で言うオオクニヌシ。そして、ベンチのそばで立っているシロウサギに気付くと、
「やあ、久しぶりだね、シロウサギさん」
と、オオクニヌシはネズミに向けていたのと同じ笑顔でシロウサギに話しかけた。
(覚えていてくれた!)
もうそのことだけで嬉しくて仕方ないシロウサギだったが、
(ゆ、勇気を出さなきゃ……!)
と、一歩踏み出した。
「あ、あの、オオクニヌシさま……」
「なんだい?」
「こ、これを……!」
シロウサギは両手で持ったチョコレートの包をオオクニヌシに差し出した。
「わ、私の、き、気持ち……です!」
「ありがとう、これからも仲良くしようね」
「は、はい!」
(やった、渡せた!)
恋の成就とまではいかなかったが、オオクニヌシが自分を覚えていてくれてチョコレートを受け取ってくれた、それだけで今のシロウサギは十分に幸福だった。
一方では――――
「「「イワナガさまーー♡」」」
イワナガが下級生の女子に囲まれてしまっていた。
中性的な魅力があるハンサム女子のイワナガは、中等部を中心に年下の女子に絶大な人気があったのだ。
「な……なんだ、なんだ、お前たち」
さすがのイワナガもタジタジである。
そんなイワナガをサクヤは複雑な気持ちで見ていた。
姉であるイワナガの魅力が分かる者がたくさんいることはサクヤにとっても喜ばしいことだ。
だが、イワナガが自分以外の者と親しくしているのを見ると、どうにも妬けてしまう。
「さあ、皆さん、姉さまも困ってますから、その辺で」
サクヤは柔らかい物腰と美しい笑顔でそう言いながら、女子の群れからイワナガを守るように間に割り込んでいった。
だが、サクヤを見た女子たちは、
(((サクヤさん、目が笑ってない……!)))
と背筋に悪寒を感じたのだった。
そんなイワナガとサクヤの様子をスサノヲが遠巻きに見ている。
「ふん、浮かれやがって、ちくしょう……」
と、ふてくされて悪態をつくスサノヲだったが、内心は羨ましくて仕方がない。
そんな時、
「スサノオさん、どうぞ!」
とスサノオの後ろから声をかけてくる者達がいた。
「なんだ?」
スサノヲが振り返るとそこにいたのは、日頃スサノヲを慕うアメノタヂカラオやタケミカヅチなどの、いわゆる脳筋タイプの男子達だった。
「いやいや、なんでお前ら俺にチョコなんだよ!」
スサノヲが言うと
「いつもお世話になってますから!」
とタケミカヅチ達は屈託の無い良い笑顔で言うのだった
「何が悲しくて男からチョコをもらわにゃならんのだ、とほほ……」
とスサノヲが落胆していると、
「良かったなぁ、お前もチョコがもらえて、わははは!」
と、イワナガが楽しそうにスサノヲの背をバンバン叩きながら言った。
「うるせぇ、ほっとけ!」
と、スサノヲはふてくされて言うと、大股で歩き去って行った。
――――――――
「なあ、姉ちゃん、チョコくれよーー」
イワナガにからかわれたスサノヲが逃げ込んだのは、姉である生徒会長アマテラスがいる生徒会室だ。
「なんで、私があんたにチョコをあげなきゃならないの。そんなに欲しければ母さまにもらいなさいよ」
アマテラスとスサノヲの母はイザナミである。
「母ちゃんにチョコをもらったら黄泉戸喫になっちまうだろ!帰って来れねえじゃんかよ」
「いいじゃない、あんたはいずれ冥府の王になるんだから」
「そんなのまだずっと先だっつうの」
スサノヲは諦めたように小さくため息をつくと、テーブルの上に貰ったチョコを並べて整理しているオオクニヌシに声をかけた。
「なあ、オオクニヌシ、俺にも一つくれよ、チョコ」
「それはできません」
「そう言わねえでよぉ」
「このチョコの一つ一つに女子の気持ちが込められているのです。大事にいただかなくてはなりません」
「んなこと言ってもよ、それ全部食ったらすげぇ太るぞ、お前」
スサノヲが言うと、
「いいのよ、太っても。この子は大黒天になるんだから」
と、アマテラスが言った。
「そんなもんなのか?」
「そんなものよ」
――――――――
賑やかだったバレンタインデーも日暮れを迎えた。
橙色の夕日を浴びながら、イワナガとサクヤが学園からの帰り道を歩いている。
「姉さま……」
とサクヤがいつにもまして淑やかにイワナガに呼びかけた。
「なんだ、サクヤ?」
「これ……」
サクヤは桜色にラッピングされた小さな箱をイワナガに差し出した。
「これは……?」
「チョコレート……」
「いいのか、あたしで?」
「はい、姉さまにもらってほしいの」
夕日色に頬を染めながらサクヤが言った。
「じゃあ、後で一緒に食べるか」
イワナガが優しく微笑みながら言うと、
「はい!」
と子供のような笑顔でサクヤが答え、ふたりは手を取り合って、沈みゆく夕日に向かって歩いて行った。