開校、高天原学園!
『高天原に学園があってもいいんじゃね?』
そんなアメノミナカヌシのふとした思いつきで、神々の住まう高天原にも学園ができましたとさ。
―――――――
その日の朝、高天原学園高等部の廊下を花のように美しい女子がしずしずと、そして凛として歩いている。
そのすぐ後ろには前を行く女子を守るように、大柄でクッキリとした目鼻立ちの女子が付き従っている。
前を歩くのはコノハナサクヤ。
後ろを歩くのはその姉のイワナガ。
「サクヤちゃん、かっわいいーー」
「やっぱサクヤちゃんだよなーー」
「おれ、コクっちゃおうかな……」
廊下に居並ぶ八百万の男子達が目をハートにしてサクヤに見惚れている。
「おい、こら」
そんな男子の一人の襟首を、セーラー服に踝まであるスカートというスケ番ルックのイワナガが掴んで絞り上げ、
「ジロジロとサクヤを見るんじゃないよ」
と、殺気に満ちた目で男子を睨みつけながら、黄泉の国の底から響いてくるような声で言った。
「は、はひぃーー……」
男子は真っ青な顔で震えている。
「姉さま、乱暴はいけないわ」
白と薄青のセーラー服に膝上丈のスカート姿のサクヤが花のような笑みを浮かべて言った。
「だがな、サクヤ、こいつらは……」
「姉さま」
「……わかったよ」
不満そうに言い訳をしようとするイワナガをサクヤは一言で黙らせた。
イワナガは掴んでいた男子を放り投げ、愛する妹サクヤの守護という自らに課した任務に戻った。
こうして、高天原学園の一日が始まるのだった。
――――――――
その日の昼休み、サクヤとイワナガが学園の中庭のベンチでおしゃべりしていると、学ランに学帽、高下駄を履きバンカラコートを羽織ったスサノヲがやって来た。
「よう、サクヤちゃん」
と陽気に声をかけるスサノヲ。
「スサノヲくん、こんにちは」
サクヤも笑顔で応える。
「相変わらず可愛なぁ、サクヤちゃんは」とデレるスサノヲにイワナガが黙って手を出す。
「なんだよ、イワナガ?」
とスサノヲが聞くと、
「サクヤの笑顔が零円だなんて思うなよ、金を出せ」
とイワナガが言った。
「まじかよ、いくら何でも……」
「出せ」
スサノヲに最後まで言わせないイワナガ。
「はぁ……仕方ねえな、いくらだよ?」
と、スサノヲ。
「いくらにする、サクヤ?」
イワナガがサクヤに聞くと、
「うーーん……あと200ギガくらい欲しいかな」
と何気にちゃっかりしているサクヤ。
「二百ぎが……?二百円ってことか?」
要領を得ない様子のスサノヲ。
「最近の下界の金は『ぎが』っていうのか……」
そんなスサノヲにサクヤはスマホを見ながら、
「最近ね、配信で『あにめ』を観てるんだけどギガが足りなそうなの」
とサクヤ。
「面白いのか、その『あにめ』ってのは?」
スサノヲが聞くと、
「ええ、私をモデルにした『あにめ』もあるのよ。私のことをすごくかわいく描いてくれてて♡」
とスマホの画像を見ながら嬉しそうに頬を染めるサクヤ。
(こんなとこもあるのか、サクヤって……)
とスサノヲがサクヤの意外な面に気づく。
「わかったよ……」
そう言って小さくため息をつくと、スサノヲは『ぎが』を求める探索へと向かった。
――――――――
ここは高天原学園文芸部室。数人の女子が一心に本を読んでいる。
すると、そのうちの一人が何かに気づいたように顔を上げて立ち上がった。
「ツクヨミ部長?」
それを見た別の女子がそう声をかけた。
「ちょっと……」
ツクヨミと呼ばれた女子は呟くようにそう言うと部室を出ていった。
ツクヨミは文芸部長。物静かで必要最低限のことしか話さない。
また、生徒会長補佐という肩書も持っており、生徒会長である姉のアマテラスを補佐し、彼女に何かあった場合には会長を代行することもある。
その日スサノヲは学園の生徒である八百万の男子たちの間を回って、
「おい、俺に『ぎが』をくれ」
とカツアゲ同然のことをしていた。
「え、『ぎが』って……何?」
「なんだよ、知らねえのかよ」
「し、知らないよ」
高天原一の暴れん坊で番長のスサノヲに皆怯えはするものの、『ぎが』なんてものを持っている者はおらず、無いものはないと言われてしまう。
「ちくしょう……誰も持ってねぇのかよ」
悔しそうにこぼすスサノヲの背後に漆黒の闇が忍び寄った。
「だめ……」
「ひっ……!」
スサノヲが恐怖で飛び上がる。
真っ青な顔でスサノヲが見るとそこには闇の霊気を纏ったツクヨミが立ってた。
「な、なんだよ、姉ちゃん」
と未だ恐怖の余韻が消えないスサノヲが言った。
「だめ……」
と重ねて言うツクヨミ。
「だ、だってよぉ……」
と怯えながらも食い下がるスサノヲに、
「だめ……!」
そう言ってツクヨミは背後の闇の霊気を数倍に増幅した。
まるでその闇でスサノヲを取り込もうとするかのようなツクヨミの圧倒的な迫力に、
「ひぃーー……!」
と恐怖の声を上げてスサノヲは逃げ出してしまった。
逃げていくスサノヲを見ながら、
「報告しておこう、姉さまに……」
そう呟いてツクヨミは闇の霊気を収めた。