第九話 左膳対サゼン
壺を抱えた左膳の背が、ふらついた。
「……どうした?」
クラマが眉をひそめて問いかける。
「いや、なんでもねえ……」
そう言った左膳の顔色は、どこか土気色を帯びていた。
三蔵が静かに歩み寄る。
「無理はしないでください。治してあげましょうか?」
「触るな」
左膳がピシャリと拒絶した。
「斬るぞ」
その言葉に、クラマと泰軒が同時に目を細めた。
「なんだか、声が変わった気がするのう」
泰軒がぽつりと呟いた。
その瞬間だった。
背後――
いや、影の中から、誰かが現れた。
「斬るのだ、丹下左膳」
全員の視線が、声の主に集中する。
そこに立っていたのは――
「……あれ、お前……?」
悟空が驚きの声を上げた。
その男は、確かに左膳だった。
姿も、声も、刀の持ち方までも。
「こいつは……」
左膳本人が、口を開いた。
「誰だ、てめえ」
「俺はお前だ。”タンゲサゼン”」
偽の左膳――否、“サゼン”が静かに告げる。
「乾坤の二刀が血を欲しておるぞ」
「うるせえ! 偽物が!」
左膳が乾竜を引き抜く。その瞬間、サゼンも同じ動きで抜刀した。
二人の刀が、きぃん、と空気を裂いた。
「こいつ、ただの幻じゃねえぞ……!」
クラマが呟き、ショウタが続けて言う。
「何がどうなってるんだ?」
『この“壺”が、夢と現の境界を壊してるってわけか』
悟空が地面を睨みながら言った。
「やはりこの壺が原因なのか?」
クラマが続ける。
「すべては、“自身の夢”が呼び水になっているのじゃ」
大軒が静かに答えた。
「やかましい! 戯言ぬかしやがって……」
左膳がサゼンに向かって斬りかかる。
サゼンも応じるように一太刀を放つ。
刃と刃が火花を散らす。
「どっちが本物か……決めるしかねえな」
左膳の目に、初めて“焦り”が浮かんだ。
三蔵が叫ぶ。
「やめて! 私のために争わないで!」
「ここは茶化す場面じゃないぜ、お師匠様よお」
「フフ、斬れるか、タンゲサゼンを」
サゼンが冷たく言い放つ。
「当たり前だ」
一刀で切り伏せる左膳。
斬られた方のサゼンの姿がゆがむ。
「フフ、いい太刀筋よ……だが忘れるな、お前が二刀を持つ限り、我らは血を求め続ける」
サゼンの姿は青白い煙に変わり、かき消えた。
「……ちっ、つまらねえ結末だ」
かすれた声だけを残して、もう一人の左膳は消えた。
その場に静寂が戻った。
だが、誰も口を開かなかった。